見世物


 自身を取り囲む喧騒は明確な意思と共に懐疑的な視線へと変わっていた。

 原因は、もしかしなくてもここら一帯で行われた電波ジャックにおける異能倶楽部幹部の情報の開示が原因だろう。

 ここからだってよく見える。


「面倒な」


 梶野桐雅は呟いた。

 下手に動くことはできない。

 別に民間人に手を上げれないなんて言う殊勝な考えのもとに動いているわけじゃないが、その組織の特性上そうやすやすと民間人に被害が出るような動きは取れなかった。


 異能倶楽部は「居場所」だ。

 居場所がない者たちの安息の地。

 理解されない受け入れられない、様々な問題を抱える者たちの唯一の居場所。

 ここでだったら、理解してくれる。

 ここでだったら、役目をくれる。

 そんな場所だ。


 だからこそ、ツムギは民間人に必要以上の被害を出すことが禁じていた。

 人から理解されない者たちが集うだけに、攻撃を許してしまえば今までの鬱憤を晴らすように暴走しかねない。

 そうなってしまえば未熟な人間の巣窟である異能倶楽部はいともたやすく崩壊する。


 桐雅自身、明確にそう言った旨の説明をされたわけではなかったが、ツムギによって不用意な行動は制限するようにと言われていた。

 それは彼だけでなく、幹部から末端の構成員に至るまで。


 だからもし、見ず知らずの一般人に狙われた場合は凄腕の異能力者による攻撃よりもたちが悪かった。

 桐雅の場合、戦闘系の異能に身体の強化も可能なため避けることくらいは出来るが、これが戦闘に不向きな人間であれば更に追い詰められることになるだろう。





 だから例えば、戦闘には即さない川原千佳のようなものの場合は。


(気付かれたら詰む)


 帽子を深くかぶり、親指と人差し指、中指でつまんだマスクを浮かせて周囲を見る。

 現在いるのはカフェの一角。

 壁一面がガラス張りであるせいかこちからかもよく見える。

 向かい側のビルのモニターに映る自身の写真が。

 半ば盗撮気味で正確な写真ではないものの、本人と照らし合わせれば容易に正体はバレる。


 最悪だ。

 そう思いながらも周囲の警戒をする。

 普段から彼女は外に出るときは顔を隠す。

 別に組織幹部の自覚がそうさせるなんてことはないのだが、元来彼女はそう言った気質を持つのだ。

 自身を飾り立てるようなことは基本しない。

 インドアの権化と言うべき千佳はそもそも外出してもコンビニ程度しか行かない。

 であれば、普段の外出時の服となれば、当然部屋着にアウターを羽織って寝癖のついた髪を帽子で押し隠すくらいだろう。

 その感覚のままこの場に来たとなれば、自然身を隠すのには最適な装いになることだろう。


(それにしても、何で外になんか……)


 手元のカップに口をつけて内心そう思う。

 作戦と言われてツムギから彼女を含めた三人は目立ちやすい日のもとを歩けと言われていたが、その理由は聞かされていなかった。

 幹部ともあろう千佳にも教えられないなど本来なら考えられないし、突っぱねたいところではあったが今回ばかりは断ることもできなかった。

 ため息を吐きたい気持ちに襲われてそれを必死に飲み込む。

 些細な動き程度でバレるなんてことは到底ないが、それでも今の心情を加味すれば特大のため息を出してしまい注目を集めてしまいそうだと思ったのだ。

 こんな状況に陥る原因となったツムギの言葉の真意を考えながらも奇しくも顔を隠せることに幸運を覚えて、自身の帽子の鍔をつまんでより深くかぶった。


 九死に一生を得る。

 今はそんな言葉が似あう状況ではあるが、それも束の間であった。

 

 怪しまれないようにした方が良い。

 だが、念のため逃げ場のない店内から出よう。

 そう思って店から出た時、指を指された。

 人差し指を突き出す男の姿に疑問を抱く前に、くぐもった声が聞こえた。

 その場にいる者はともかく透き通っているとはいえ、一枚の壁、それを跨いだ店内の客にも伝わるほどの声量で。


「いたぞぉ!!」


 男が叫んだ。

 その声に千佳よりも早く、通行人が反応した。

 指をさされた

 そして、どちらの様子も気にすることなく男は続けた。


「いたぞ!こいつが川原千佳だ!」


 バレた!?

 今にも逃げ出しそうになるのを何とか抑えた。

 明確な根拠を元に発言したのか。

 それがわかってない以上、逃げれば確実に怪しまれる。

 こんな状況じゃなきゃ撤退が最善であるが、今は様子を伺う事しか出来ない。


「俺は異能を持ってるんだ!異能『識別』。これを使えば、写真と照らし合わせて本人を見つけることが出来る!」


 自信満々に男はそう言った。

 本当かとわずかにざわめく民衆に彼が答える。


「ああ!本当だ。違うと言うなら彼女に帽子を取って貰えばいい!」


 男が声を張り上げるなか、千佳は頭を回した。

 ここをどう切り抜けるか。

 そして、この男に何故正体がバレたかと言う事。


 何故?

 いま、彼は異能だと言った。

 だが、それは嘘だと一瞬で分かった。

 くだらない虚言だ。


 だってそんなことはありえないのだから。

 そんな異能があってたまるか。

 そんなものがあれば、各組織間でこの男の争奪戦が起きてもおかしくない。

 それほどまでに、強力で現実的ではない異能なのだから。


 異能倶楽部のボスであるルカの異能も信じがたいものであるが、この男の騙る異能は確実に嘘であると断言できる。

 ではどうして、どうやってと言う事に戻ってくるが、考えられるのは一つ。

 この男が陽炎の一員、あるいはその手の者であるからだ。

 恐らくバレていたのだろう。

 それをあたかも通行人を装い異能と言う形で看破したように見せた。


 態々そんなことをした狙いは恐らく──


 その時、風が吹いた。

 自然に起こりうる範疇の当たっても怪我を負うようなものではない。

 だが確実に、それは異能でなされた。

 帽子が風に飛ばれた。

 詰みだ。

 素顔がさらされた。


「やっぱり、本物じゃないか!」


 わざとらしく男はそう言った。

 風を吹かせた人物も恐らくこの男の仲間。

 そして、彼らの狙いは民間人に攻撃を行わせること。

 異能を発動しようとする者たちを見て千佳は唇をかむ。


 すでに怪我こそさせてはない物の、風の異能を使ったものがいるせいで僅かな躊躇も取り払われた。

 ファーストペンギンのように最初に異能を他人に向けた人物が居ることによって理性が取り払われる。

 犯罪者だからと攻撃を仕掛けるものが少数であるなかでその均衡を崩された。

 もう、いつどの方向から攻撃が飛んでこないとも言えない状況だ。

 最悪の場合なりふり構わず自身の安全を取ることも視野に入れる。


 陽炎は通行人に刺客を紛れ込ませてきた。

 だが、それは当然ながら異能倶楽部の専売特許、どう考えたって今この場に異能倶楽部の者が潜んでいないはずがなかった。

 ただ、それを動かすこともまたできなかった。

 それが出来ればとっくにしている。


「くっそ」


 正体がバレたからか、彼女は分かりやすく舌打ちをした。

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