まだプロローグ 〈お嬢様の歯磨き回〉



「『国王様』の許可も得たわけですし、お嬢様、歯磨きの時間です」


『ちょ、ちょっと待ちなさい! それとこれとは話が違うわ……』



 冷や汗をかきながら、目をオドオドさせてお嬢様は言った。

 

(ちなみに許可を得たと言っても、お嬢様が一方的に国王様を言い負かして、ボコボコにしていただけなんだけど…………やっぱ年頃の娘ってものすごく怖いなって思いました…………)


  

「ほら、早くこっちきてわたしの膝の上に寝てください」


『むぅ……わかったわよ』


「はい良い子」


(まったく赤ちゃんみたいですね、このお嬢様)



 わたしはこのように、いつもお嬢様の歯磨きをしています。

[お嬢さま取扱書とりあつかいしょ]の2番、『お嬢さまは歯磨きが大嫌いなので、しくもお嬢さまの執事になられたお方は、代わりにやってあげてください。(ちなみに目をつぶって、あぁーというお嬢さまは、とっても可愛くて食べちゃいたいです)』とあるくらいですから。


 ちなみにこれは、わたしがお嬢様の執事になる前の『執事の方』が作られた物のようです。

 

 書体を見る限り女性でしょうか? 

 

 ずいぶんと苦労されていたようで…………まぁわたしにとってはご褒美ですけどね、あはは。

 あ、この取り扱い書、全部で59番まであるので安心してください……


 

「終わりましたお嬢様、『ぐちゅぐちゅぺー』してきてください」


『ふん……ふぁかった』



 リスみたいに膨らんだ口でお嬢様が言った。


 お嬢様が口をゆすいでいる間に、普段わたしがどのように王家で暮らしているかを、一人で『グチグチ』言いたいと思います。


 基本的にここでの生活はとっても幸せです(皮肉)。

 朝は散らかったお嬢様のお部屋を綺麗に片し……昼はお嬢様が泥団子で『めちゃくちゃ』にしてくれたお庭のお掃除……そして夜は、お嬢様のお隣で…………一時間ごとにベッドから落ちるお嬢様をまたベッドの上に戻すという、ほぼ拷問のような作業をずっと…………、、

 

 

「夢の中で『バレエ』のレッスンでもしていらっしゃるのではないか」


(つまり、…………そう思わせてくれます)

 

 

 でもなんだかんだ、本当に幸せなんですよ。お嬢様がいるだけで毎日がたのしい、そう思えるんです。

 

 無論、お嬢様を世界でいちばん愛している。



『……おりぃやぁふ…………じゃぐぅち、ひねっふぇ…………』


「は、はい! 今行きますッ」


(久しぶりに『オリアス』と呼ばれた。きっと寝ぼけているのだろう……何かあっては危険だ!)






 ーー今日も今日とて、わたしはとっても幸せなのであった…………チャンチャン。

 あぁ、お嬢様尊い……………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る