第六話 ライオネルとエミラルダ

 ここはラフレスタで最近有名な豪商エリオス商会の会長執務室。

 会長の名前はライオネル・エリオス。

 そう、月光の狼の首領である男の表の仕事場である。

 彼が本職と口を滑らしたように、己の手腕を持って一代でラフレスタの有名商会へと登りつめた辣腕者なのである。

 時折、人を食ったような態度を取る彼ではあるが、根は真面目で契約は必ず守り、心情に熱い男である。

 そうした事で彼には数多くの部下や同業者が信頼を寄せている。

 それに加えて、彼の特記すべき能力として利益が出るものに対しての嗅覚が鋭く、ここぞというタイミングで商売のチャンスを掴み取る事ができていた。

 そんな幸運の積み重ねが、今日のライオネル商会の礎となっており、僅か十余年で大商会とまで言われるまでに育てあげた彼の実績は誰からも認められている。

 今日もライオネルは執務室で様々な書類に目を通し、帳簿を確認する。

 彼の商会で取り扱う商品は多岐に渡るが、最近、ある魔道具がこの商会のヒット商品となっている。

 魔道具を取り扱うのは他の大商会でも珍しい事ではないが、それでも魔道具というのは些か専門性の高い商品であり、高名な冒険者や魔術師、戦闘を生業とする者、錬金術師、医師など、一般人とはかけ離れた特殊な階級に属する人達の需要によって商売が成り立っている。

 専門性は高く、かつ、需要も少ない事から、魔道具はひとつひとつが高価な商品であり、一般人がそう易々と買える代物ではないというのがそれまでの常識であった。

 しかし、このエリオス商会が取扱う魔道具は他の商会が取扱っている物に加えて、一般人の生活に密着した魔道具を多く取り扱う事も特徴だ。

 例えば、火を熾す魔道具であったり、時を知る魔道具であったりするが、それを一般庶民でも少し無理をすれば手が届くような低価格で販売していた。

 これらの魔道具は低価格もさる事ながら、消費する魔力も少ないため一般人でも取り扱える手軽さが客に受け入れられて、毎月飛ぶように売れている。

 お陰で最近はラフレスタだけではなく、帝都ザルツや遠方の商業都市ユレイニ、隣国ノマージュとも取引が広がっており、エリオス商会に多くの利益をもたらしている。

 これら利益の一部は「月光の狼」の運営資金にもなっているため、ライオネル自身も手を抜いて働く事は考えず、彼の昼間の仕事は毎日が書類との格闘である。

 今日中に決済しなくてはならない書類をようやく仕上げた彼は、部下に書類を渡すと同時にお茶を所望し、小休止を取る事にした。

 昨日も遅くまで月光の狼の会議だったため、少々寝不足である。

 自分がこんなの忙しいのは誰のせいだ・・・白魔女エミラルダのせいか?

 彼は軽く目を瞑り、自分とエミラルダとの出会いを思い出していた。

 そう、あれは半年前だったな・・・

 

 

 

 それは寒くなり始めたある日の夜のラフレスタ。

 その日の夜も月光の狼は活動をしていた。

 今思えば、稚拙で小規模な活動であり、理想は高かったが実力が伴わない故に小規模の活動しかできなかったあの頃の話だ。

 本業の商売で成功しつつあったライオネルがその資金を元に結成した義賊団『月光の狼』。

 ラフレスタに蔓延る既得権益を打破するため設立した組織だった。

 構成員の数は今ほど多くなかったが、志の高い同志がひとり、またひとりと集まり、夜な夜な義賊的な活動を行っていた。

 この日の作戦は以前から悪い噂の絶えない悪徳豪商の館に忍び込んで不正の証拠をつかむこと。

 そして、それを公にして、この悪辣豪商をラフレスタから追放する。

 私腹を肥やしたであろう莫大な財産も全て強奪し、全額慈善活動を行っている教会へ寄付するというものであった。

 今宵も月光の狼の作戦は始まった。

 闇夜に紛れての活動は、初めは上手く行った。

 いや、上手く行き過ぎたと言うべきであろう。

 大した苦労もなく、豪商の金庫部屋に侵入できた事を彼らはもっと警戒すべきであった。

 そう、侵入した先に罠が用意されていたのだ。

 悪徳豪商の用心棒として数名の魔術師が雇われている事をライオネル達は全く知らなかった。

 彼らと遭遇して直ちに戦闘となったが、魔法戦を想定していなかったライオネル達に勝ち目は無かった。

 そして、最悪な事に、敵の魔術師達は『闇夜の福音』と呼ばれる悪名高い犯罪組織から派遣された者であったのだ。

 勝ち目がないと悟ったライオネルの判断は早く、撤退に移るものの、敵も簡単に逃がしてはくれない。

 仲間たちがひとり、また、ひとりと殺られ、月光の狼は結成以来の被害を受ける。

 やっとの事で屋敷の外に脱出したライオネル達だが、その直ぐ後ろからは追手が迫っていた。


「はぁ。はぁ。はぁ。うぉーっ!」


 暗い路地を右へ左へと逃げるライオネル達。

 その横を火の鞭が通り過ぎた。


「ひゃははは。もっと早く逃げないと丸焦になるぞ」


 下品な笑い声で魔法を放つ男。

 彼の得意とする炎の魔法で既に三人の同志が殺されていた。

 この魔術師は人が燃えるときの匂いや肌が焼け爛れるのが堪らなく好きだった。

 この歪んだ嗜好のせいで魔法大学から放逐され、犯罪者組織へと身を落とすことになってしまったのだが、彼は後悔していない。

 何故ならば、もう自分の欲望のまま正直に生きてよくなったからだ。

 誰もが素の自分を邪魔させない。

 邪魔されてたまるか。

 さっき殺した三人目は特に良かった。

 妙齢の女性が生きたまま炎に焼かれて絶叫の中で息絶える姿を見られた彼は興奮の極みであった。

 目の奥に狂人の光を浮かべ、恍惚な表情で獲物を痛ぶる。

 今宵も最高のショーを味わえそうである。

 大ネズミはすぐに殺してはいけない。

 もっとじわりじわりと追い詰めて、絶望を与えてから殺らないと面白くない。

 夜の街を右往左往と逃げ回るライオネル達だったが、遂に追い詰められて、今は小高い丘にて三人の魔術師と、そして、黒幕の男が登場して対峙していた。

 ライオネルの両足は風の魔法で切られた傷から出血していた。

 痛みで意識が遠のきそうだが、無様な姿を晒したくないため、歯を食いしばり黒幕の男を睨み返す。


「よりによって儂のところに忍び込んだ賊めが! ここで成敗してくれるわ!」


 唾を飛ばしながら憤慨する小太りの老体こそ、今回忍び込んだ屋敷の主であり悪名高きラフレスタの豪商ルバッタ会長である。

 

「お前らの狙いは何だ。誰に頼まれたんだぁ。ああん?」


 血走った眼でライオネル達を見下す。

 それが癪に障ったライオネルの部下のひとりが、挑発に乗りルバッタに殴りかかろうとする。

 しかし、ルバッタの用心棒の魔術師が短く唱えた風の魔法で簡単に吹き飛ばされてしまった。


「野蛮な奴らめ! 人の言葉が解らんようだな。お前達は儂が汗水垂らして稼いだ金を簡単に奪えると考えていたようだが、世の中はそう甘くないんだよ。もっと真面目に働くべきだな」

「ふ、ふざ、ふざけた事、言いやがって・・・」


 先程吹き飛ばされた男がボロボロになりながらも立ち上がりそう答える。


「い、違法な奴隷や、薬物の取引でしか利益を上げられない奴がぁ・・・お前の口から『真面目に働け』なんて説教・・・糞食らえだ!」


 彼は顔を覆っていた黒い布を脱ぎ捨てて、地面へと投げた。

 その顔を見てルバッタは何かを思い出したようだ。


「おや、君はヤレコップのところの次男坊の。あー、名前忘れたなぁ」

「ヨディアだ! 俺はお前顔を忘れた事など、ひと時も無かったぞ。この悪魔の商人め!」

「ひゃはは、何をおっしゃる。人聞きの悪い事を言うもんじゃないよ」

「黙れ。姉さんを返せ!」


 ヨディアは怒り心頭だったが、ルバッタは面倒くさそうに対応してくる。


「何を言うかと思えば、そんな事か。この一家は貧しい奴だと思っていたが、心も貧しいようだな」

「なんだと!」

「お前の親のヤレコップは商売の才能もないのに無謀な取引をして大失敗し、莫大な借金を背負っておったのだ。それを助けやったのは儂だぞ。借金を放免するために様々なものを買ってやった。お前の姉もそのうちのひとつだ。あんな田舎者の下種女に十万クロルもの値段をつけて買ってやったんだ。感謝してもらいたいものだな」

「ふ、ふざけるな! 借金の元になった取引相手もルバッタ商会の手の者だった事は解っているんだ。お前達が始めからグルだった事もな」

「・・・くくく、はははは、ひゃはははは」


 暫く黙って聞いていたルバッタであったが、これは堪らんと下品に笑い転げる。


「そうか、そうか、ばれてしまったのならしょうがない。ヨディアだったか、お前は自分の親より少しは頭が良かったみたいだな」


 涙目でルバッタが続ける。


「上手く騙せると思ったのだが、どこで気づいた? 後生のために教えてくれないか?・・・あん? 教えてくれんのか。まぁいいや」


 ヨディアが怒りのあまり何も言葉が出せないのを良い事に、勝手に話を進めるルバッタ。


「あっそうそう。お前の姉のカエラはなぁ、儂もだいぶ目をかけて可愛がってやったんだが、あまり耐久性が無かったようでな。二ヶ月でダメになりおった。田舎者で小生意気な小娘だったが、下半身はよく締まるいいものを持っていたのに惜しかったなぁ~ ある日から頭がおかしくなりおってなぁ」


 老体の顔が醜悪に歪む。


「しかし、そんな女でも良いという物好きもいてなあ。中古品として十五万クロルで売れたのだよ。いゃー、ビックリしたなぁ~ 買った価格よりも高く売れるなんて!・・・と言う訳で、残念ながらヨディアよ。カエラは既に他人の物よ。ちなみに、売った先のアイツらは怪しい儀式をする集団だったので、もうこの世には居ないと思うがなぁ。おっと、儂とした事が顧客情報をばらしてしまったわ。ひぁはっはっは~」


 愉快愉快と笑うルバッタの姿を見たヨディアは怒りが頂点に達する。


「ぶ、ぶ、ぶっ殺してやるーっ!!!」


 再びルバッタに襲いかかろうとするヨディアだったが、そうはさせまいと魔術師が放つ氷の魔法の矢が足に刺さり、そのまま地面へと突っ伏す。


「ぎゃはっはっはー、今夜はすっかり愉快になったわ。こ奴等からはもっといろいろな事と聞き出そうと思っていたが、もう十分面白かったわい。キリュス、さっさと殺せ!」


 ルバッタは用心棒の魔術師達に殺しの許可を出す。

 主人からお預けをくっていた魔術師達のリーダーであるキリュスは、待っていましたとばかりに動き出した。

 ようやくこれから至福の瞬間である死への饗宴が見られると、キリュスの狂気の欲望が沸き上がる。

 賊は全員、炎の魔法で焼き殺そう。

 キリュスはそう思い、ゆっくりと、しかし、確実に殺すように念入りに広範囲に影響を及ぼす派手な魔法を唱えた。

 長い詠唱が始まるが、彼の詠唱を邪魔する者など存在せず、死へと続く魔法の呪文が夜の闇に響き渡る。


「・・・く・・・ここまでか・・・」


 呪文の結びの言葉が迫る中、ライオネルは口惜しく、また、自分の力が及ばなかった事を残念に思うしかない。

 月光の狼の誰もが死を覚悟し、そして、詠唱が終わり、大火の魔法が発動する瞬間。


 ・・・それは実現しなかった。


 大火の呪文を唱えたキリュスは、その締めの呪文を唱え終える寸前、突然に白目を剥いた。


「ぐげっ!」


 短い悲鳴と伴に身体に電撃の残滓を残しながら、ゆっくりと正面に倒れて気絶してしまうキリュス。

 そして、ゆっくりと倒れたキリュスの後方に、白い人影が現れるのをこの場にいる誰もが無言で目にしていた。

 一体何時からそこに居たのか解らないが、堂々と立ち、キリュスの背中に向かって右手の人差し指を差し出している。

 指の先から電光の残滓が残っていた事から、ここから雷の魔法を放ちキリュスを襲ったのが解る。

 それは全身に純白のローブを纏い、すらっとした身長に胸の膨らみがある事から女性であると解るが、顔は目元の周りが白い仮面に覆われ、銀色の長いストレートの髪が神秘的な雰囲気を醸し出す謎の人物がそこに立っていた。

 しかもその存在自体が圧倒的な存在感を持つ・・・

 これほどの存在感を持った人物が、何故に今まで誰も気付けなかったのか?

 誰もがそんな疑問を持つが、最初に口を開ける事ができたのはルバッタであった。


「な、何者だ!」


 魔女はルバッタを方に目を向けて飄々と答える。


「あら、私はただの通りすがりのただの正義の魔女よ。そちらこそ何か御用ですか?」


 彼女の人を馬鹿にしたような答え方が癪に障ったのかルバッタは奮起で顔を真っ赤にする。


「ふざけた口を利きやがって、儂の邪魔をするのか。殺ってしまえ。いや、殺さない程度に可愛がってやれ!」


 ルバッタの命令で我に返った他の魔術師達が行動を開始する。


「風の魔法」「氷の魔法」


 省略した呪文詠唱が完了し、魔法は直ぐに発動する。

 短時間での魔法発動。

 これができるだけでも彼らは相当の手練れであった。

 その魔法をぼうっと見ていた魔女だったが、彼女が「かっ」と目を見開くと、強力な魔力の風圧のようなものが彼女から同心円状に広がり、風と氷の魔法は簡単に無効化させてしまう。

 魔法の上級者のみが使う事ができると言われる強力な魔力により魔法を上書きする事で相手の魔法を無力化させる高等技術であった。

 そして、彼女は短く「氷結」と唱えると、今まで見たこともない巨大な氷が地面から発現して、三人の魔術師とルバッタを瞬く間に氷の監獄の中に閉じ込めてしまった。

 かろうじて顔の部分が氷結しなかったので、殺してはいない。


「沈黙の雲よ」


 そう唱えると魔女の後ろから黒い雲が現れ、魔術師達の周りに纏わり付いていく。


「なっ、なんだこ・・・・・」


 口をパクパク動かすが言葉が続かない。

 呪文を唱える事ができなくなった二人の魔術師は混乱に陥った。

 魔法が発動しない。

 自分達の力の根源ともいえる魔法の力を失ってしまったからだ。

 魔法を封じる魔法・・・そんなのあるのか?と未経験の魔法にどう対処したらいいか解らなくなる。


「しばらく呪文の詠唱を封じたわ。無駄だと思うけど黙ってらっしゃい」


 魔女はそう言うと、混乱を続ける魔術師達を無視して、ゆっくりとルバッタとライオネルの方へと歩み寄ってくる。

 数舜前までは余裕の表情で捕らえた後の魔女の処遇をどうしてやろうと思慮を巡らしていたルバッタだったが、今ではその魔女の圧倒的な力を前にして恐怖を覚えていた。


「ま、待ってくれ、儂らは襲われた側だ。こいつら賊に襲撃されたので懲らしめようとしただけだ」


 ルバッタは急いで自分の無実を述べる。


「ふーん。でも、アナタ達は彼らに結構過激なお仕置きをしていたわよね」


 魔女は無力化した用心棒魔術師三人を一瞥し、ルバッタに視線を戻す。


「いや、しかし・・・」


 これまでの自分の経験を最大限に生かして自身の無実を饒舌に述べようとしていたルバッタだったが、魔女と目が合った瞬間に黙り込む。

 ルバッタは魔女の美しい眼と自分の眼が合った瞬間、己の心が吸い込まれるような錯覚に陥り、意識が喪失しかかった。

 それは実際には一瞬のできごとであったが、ルバッタにとっては永遠とも思える時間に感じられた。

 そして、魔女が視線を逸らした事でルバッタは解放される。

 この短いやり取りの間、魔女はルバッタの心を魔法で探っていた。

 それはルバッタの生い立ちに始まり、これまでの彼の悪行の数々、そして、先ほど魔女に対して、捕らえた後にどうしてやろうかという彼の妄想にも至る。

 それは手足を縄で縛って自由を奪い、全裸にした魔女の身体をいやらしい顔つきのルバッタが舐めまわす光景であった。

 そんな彼の妄想を見た白魔女エミラルダは自身に悪寒が走るのを覚える。


「うっ! 気持ち悪る!!」


 魔女は口を手で押さえて、ルバッタを汚いものを見るかのようにして眉を歪めた。

 彼女はルバッタの記憶を探って事の真偽を読み取ろうとしたが、予想以上の彼の悪行に吐き気を催しそうになるほどであった。

 これ以上詳しく調査するのも嫌になる。

 魔女は意図的にルバッタを無視するように務め、彼の横を通り過ぎて、今度はライオネル達の前に立った。

 魔女は黒ずくめの賊と思わしき彼らをひとりひとり見渡し、そして、最後にライオネルと目を合わせる。

 ライオネルも魔女と目を合わせたが、その直後、ライオネルも心の奥底にゾクッしたものを感じた。

 エメラルドグリーン色の澄みきった魔女の眼に吸い込まれるような感覚と同時に何かが自分に入ってくるような感覚。

 酩酊したときのような甘美な虚脱感を覚えつつも、本能的に何かの力に抗おうとする自分。

 何だろうか、集中力がどんどん維持できなくなる。

 そんな感覚がライオネルを支配した。

 これも先程ルバッタに施したように、魔法でライオネルの心を探る魔女の行為の現れだ。

 ライオネルの酩酊に似た様子を特に気にする事もなく、魔女は唐突に視線を逸らして、驚きに満ちた言葉を発する。


「すごいわね。本物に義賊が存在するなんて!」


 妙に感心した様子の魔女の言葉を聞いたライオネルは自分の意識が再び覚醒し始めるのを感じたが、今度は思い出したかのように足の傷が疼き、その表情が歪む。


「う!」


 鋭い痛みのため、小さい呻き声を挙げてしまったライオネル。

 今更ながらにライオネルの負っていた傷に気付いた魔女であったが、よく見るとライオネル以外の者もかなり負傷している事に気付く。


「その怪我を負ったままじゃあ、いろいろと面倒だわ」


 そう言うが早く、魔女は小さく聞き取れないような呪文を短く唱えると、温かい風がライオネル達を覆い、直後に彼等は痛みが急速に収まるのを感じた。

 自分達が魔法により治癒された事を理解したライオネル達。


「あんたは、一体何者なんだ!?」


 自身の傷の痛みが無くなったのを認識しつつ、ライオネルは魔女に問いかける。

 魔女はどう答えようか少し悩み、そして、答えた。


「私は・・・そうね。『白魔女のエミラルダ』とでも名乗っておこうかしら『月光の狼』の皆さん」


 白魔女の言葉に驚くライオネル。


「何故? 我々の事を!!」

「私の前では隠し事はできないわよ。統領のラ・・・おっと、この場で本名は不味いわね。私としたことがごめんなさいね」


 優雅に口に手を当ててホホホ笑む白魔女の様子に対し、呆気に捉われるライオネル達。

 先程までの死を覚悟した状況が一体何だったのかと思える雰囲気になってしまったが、ライオネルは気を取り直し、自分達を助けてくれた恩人へ素直に礼を忘れない。


「いや、我々の事はどうだって構わない。それにしても危ないところを助けてもらってありがとう。本当に助かった」


 深々と礼をするライオネルに、エミラルダは気にしないで、と態度で示す。


「あまり無理しない方がよいわ。怪我を治す魔法は私の専門外なの。今の魔法は一時的に痛みを誤魔化しているようなものよ。半日後には元の状態に戻ってしまうから早く撤収して、神聖魔法使いにでも治療して貰いなさい」


 そう言い傷口を指す。

 ライオネル達も自分の傷を確認したが、確かに流れ出ている血や傷口の状態はさほど変わらない。

 白魔女が幻覚か何かの魔法を使い、一時的に痛覚を鈍らせているのだとライオネルは理解した。


「何故、我々を助けてくれるのだ?」

「単なる私の気まぐれよ。こう見えても私は正義の味方なのよ」


 仮面越しに自分の顔を指さし、微笑む白魔女。

 仮面に隠されてはいるが、その端整な輪郭や長く蕩けるような真っ直ぐの銀の髪。

 そして、自身の抜群のプロポーションを誇示するかの如く彼女の肢体にピタリと張り付く白いローブ姿。

 その場にいる誰もが彼女は美人であると認めただろう。

 そして、この女性は膨大な魔法の力を持つ天才的な魔術師である事は先程の行動で証明されていた。

 そんな彼女から「自分は敵ではない」との発言もあり、月光の狼達達の表情は緩む。

 本来、これほどに簡単に他人を信用できない彼らであったが、実はここにも白魔女の魅惑魔法が働いた結果によるものであった。

 しかし、今、この場でその事に気付く者は誰ひとりとして存在していなかった。

 「さて」とエミラルダは振り返り、拘束した三人の魔術師とルバッタに向き直る。


「悪い人達にはお姉さんがお仕置きをしないとね」

「ひっ!!」


 唯一声を出す事ができるルバッタが恐れ慄き後退りしようとするが、首から下は氷の牢獄に閉じ込められているので、動くことは叶わなかった。

 そんな無様なルバッタを無視して、ゆっくりと魔術師三人の方に近づく白魔女エミラルダ。

 どうやら気絶させていたキリュスも意識を戻したようだったが、恐怖の表情の魔術師が二人から三人に増えただけで大差はない。

 騒ぐ素振りも見せていたが、これも沈黙の魔法がまだ有効だったため、口をパクパクさせるだけである。


「あなた達は魔法を悪用し、自分の快楽の為に使った。しかも、多くの人を殺めている。これは罪多き事よ」


 白魔女エミラルダの形の良い眉が歪み、軽く睨んだだけだったが、彼らには相当効果があったようで、表情を更に引きつらせ、口でパクパクと何かを懇願している。


「本来は万死に値する罪だと思うけど・・・安心しなさい。私の信条は『殺さず』なの」


 その言葉に希望を見出せた彼らは一瞬助かったと表情を浮かべる。

 しかし、それが間違いだった事をこの数秒後悟る事になろうとは・・・


「なので、貴方達にはこうするわ」


 白魔女エミラルダは両手を天に向けて呪文を唱えた。


「汝、この者が偉大なる世界の仕組みを超えて理を歪める魔素を活性させたとき、苦痛という罰を与え給え!」


 詠唱とともに、とんでもない量の魔素が活性して、それが彼女の両手に集められた。

 それは膨大な魔力がひとつの玉のよう収斂して、最後には七色の光を発する。


「えい!」


 彼女の可愛らしい掛け声とは似合わず、光の玉は三つの光の槍となり魔術師達に鋭く迫った。

 膨大な魔力の矢に青ざめる三人であったが、無慈悲にも直後に光の槍は彼らの胸を貫き、爆散して膨大なエネルギーの奔流が彼らの身体中へと迸る。

 身体だけでは物足りなかった魔法のエネルギーは、彼らを捕らえていた氷の魔法と沈黙の霧も爆散させ、やがて空気中へと消えて無くなった。

 取り残された魔術師達は自分の身に一体何が起きたのか理解できず、苦痛もなかったことから呆けていた。


「なっ、なんだ!」


 キリュスは必死に頭を働かせ、現在の状況を把握しようとする。

 何の魔法を受けたかはまったく解らなかったが、光の槍を受けたはずだ。

 しかし、身体はなんともない。

 その上に拘束していた氷と霧の魔法も解けて、今は自由の身。

 目の前の魔女が一体何をしたかったのかは解らないが、拘束が解けた今が反撃のチャンス。

 そう短く考えたキリュスは、忌々しい白魔女をぶちのめす事を優先する。

 とっておきの熱いヤツを喰らわしてやると。


「このクソ魔女め、灰にしてやる!炎の竜巻い~~いっ? ぎっ!」


 呪文を唱えて魔素を集めようとしたとき、魔法行使とは異質な感覚が彼の内面から全身に広がった。


「うぎゃーーーーーーー!!!!」


 獣のような絶叫を挙げて、白目を剥くキリュス。

 そして、そのまま地面に突っ伏してヒクヒクと痙攣した。

 息はある様だが、歯をガチガチと鳴らし、目の焦点が合わず、失禁していた。

 いきなりの無様な様子に変わり果てた同僚を見た残りの二人の魔術師は彼と同じ事をするほど愚かではなかったようで、青ざめた表情で白魔女を凝視する。


「まったく、せっかちな人ね。人の話を最後まで聞いていたら、こんな事にならなかったのに。まあ、自業自得だけどね」


 余裕の表情でエミラルダは二人の魔法使いに向かって言葉を続ける。


「彼が起きたら伝えてあげなさい。今後貴方達が魔法を唱えるときは、多大な苦痛が貴方達を襲うわ。大きい魔法であればあるほど苦痛も大きくなる。知っているように魔法を行使するときは集中力が魔法発動の鍵を握るでしょ? 貴方達は魔法を唱えようとする度に激痛に襲われて集中力をかき乱される。その激痛に耐えることができれば魔法を扱う事もできるけど・・・やめておいた方が良いと思うわ。彼のようになりたくないでしょ? 無理に発動しようとすると、激痛はどんどん酷くなるわ。気がふれてしまう程にね」


 白魔女エミラルダがキリュスを一瞥してそう述べる。


「尚、この魔法は永続するので、私が解除しない限りその効果はずっと続くの。解除の条件は貴方達の命が尽きるとき。つまり、これが貴方達への罰よ。もう一生魔法を行使する事はできないわ。魔法無しの世界で懺悔しながら残りの人生を生きなさい」


 冷たくそう言い放つ白魔女エミラルダは、絶望した魔術師に興味がなくなり、今度はルバッタに向かった。


「ひっ!? くっ、来るな!!」


 先程の魔法の衝撃の余波で、氷の拘束が無くなったルバッタであるが、後退さるルバッタにあっと言う間に追いつくエミラルダ。

 そして、彼女によって氷の矢が放たれ、地面に服を縫い留められる。


「うわわわ!!」


 じたばたするルバッタは地面に倒れた蛙が暴れているようにも見えるが、誰もが笑えなかった。


「貴方はこれね」


 白魔女エミラルダが指をパチンと鳴らすと、指の隙間から小さな雷が発現してルバッタを襲う。


「ギャババババッ!!」


 雷に打たれたルバッタは痺れて奇声を挙げるが、外傷は何にもない。

 やがてむくっと立ち上がり、不思議な顔で身体中をペタペタと触る。

 何事も無いのを確かめている様子であった。


「気分はどう?」


 白魔女エミラルダの問いかけに対し、やたら素直に応答するルバッタ。


「気分は・・・爽快です」


 その答え方に白魔女エミラルダは満足して、自分の術が上手くいったと確信する。


「よろしい。では、質問しようかしら? 貴方の隠し財産はどこに仕舞っているのかしら?」

「ラフレスタ東門近くの甥の家の地下金庫にあります」


 答えてハッとするルバッタ。

 口を押えるが、もう遅い。


「どうやればその金庫に入れるの? お金はどれほどあるの?」


 答えてはいけないと思うルバッタであったが、口の動きを止めることはできなかった。


「金は全部で二十億クロル。甥の家の者に合言葉『先駆け男は夕焼け好き』と言えば、誰でも入れるようにしている。甥はまだ若く、中に何が入っているかは知らない。もちろん、合言葉さえ合っていれば誰が来ても構わないように言ってある。儂とのつながりを知られたくないので」


 再び口を手で押さえようと無駄な努力をした。


「ですって、月光の狼の首領さん。お金をくれるそうよ。使ってあげたら?」


 それを黙って聞くルバッタではない。


「ふっふざけるなぁ! ギャア!」


 抗議したルバッタだったが、白魔女の放つ小さな電撃の魔法が炸裂し、奇声をあげる。


「うるさい蛙ね。黙りなさい」

「・・・・はい」


 なぜか素直に沈黙するルバッタ。


「貴方への罰は、ひとつはお金。もうひとつは嘘をつけない身体にしたわ」

「えっ!?」

「嘘をつこうとしても魔法が邪魔して正直に喋ってしまうのよ。貴方のこれまでの人生は嘘をつく事で上手く生きてきたようだけど。でも大丈夫。真面目に生きていれば嘘をつく必要もないし、何も支障がないわ」


 (それができればね)と心の中で付け加えるエミラルダ。

 この悪徳商人はこれまで人を騙す事で利益を搾取してきた生き方だ。

 急に真面目になったところで商売はおろか、今まで散々他人からかっている恨みによって命を脅かされる事もありえるだろう。

 白魔女エミラルダとして自分自身、もしくは、自分が見通せる範囲で殺しが行わなければ、自分に課している『殺しはやらない』という誓いは関係ないと思っている。

 それは所詮他人だからだ。

 悪人を懲らしめさえできれば、その後どうなったところで興味のない話である。


「真人間になって更生してね」


 軽くウインクして上機嫌に述べる白魔女エミラルダに対し、ルバッタは何も言えなかった。

 (それは無理だ)と思う彼の正直な気持ちが、肯定する事を許さなかったからだ。

 しかし、長い目で見れば残酷とも言えないこの白魔女の懲罰に対して、納得いかない者も若干一名いた。


「ふざけるな! こいつはこの場で俺がぶっ殺してやる」


 先程までの異質な戦いに呆けていたヨディアが、急に思い出したように立ち上がり、銀色の短剣を振り上げて襲いかかろうとするが、白魔女エミラルダがその腕を掴むことで阻止される。


「何する!うっ、動かない。な、なんて力だ!」


 傍からは白魔女エミラルダがヨディアの腕を素早く軽く掴んだように見えるが、当のヨディアにしてみれば、腕を岩か何かに固められたように全く動かす事がでなかった。

 驚愕の表情に染まるヨディアだが、さらに力を加えた白魔女エミラルダにより掴んでいた短剣を放してしまう。

 短剣を足で踏みつけた白魔女エミラルダはもう危害を加えられないだろうと判断し、ヨディアを突き放した。


「痛い。馬鹿力め!」


 手を摩り、白魔女エミラルダを睨むヨディア。


「落ち着きなさい、ヨディア。ルバッタはこれから罰せられるわ。あなたはそれを見ていればいいの。きっと後悔しないわよ」


 更に不満を挙げようとしていたヨディアだったが、白魔女エミラルダと目を合わした数舜後、彼が纏っていた怒りの様相はたちまちに霧散して、白魔女エミラルダの言葉に素直に従う。


「解りました、エミラルダ様」


 突然の変わり身に、それを見ていたライオネルはエミラルダが何らかの魔法を行使されたかもと、このときに思う。

 魔法行使の兆候は感じられなかったが、それは彼女の使う魔法が高度だったからなのだろう。

 彼も仕事上で魔法と関わる身であり、決して素人ではないと自負してはいるが、上には上がいるものだと理解していた彼は現実を理解して受け入れる事ができた。

 彼女はすごい。

 この技術が・・・この人が仲間に欲しい。

 素早く判断したライオネルはすぐ行動に移る。


「ヨディア、その辺にしておけ。エミラルダさんとお呼びしたらよいのでしょうか。本当にありがとうございました。嘘がつけない身のルバッタとしては、この身の破滅でしょうが、お陰でラフレスタに巣くう病魔をひとり排除する事ができそうです。ヨディアをはじめとして多くの者が救われる事になるでしょう」


 月光の狼を代表して礼を述べる。


「礼には及ばないわ。今回はたまたま気が向いただけよ。それに私の事はエミラルダで結構。『さん』付けはいらないわ。こう見えても私は年上には敬意をはらう人間なの」

「ありがとうございます。貴方のご協力に細やかですがお礼を渡したいと思います。我々のアジトへご同行願えませんか?」

「貴方、私を誘っているわね?」


 ライオネルの巧みな誘いを見切ったエミラルダがそう述べるが、ここで引き下がる彼ではない。


「解ってしまいましたか。エミラルダさんには敵いませんね」

「『さん』は要らないと言ったでしょ!」

「あははは、そうでした。すみません。仕事柄、相手を立てる事に慣れているもので・・・」


 気を取り直すライオネルは顔付をキリッとさせて、真面目に話をはじめる。

 

「では、エミラルダ。貴方の優れた魔道の力を我らが月光の狼に貸してもらえないでしょうか? 貴方ほどの力があれば、月光の狼の活動は更に高い領域へ移る事ができる。貴方にはラフレスタに巣くう病魔をすべて絶やす事ができる『力』を既にお持ちのようだ。この停滞と欺瞞に満ちた社会、既得権益に蔓延る悪人どもも一掃できる。月光の狼が夢見る理想社会の実現に、是非とも力を貸してもいたいです」


 黙って聞くエミラルダにライオネルは更に続けた。


「貴方には解るはずだ。私が嘘をついているか否かを。私は真剣にお願いしている」


 それから数刻、ふたりは黙って互いを見る。

 美しくもあるが厳しさもある白魔女のエメラルドグリーンの瞳は、まるで魔獣のようでもあり、相手を射抜くかの如く力を発していた。

 ライオネルはこの猛獣から目をそらしたい衝動に駆られたが、それでもここが踏ん張り所だと思い、彼女から目を逸らさないように努力した。

 どれぐらいの時が流れただろうか、そろそろ胆力が持たないと感じていたライオネルに対して、先にエミラルダが目を閉じて口を開く。


「解ったわ。協力しましょう」


 肯定の口上を聞いたライオネルは喜びのあまり飛び上がりそうになったが、軽く顔に笑みを浮かべるに留める。

 彼の信条はポーカーフェイスなのだ。

 それは普段から彼の胆力の賜物だったのかも知れない。


「しかし、ふたつ条件があるわ」


 エミラルダは彼の歓喜を感じぬふりをして、条件をつけることを忘れなかった。


「ひとつ目は、私は『月光の狼』の活動に正直興味はないわ。しかし、私は貴方個人の生き方に少しだけ興味を持った。その範囲ならば協力をしましょう」


 エミラルダは目の前にいるライオネルの心の深い所を読む事で、彼が何者あるか、その生い立ちを全て知ってしまった。

 そして、彼女はライオネルの生い立ちと彼の生き方に敬意を払えるものが見えたのだった。

 この時にライオネルという男にも興味を持ってしまった。

 それは彼に恋愛感情を懐いたとか、そういうものではない。

 この先、ライオネルがどう成って行くか? どう生きていくのか?

 それを純粋に見届けたくなった、というのが彼女の本心である。


「ほう、私に興味を持ったのかね?」


 しかし、変な勘違いをするライオネル。

 彼も独身であるが故、こんな美女に「興味ある」と言われれば、嬉しくもなる。


「何だか、別な勘違いしているようね。残念ながら期待しているような意味の”興味”ではないわ。さっさと話を続けるわよ」


 こんな状況でもニタニタするライオネルに、少し呆れを覚えつつも、話を続けるエミラルダ。


「私は『月光の狼』の構成員にはならないけど、貴方個人と契約する事にしましょう。その都度、役割を果たすわ。その都度、報酬を頂くことになるとは思うけど」

「報酬ですか?」

「安心して。法外な報酬を要求する事はないわ。貴方に用意できる範囲で要求する。貴方が何処の誰かは既に解っているし」


 ニコっと笑うエミラルダに対し、何か悪寒のようなものを感じたライオネルであったが、努めて気にしないようにした。


「ふたつ目の要求としては、協力する期間を限定させてもらうわ。私が協力するのは今より一年半までね。しかも一日中は無理。基本的には夜が嬉しいけど、あまり遅いとお肌にも良くないしね。これでも美容に気をつかう年頃なの。この条件でよければ協力しましょう」


 少し考えたライオネルだったが、これ以上の譲歩は無理と判断し、承諾する事にした。


「解った。それでよろしく頼む」


 手を差し出すライオネルに応えるエミラルダ。その繊細な手で互いに握手する。


「契約成立ね。こちらこそよろしく」


 ライオネルは満面の笑みで彼女の手の感触を楽しんでいたが、まるでタイミングを見計らったように何者かが近付いてくる気配を感じて互いに手を放す。

 エミラルダの手の感触を名残惜しそうにしていたライオネルだったが、「警備隊か・・・」と短くそう答えると、各位に撤収を呼びかける。

 エミラルダも警備隊と鉢合わせるのは厄介だと思い、撤収を急ぐ。

 そんな自身達に意識を集中していたため、この直後に発動した魔法に対応できなかった。

 急激な魔素の活性を感じたとき、エミラルダは反射的に攻撃魔法を放つが、それでも遅きに失した。

 エミラルダの雷の魔法が飛んだ先にはキリュスら闇夜の福音の魔術師達が居た場所であったが、魔法は彼らの身体をすり抜けて後ろの地面に炸裂する。

 彼らの身体は既に半透明になっており、そして、その後に揺らいで消えてしまう。

 転移の魔法だった。


「ちっ、逃がしたわね!」


 魔法は完全に封印した筈だったが、魔道具までは気が回っていなかったのだ。

 きっと彼等も保険のために持っていた転移の魔道具を使ったのだろう。

 エミラルダは少し毒付くが、だからといって今更彼らを追う気にはなれない。

 魔力を失った構成員が悠長に戻れるほど甘い犯罪組織でもないはず。

 しかも、ルバッタがこれから洗いざらい闇夜の福音の情報を警備隊へ暴露してくれるだろう。

 彼の情報で『闇夜の福音』の組織は遠からず壊滅すれば、それは同じ事だ。

 エミラルダはそう自分に言い聞かせて、今は自身が撤収する事を優先する。


「ルバッタ、後はお願いね。それと、私と『月光の狼』の事は警備兵に絶対喋ってはダメよ。もし聞かれたら『白魔女に怒られるので、喋れません』と正直に答えてね」


 そう言い可愛くウインクすると、雷の魔法で彼の足を打ち抜く。


「ブギャ!」


 短く豚の様な悲鳴を挙げるルバッタ。

 足を射抜かれた彼はもう逃げることは叶わない。


「じゃあね」


 月光の狼と伴に闇夜へと消えるエミラルダ。

 去り際にヨディアが一瞬振り返り、ルバッタを睨む。


 「いい気味だ」と一言呟いて、直ぐに同志の後を追うようにして闇に消えた。

 

 

 

 闇の夜にひとり残されたルバッタだったが、しばらくして現れた警備隊に保護される事になる。

 彼は必死に自分が被害者たる事を訴えようとしたが・・・事情聴取で聞かれると素直に本当の事を喋ってしまう。

 ライオネル達は後で知る事になるが、ルバッタの供述により彼の様々な不正取引が発覚した。

 その後、屋敷からも大量の証拠が見つかり、言い逃れできなくなってしまう。

 彼は様々な不正の罪で収監され、牢獄で数年の刑期を過ごすことになる。

 後日、やっとの思いで刑期を終えた彼であったが、一家からも縁を切られ天涯孤独となり放浪しているところを、彼の告発のせいで壊滅した闇夜の福音の残党に暗殺されてしまう。

 これにてルバッタの件はすべて終わってしまうのだが、彼が蓄えたとされる膨大な財産はすでに誰かに奪われており、見つかる事も無かった。

 

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