ここから


 食事の時間を決めるとあって俺は頭を悩ませた。

 今までの人生で、家族以外で外食したのは前回の中華料理店の一回だけ。

 あまり、参考にするほどの経験もない。


 まあ、逆に言えば、たった一つしか事例がないのだから、様々な状況を考えるまでもないのだが。

 とりあえず、時間は前回と同じで良いだろう。

 日にちは週末とかが良いだろうか。

 平日だと部活をやっている人もいるかもしれないし。


 異能倶楽部はほぼ部活見たいなものと俺は認識しているけど、ウチの学校にだって兼部している人だっているんだから、普段そこまで活動の多くない異能倶楽部に限って学校の部活をしていないなんてことは言い切ることは出来なかった。

 まあ、部活がなくたって、平日ど真ん中より良いだろう。


「こんなところかな」


 俺は思いつく限りの詳細を書いてツムギちゃんに送った。

 不備があれば折り返して連絡が来るだろうし、予定を合わせるなら早めに送った方が良いと考えてさっさと送ることにした。







 ◆


 その日、幹部各員並び構成員に通達があった。

 異能倶楽部始まって以来のボスからの正式な命令だった。

 正確にはツムギを通しての全体への連絡であったが、それがボスであるリオの意思であることには変わりなかった。


 『4月27日、20時。作戦開始』


 すでに情報の共有を行っている幹部にはそれだけで伝わった。

 幹部より一定以上下の階級に位置する者には、日時以外は詳細が分からない。

 だが、それでよかった。


 情報の漏洩が一番まずい。

 一定の階級以下の者たちは、目的が分からなくとも指示に従う。

 そのように教育されているのだ。


 だからこれでよかった。

 

 人知れず幹部たちは動き出す。


 ある者は路地裏に。

 ある者は学校の屋上で。

 ある者は人ごみの中で。

 

 所在地はバラバラ。

 だが、偶然にも幹部全てか空を見上げた。


 そしてその中の一人、二ツ神ネッカは視線を前に戻して歩き出した。

 スマホ片手に歩く姿は只の気だるげな女子高生と言った風貌。

 制服の上からパーカーを羽織り、その黒髪からのぞく赤いメッシュは目を惹いた。

 

 彼女もまた動き出すのだ。

 人ごみの多い大通り、裏で活動するような組織であれば、いや、今から一つの作戦を行う組織であれば避けるような場所。

 だが、学生故に例え目を惹くと言っても、それは皆の日常に溶け込む。

 一瞬、注意が向かっても家に帰ってしまえば忘れてしまう程度。

 全くの印象に残らない人物よりも怪しくない普通の存在。


 そんな異能蔓延る現代では外見共に普通の基準に位置する少女は、またも上を見上げた。

 いや、見上げざるを得なかった。

 何故なら、普通の人間はビルに取り付けられた大きなモニターに不可解な現象が起こればそれに目を向けるから。


 映像が乱れた。


 そして、一瞬の暗転の末に何かのエンブレムのようなものが現れた。

 それを、六大組織の一つ異能倶楽部の幹部として属する二ツ神ネッカは知っていた。

 あれは異能犯罪組織「陽炎」のエンブレムだ。


 民衆が騒ぐ。


「おい、なんだ」

「なんかのPV?」

「いや、にしては、映像の切り替わりかたおかしかっただろ」

「じゃあ何?」


「異能犯罪組織とか?」


 その言葉によって、今まで無視を決め込んで頑なに天を見上げなかった人間も足を止めた。

 異能犯罪組織。

 昨今では、名前自体聞くことも珍しくない。

 異能の台頭のせいか、裏社会に一般人でも足を踏み入れやすくなったことによって、人づてにそれを聞くことだってある。

 何より、そこらの不良ですらも大きな力を持つような時代だった。

 だから大真面目に多くの者が危機感を持った。

 そして確信に変わる。


『──我々は、異能組織、陽炎』


 名乗ったのだ。

 今まで頑なに表との関りを絶ってきた組織が。

 民衆のざわめきは増していく。


 同時に各地に居た幹部は気付いた。

 先手を打たれたことに。

 意図はともかく、このタイミングでの電波ジャックから考えれば情報が洩れていて、こちらが作戦を実行する前に彼方に動かれたと言う事だ。

 完全に後手に回っている。


 そして、ビルとビルの間に反響する声は続けた。


『正義のもとに力を振るう組織である』


「よくもぬけぬけと」事情を知っている者たちはそう思っただろう。

 少なくとも、この場に居たネッカは内心そう思っていた。

 

「正義って」

「異能組織って犯罪者でしょ」

「でも、陽炎?だっけ、聞いた事ねぇよ。まだ、悪いことしてないんじゃね」

「いや、雑魚過ぎてみんな知らないだけとか」

「少なくともここら一帯のモニターで映像流せるような奴らが雑魚はないだろ」


 その場にいた多くの者もそれには反応を示した。

 そしてある特定の思考に誘うかのように声が響く。


『我々は、治安維持組織が手を出せない違法に異能使用および異能犯罪を犯す異能組織を取り締まる存在だ』


「確かに、大きな組織は手を出せないって聞くし」

「そんな訳ねぇだろ。犯罪起こせば捕まるっての。陰謀論の見過ぎだって」

「いや、そもそもこいつらも犯罪者でしょ。同類だよ同類」

「結局何してくれんだって話だよな。電波ジャックしといて未だ実績ゼロ、順番考えろって」


 それでも声は民衆には響かなかった。

 結局は犯罪者。

 異能が現れ脅威が身近になったからこそ、そう簡単に信じる者はいなかった。


 だが、


『皆は知っているだろうか。先日のナリヒサ製薬所有の三つのビルから火の手が上がったことを』


 エンブレムの映るモニターに、画像が加わった。

 各種ニュースサイトやテレビで放映されたニュース番組のテロップの入った一枚、さらには個人提供でもされたのか若干の手振れの見える写真。

 そしてその全てが取り扱う事柄は、その声が発した通り件のビルの爆発についての事だった。


『これらすべてのメディアにおける報道では事故による爆発だと報じられている。だが、実のところこれは人為的に起こされたものだ。それを起こした組織こそ、六大組織「異能倶楽部」である』


 表向き秘匿されていた情報だった。

 それ故に民衆はざわめきを増した。

 それは主に不安の声だった。

 異能倶楽部と言えば、多少異能犯罪に関心がある者なら、旧ネクサスであることは一般人でも噂程度に聞くほどにはなっている。

 だからその構成員が学生と言うのも知っている。

 であれば、物の良し悪しも分からない学生がビルを破壊するような力を持つことに恐れの感情を抱くのは当然だった。


 だからこそ、異能倶楽部に対しての行動を陽炎が行えば心につけいることも不可能ではなかった。

 その好機を逃すはずもない。

 だから、

 

『では、手始めに異能倶楽部の幹部を日のもとにさらして見せよう』


 そう言い切った。

 そして、二ツ神ネッカは同時に目を見開いた。

 いや、見開いた時にはモニターが移り変わって、三枚の写真が表示されていた。


『梶野桐雅、川原千佳、水ノ上凜矢みのかみりんや


 やられた。

 そう思った。

 裏の世界では、この三人の名前は知れ渡っている。

 だが、未だ異能倶楽部の幹部だと言う情報は少なくとも表向き世間では知られていなかった。

 三人ともに異能倶楽部に所属する以前から名前が売れていた。

 それがあだになった。


 いや、異能倶楽部にそれらを在籍されることで、ツムギは力を誇示しようとしていたため、計算の内ではあった。

 だが、今回の場合はまずい。

 恐らく今開示された三人すべてが人目につく場所にいる。


 そして実際、その三人はすでに人の目に囲まれていた。

 一般人による監視。

 そして中には、犯罪者に鉄槌を食らわさんと危害を加えようとする輩もいた。

 素手ではなく、異能と言う名の凶器で。

 ある程度距離的な安全圏を得てしまった弊害で、異能による攻撃ならと狙いを定める者もいた。


 そして、人には囲まれている物の、標的なっていないネッカはかろうじて冷静に考える。

 この方法を取るのであれば、陽炎の名を出す意味はあったのかと言う事だ。

 陽炎の名を出すことで、得られるものはなんだ。

 正義の味方としての立場か。

 だが、それでは弱すぎる。

 デメリットがデカすぎて意味がない。


 それがどうしても分からなかった。






 ◆


 『では、手始めに異能倶楽部の幹部を日のもとにさらして見せよう』


 何を言っているんだ。

 皆と料理を食べに行くはずだったその日、俺はその言葉を聞いた。

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