帰り道
春と言えどまだ日は長くなく、明かりと言えば月くらい。
そんな道を一人であるく。
先ほどの中華料理屋があったような繁華街は眩しいくらいに明るかったが、住宅街に近づくにつれて闇は深さを増していった。
時刻を確認すれば、すでに十時を回っている。
高校生くらいなら出歩いてもギリギリおかしくはない時間ではあるが、無論小さい子供がいるような家はすでに明かりはついていなかった。
確か補導される時間は十一時とかだったと記憶していたが、とは言えTSしているのだから少しは警戒して歩いた方が良いのだろうか。
まあ、今の俺であれば異能で脅かすくらいは出来そうな気もする。
それはそうと今日の食事会?を振り返ってみればなんだかんだ楽しかった。
それに、あそこに集まっていた人の多くが中二っぽい発言をしていたので俺も少しあてられてしまった。
中二病なんて中二どころか幼稚園の時点で飛び級も掻くやと言うスピードで卒業したはずだったが俺の心の奥にはまだ残っていたようだ。
今なら異能も使えることだし雰囲気を出しながらカッコいいセリフだって言える。
そう思うと無性に試したい衝動に駆られてしまった。
よし。
どうせ誰も見てないんだしちょっとくらいしてもいいよね。
俺はあの時異能倶楽部の皆の前で見せたような黒い電気っぽい奴をバチバチと体に纏う。
そして、後ろを振り向いてそれっぽいことを言う。
「いつまで見ている気だ?」
何て。
それにしても、またあのお店行ってみたいな。
確かあそこにいた組織の人が選んでくれたんだったか。
名前は……。
「ローレライだったか」
◆
集会が終わった後、六大組織ローレライのボス霧消はルカと名乗った少女のことを考えていた。
無論警戒から来るものだ。
集会中の席で狙撃者を見破ったルカと言う少女だが、その力に些か疑問を持っていた。
いや、黒い稲妻を放つ異能があると言う事を知っていたからこそ、超長距離射撃に気付いたことが不思議だった。
本来あの距離は肉眼では見ることなど不可能なはずだった。
通常の狙撃であっても視認することなど出来ない。
そう断言できるほどであるのに、夜間と言う条件を付けてなおそれを見抜いた。
それは異能の力がなければ不可能だろう。
ローレライがそれを確認することが出来たのは、夜の街の至る所に索敵に特化した者たちを忍ばせていたためだ。
それでも、ルカが発言するまで気付かないほどならば、一体どのような方法で彼女はそれを探り当てたのか。
一瞬、あの狙撃犯がルカの手配した可能性が頭によぎる。
背後関係を調べたところ陽炎内部の者ではないと言う報告もあった。
だが、確実に依頼は陽炎からなされていた。
もしそれが事実ではない。
または、ルカと言う少女によって偽装されたものであった場合……いや、それはないだろう。
異能を使った狙撃ではあるがその実力は素の狙撃力あっての事、相当な実力者であり、陽炎と言う組織の依頼を受ける手合いには見えなかった。
だが、それがネクサスと言う組織の長であるルカと言う少女の口利きあってこそ可能であったとも考えられた。
しかし、それでも多くの疑問が残る。
霧消は暫し考え込んで、口を開いた。
「……レイメイ。あのルカと言う少女をつけて」
声を掛けたのは先ほどまでの集会で司会をしていたレイメイと言う少女であった。
そして、従者と言う側面をもってその場に参加していたことから分かる通り、彼女は組織内でも凄腕の人材だった。
「了解しました。ですが……」
「気にしなくていいわ。とにかく今は、彼女にこちらの尾行に気付ける何かしらの手段があるかどうか確認出来ればいいから」
そう。
その方法を探る必要はないのだ。
彼女が仕組んだわけではなく、純粋に狙撃犯を見つけることが出来る能力があると言う事が分かればいいのだ。
それだけで陽炎と言う組織に対する対応は大きく変わってくる。
レイメイは再度一礼をしてその場を経った。
◆
レイメイは霧消に命じられた通りに異能倶楽部のボスであるルカを追った。
無論一人だ。
通常であれば複数人での行動をしただろう。
だが、今回は少し趣が違った。
彼女の部隊に所属する部下は隠密としては素晴らしい技術を持っている。
上手く連携を取れば素晴らしい成果を出すことが出来るはずだ。
しかし、今回は情報を引き出すことが目的ではない。
どこまで巧妙に隠れても気付くことが可能なのか、それを見極めることが目的だった。
だから、不用意に人数を増やす必要もないし、さらに言えばレイメイが今からしようとしていることを考えれば足手纏いになってしまうようなものたちを連れていくことはなかった。
と言うのも、今回レイメイが指名されたのは隠密に優れたと言う事はもちろんなのだが、それは単に技術力の話ではなかった。
やはり、ここで絡んでくるのは異能だ。
レイメイはもちろん世界トップクラスの隠密能力を誇る人材である。
だが、それに勝るとも劣らない「隠密」と言う異能があった。
技術がなくとも無条件にプロのごときをそれを再現出来てしまうほどの強力な力。
それをプロの世界でも上位に食い込む彼女が使えばどうなるだろうか、想像は難しくなかった。
異能の力を使い、さらに本人の技量で補う。
これに気付けと言うのは無理があった。
だが、ルカと言う少女は気配どころか目視は絶対に不可能な場所にいた狙撃犯を捉えていた。
もし、それが本人が仕組んだことではなく、自力であればこれを見破れるはずだ。
これを持って取りあえずの証明にしようと言う考えだった。
ルカが自身の部下と別れたのを確認したレイメイは後を追った。
気付かれた気配はない。
だが、レイメイはすでに驚きを隠せないでいた。
完璧に一般人に擬態しているのだ。
少なからず訓練を受けた、ないしは裏の世界に身を置いたものはわずかではあるが注目すればその兆候が見える。
そう言った素振りを見せない相手に対してその正体を見破るのは至難の業ではあるが出来ないわけではない。
だが、ルカと言う少女を見ているとどれだけ経ってもボロが出ないのだ。
これはおかしなことだった。
一つの組織の長が出来る事ではない。
全くあたりを警戒する素振りもない。
だが、彼女が向かう方向に進んでいくとだんだんと人の気配が増えるのもわかった。
恐らく異能倶楽部の手の者だろう。
決して隠密のプロではない。
それこそ一般人の振りをしてあたり一帯を監視していた。
だが、それでもレイメイに気付くものは居なかった。
いや、いるわけがないのだ。
本来それは不可能。
制限こそあるために完全とは言えないが、それさえなければ一つの組織の長になることもできる。
少なくともローレライ現ボスである霧消がそう思うほどの力だ。
しかし、ルカは立ち止まった。
報告に聞いていた黒い稲妻を身体に纏って、こちらに振り向いた。
バカな。バレているはずはない。
「いつまで見ている気だ?」
いや、バレているのか。
しかし、これで姿を見せるような真似はしない。
ハッタリの可能性もあった。
だが、次の瞬間。
「ローレライだったか」
確信に変わった。
正体まで割れていた。
そこまでわかった時、すでにレイメイは撤退を選んでいた。
それに気づくべきだったのだ。
一般人のような挙動をしながらも未だ顔を深い影で隠していることに。
それはつまり、つけられていることを悟っていると言う事。
「去れ」と、確かにそう闇の中で光る青い目が言っていた。
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