陽炎
「ククッ六大組織の一角と言っても大したこともない」
街を一望できるビルの一室で男は言った。
贅沢な服に身を包んで手の内ではグラスを遊ばす。
その屈強なガタイよりも張り出た腹部が服の布地を押し上げているのが目立つ。
典型的な私腹を肥やす悪人ずらの男。
そんな絵にかいたような人物が今回の騒動を巻き起こした張本人であった。
つまり、異能組織「陽炎」のボスと言うべき男だ。
今夜20時に作戦を起こすと言う異能倶楽部の先手を打ち、電波ジャックをして動きを封じた。
勝機はこの男が握っているに等しかった。
実のところ異能倶楽部の実態が学生によって構成された組織であることを知ってはいたが、そのため民間人への攻撃を極力控えていることをこの男は知らなかった。
だからこの男は別に暴走を防ぐために課された制限を利用して裏を取ったわけではなかった。
この男が狙ったのは民間人を利用した監視体制だった。
敢えて幹部の写真を晒上げて、そのうえで潜ませていた者に引きずり出させる。
そうすることで、その他二人がこの近くにいるのではないかと言う考えを通行人を始めとした民間人に持たせることに成功する。
そして、周囲を警戒する人々の相互監視によって、幹部だけでなく民衆に紛れ込む異能組織の構成員たちの動きも封じると言った作戦を考えていた。
そのうえで、異能組織の弱点を運よくついたことで完全に優位に立つことが出来ていた。
彼──ヨスト・グレーデナーはすでに次の標的を見据えていた。
「次はお前だ。霧消」
ヨストはローレライボス、霧消の名を出した。
◆
皆でご飯を食べようと企画した4月27日当日、俺は珍しく昼間から家を出ていた。
別に少しワクワクしてしまって早く家を出たとかではない。
集合は20時だ。
いくら皆と遊びに行くと言う経験が浅い俺でもそんなことはしない。
では何をしに来たと言えば今日皆で出かけるための服を買いに来たのだ。
TSした時にたくさん買い込んだのはまだ記憶に新しいが、今の時期に合う服ではない。
そう思って買いに来たのだ。
いつもは、というか今もパーカーを着ているからそれでもいいかなとは思ったものの、いざ出かけるとなればしっかりした服を着た方が良いかなと思い到った。
正直この身体は美幼女であるが故に何を着ていても映える。
だから別にパーカーを着ていたって元々の俺の様に野暮ったくなるなんてことはないのだが、それでもやっぱりいいものを着ればさらに輝くのだからしない道理はない。
それにそろそろ通販以外でも服を買えるようになるべきだと思ったのだ。
単純に元の身体の時から通販頼りではあったのだが、どうにもこの身体にあう服のサイズを見繕うのが難しい。
だから、実際に行って俺に合うサイズを知った方が良いのではとかなんとか思ったのだ。
だが、そんな俺の考えを吹き飛ばすような出来事が先ほど起こった。
突如として様々な場所にあるモニターの映像が乱れ、陽炎なるものを名乗る組織が語り始めたのだ。
自分たちは正義の実行者であると語りだし、更には犯罪を犯す異能組織を日のもとにさらすなどと言った。
そして、出された名が異能倶楽部の物だった。
さらには、先日のビル爆破は異能倶楽部の仕業であるとまで。
正直、一瞬放心してしまった。
意味が分からなかった。
異能倶楽部の皆が犯罪者?
少し怪しいところもあったかもしれないけどまさかと思った。
だけど、そんな俺を突き落とそうとするかのように、三人の画像が表示された。
この三人は、確かに異能倶楽部の皆と会ったときに居た七人のうちに居た顔だった。
俺のことを睨んできた人も居たからよく覚えている。
混乱する頭で俺は考えた。
どうするべきなのかを。
だって完全に濡れ衣なのだから。
そう、完全に罪を着せられた。
確実にそう言える。
何故そんな自信があるのかと聞かれれば、ナリヒサ製薬を爆破したとして出て来た写真に写る電気のようなものは何を隠そう俺の異能だからだ。
あれには攻撃性の力はない。
それなのに、陽炎と言う組織はあたかもその異能がビルを爆破したかのように扱った。
これは完全に悪意を持ってなされたものだ。
俺は取りあえずフードを被った。
このタイミングでの顔を隠すような行為は懐疑的な視線を集める可能性もあった。
だが、もし追加で俺の写真がさらされてしまえば、すぐにバレてしまうことになるだろう。
それは避けたかった。
まあ、現段階では見た目小学生の俺が顔を隠したところでもしかしてあの画像の女の子ではないかなんていう疑惑を持つ者は居ないだろう。
一応完全に顔が隠れるように影が差すように異能で調整を入れた。
これでひとまずは大丈夫だろう。
まじまじと顔を見ようとしなければ、影の違和感には気付かないだろうし。
追加で画像が足されるような素振りはないが、少なくとも異能倶楽部の皆は俺含めて学生だから写真を入手することは容易かったのだろう。
それを考えれば、俺の写真を持っていてもおかしくないが……いやもっと、個人的な情報まで。
不意に、俺がTSしていることがバレているのではないかと考えるも直ぐにその考えを振り払う。
可能性はあるが今はそれよりも考えることがあるだろう。
もし俺に危害が与えられそうになっても、治安維持組織を頼れば何とかしてくれるかもしれないし。
それより、皆の無事が心配だ。
あのモニターで発言した陽炎と言う組織は嘘を言っているが、他の人はそんなことを知らない。
正義感を持った誰かが攻撃を行うかもしれない。
もし、そうでなくとも、一度犯罪者だと大勢の前で言われてしまえば、そのレッテルが剝がれずにいじめられてしまう可能性だってある。
学校での居場所がなくなることだってあるかもしれない。
もっと考えれば、今この瞬間にだってショックを受けてしまっているなんてことも考えられる。
犯罪者扱いをされると言うのは、それだけでつらい事だろうから。
◆
「霧消様、どうかなさいましたか」
ローレライの所有するビル、その一角でレイメイは声をかける。
声のかけた方には一人の女性が立っている。
チャイナ風のドレスを身にまとい、大胆に開かれたスリットからは惜しげもなくその長く美しい足を見せる。
何かを考えているのかここに心あらずと言った表情を見せる彼女は、レイメイが呼んだようにローレライボスの霧消であった。
「…………」
「霧消様……?」
反応のない霧消を見かねたのかレイメイは顔を覗き込む。
そして、一拍もしないうちにレイメイは何かに思い到ったかのようにピクリと小さく頭をはねさせた。
「もしかして……」
そんなレイメイに気付いてか霧消は顔を上げた。
そして、一瞬だけ遠くを見て一言だけ呟いた。
「……何でもないわ」
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