第15話 歓迎会

 ニーデル商会のお店兼工房の近くまで戻って来ると、1人の女性が立っていた。

 

「アキナ様!お帰りなさい。」

 私の元に走って来るのは、錬金術師のキャロットだ。

「ただいま!」

「お1人で大丈夫でしたか?」

「トラブルはあったけど、いい男に出会えたんで良かったわ!」

 キャロットは不思議な表情を見せたが、私の足元が汚れているのに気が付いた。

「アキナ様!足元が汚れていますし、服装も髪の毛も!大変です、宿舎に戻って体を洗いましょう。」


 キャロットに催促されて、早々に宿舎の洗い場に案内された。

 宿舎の1階の奥にある小部屋に案内された。

「アキナ様、服を脱いでタライの中に入って下さい。」

 言われるまま服を脱ぐと、キャロットが驚きの声をあげた。

「アキナ様!…下着履いていないですか!」

「汚れる前に脱いだの!気にしないでね!」

「すみません!変な事を聞いてしまいました。」

 キャロットは聞いてはいけない事を口にして、後悔していた。

「アキナ様、お湯加減はいかがですか?」

「ちょうどいいお湯だわ!」

 お風呂に浸かるのではなく、タライの中でしゃがんでタオルで拭く感じだ。

「アキナ様、服を洗いましょうか?」

「服は自分で洗うから、そこに置いておいてね。」

「わかりました。代わりの服をここに置いておきますので、使って下さい。」

「ありがとう!」

 ここまでしてくれるなんて、ノーマンさんの目的はなんでしょうね?

 ノーマンの親切は気になるが、悪意は感じられないし・・・暫くは甘えておこう。

 身体を拭き終えると、汚れた服を洗いバックの中にしまい込み、代わりに下着を取り出し素早く履いた。

 キャロトが準備してくれた服に着替えて、指定された食堂に移動した。


「アキナ様!こちらです。」

 私の姿を見て、ノーマンが手招きをしてくる。

「お待ちしておりました。ぞうぞこちらに!」

 広い食堂の真中に10人がゆったり座れる長テーブルがあり、ノーマンを筆頭に錬      金術師の4人とキャロト、それにお店にいた受付の女と男が席に着席していた。

私がテーブルに着席すると、メイド服の女性がワゴンに乗った料理を運んできてテーブルに並べる。

 料理がテーブルの上に全て並べられると、ノーマンは全員の紹介を始め出した。

「アキナ様、ニーデル商会の従業員を紹介しておきます。」

 ノーマンは順次紹介を始めた。

 男性の錬金術師がヨーデルとフラット、女性がメリーサとナンシー、それにキャロットの5人。

 お店の受付嬢のミリアに護衛のアンダーソン、メイドのリリーに管理人のニコラス夫妻、全員で10人の人達とあいさつを交わした。

「もう1人、私の秘書兼工房の責任者のナターシャがいますが、現在私の代わりに王都の本店にいます。」

「皆さん明菜と言います。何も分からない田舎者ですが、ノーマンさんのご厚意に甘えてここでお世話になることになりました。冒険者のお仕事を覚えながらここでのお手伝いもさせていただきますので、よろしくお願いいたします。」

「アッ、忘れていましたが私の大事な友人もよろしくお願いします。」

 皆に向かってお辞儀をした。

「アキナ様のご友人は神獣フェンリルです。冒険に出かけない時は、厩舎でくつろいでもらいますのでお世話をよろしく頼みます。」

 フェンリルという言葉に誰もが驚いていたが、その中でも護衛のアンダーソンの驚きは特別に感じた。

「今日はアキナ様の歓迎会です。ささやかですが料理を準備致しましたので、召し上がって下さい。」

「それでは、乾杯!」

 出された料理は、見たことがない物が多く好奇心とお腹が空いていた事もあり、美味しく頂いた。

 従業員の皆さんも、こんな豪勢な夕食は滅多にないと小声で言っているのが聞こえてきた。

 食事も終盤に近付いた頃、ノーマンが明菜に話しかける。

 少しお酒も進んでいるみたいで、ご機嫌な様子だ。

「アキナ様との出会いは神様のお導きだと私は感じています。」

「私もノーマンさんに出会えて、こんなに良くしてもらえて感謝しております。」

「冒険者はとても大変で命がけの仕事です。私個人の願いとしましては、この工房でポーションや魔道具の制作にお力を注いでもらえれば、大変うれしく思います。」

「ノーマンさん!私はポーションや魔道具は作れませんし、作った事もありませんが!」

 錬金術師の面々が一斉にこちらを見つめる。

ノーマンは困った表情で、言葉を選んでいた。

「そうですよね~見るのも初めてでしたね!」

「冒険者の仕事にはポーションや魔道具が不可欠です。必ず必要になるもので、その価値がいずれお判りになるはずです。ここではそれらを製作できる唯一の場所です。

せっかくお知り合いになれましたので、アキナ様が製作に興味を持ってもらえると大変嬉しく思います。」

 ノーマンの心は複雑だった。明菜の超魔力と聖女の能力を持っている事を隠しながら工房の仕事を勧める事に、錬金術師達が気を悪くしているのは理解しているつもりだ。

 アキナとの出会いは、今まで叶わなかった一筋の光が見えた瞬間でもあった。

 当然ノーマンの考えを理解出来ている人物は、ここには誰もいなかった。


 

 

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