第五話 白魔女の魅力
サルマンとライオネルの合意後、両組織の今後の方針について話し合いが持たれていた。
そして、話題は例の魔道具の使い方や注意事項に移る。
「なるほど。『魔女の腕輪』の使い方については大体解った。早速、魔道具に自分を登録したい」
見た目には目立つ特徴の無い銀色の腕輪を手に持つサルマン。
口調では冷静を保っていたが、内心はこれを早く使いたくて待ち切れない。
「未登録状態の腕輪を右手に取り呪文を唱えるだけなんだが・・・」
ライオネルが少々困ったような顔つきになる。
「さっさと教えてくれ」
「まぁ、そう急かすな。いいか、よく聞いて一言一句間違わずにな」
間を置くと、何かを決しライオネルは腕輪を手に持ち呪文を教えた。
『汝、我と婚姻の意を決し、永遠の愛を誓え!』
そう唱えて、腕輪へ口付けすると、腕輪が一瞬金色へと光り輝き、登録が完了した事を示す。
そんな登録の光景を見て呆れた表情になるサルマン。
「婚姻を結ぶ? 何んだそれは? どうしてそんな恥ずかしい呪文なのだ!?」
両手を上に挙げて竦むライオネル。
「さぁてなぁ~ 白魔女にでも聞いてくれ」
この呪文を決めたのは白魔女だ。
戦闘員となる輩に、これらか結婚式のような口上は如何なものか、と思うのはライオネルも同じである。
白魔女に「もう少し何とかならないもか」と問い正した事もあった。
しかし、その回答は「別に。これで良いじゃない。何か不満?」と真顔で言い返されてしまい、白魔女には何も言い返せず仕舞いであった。
「白魔女はロマンチストなのか? それとも高度な魔女のジョークかね?」
サルマンなりにいろいろと思考を巡らせてみるが、自分には理解できない事をいくら考えても致し方がないと結論付ける。
結局のところ言われたとおりに登録の呪文を唱える事にした。
『汝、我と婚姻の意を決し、永遠の愛を誓え!』
サルマンが腕輪にキスした直後、腕輪は金色に光り輝き、そして、腕輪から身体へと流れる魔力の奔流を感じさせてくれる。
「これは!?」
サルマンは久しく感じていなかった若気の頃の力が溢れ出るような感覚。
そして、明晰になっていく頭脳。
本能的に『自分は強い』と解る、感じられる、神々に祝福されていると勘違いしそうになるぐらいのこの感覚。
「くくくく、はははは。凄い、凄いぞ!」
身体の中から溢れる力に興奮を隠しきれないサルマン。
得られた力を試してみたい衝動に駆られて――普段の彼ならば絶対にしない事であったが――手元にあった木製のコップを素手で粉々にした。
「まるで葉っぱを千切るように易々とできる!」
興奮と感動に溢れ、目をキラキラと輝かせた姿をライオネルへと向けた。
「力を試すのも構わんが、我々の備品を壊さないでくれよ」
と言うライオネルだったが、今のサルマンの気持ちを解らずともない。
かく言う彼も、腕輪を与えられたその日は力試しと称していろいろな物を破壊したり、部屋の中を飛び回ったりした。
通常の人間では絶対手に入らない領域の力を手に入れたときの興奮と、それを行使できる誘惑に抗うのは難き事なのだ。
「おっと。すまん、すまん、つい興奮してしまったようだ」
サルマンは上機嫌で謝罪に応えた。
「この状態で腕輪のこの部分を触り、『解除』を念じれば、魔道具の力を解除できる。一度登録してしまえば、次に使う場合は同じ部分に指を当てて『発動』と念じればよい」
ライオネルの説明に従い、腕輪の飾り模様に指を当てて『解除』を念じた。
魔法による力の供給が止まり、全身に溢れていた力が抜けるのを感じた。
急激な変化で身体が重くなったように感じるから不思議だ。
それは力が付与された状態が如何に自分をパワーアップさせていたのかをよく理解できるものでもあった。
サルマンの興奮はまだ覚めていない。
これを手にした自らの軍団が帝国軍を蹴散らし、自分達の理念や思想を実現している様子を想像していた。
そして、それはただの妄想ではない。
この力を完全に自分のものとしたときに、実現可能になると思えたからだ。
自分たちの思いどおりの運営をして、正しい指導者の指示どおりに働く最強の軍隊を作る。
それを実現化できる魔法の道具が目の前にある。
だが、今は雌伏の時。
このままでよい。
『月光の狼』に従っているフリを続けても構わない。
この力を、魔道具の運営を、自由に使う機会さえ得られれば・・・そのためには『月光の狼』の後ろにいる『白魔女』に接触する事が次のステップなのだ。
自分の野心を仮面の下に隠して、非常に満足した表情で感想を述べるサルマン。
「素晴らしい、素晴らしいの一言だ。感動したぞ、ライオネル君。これを武装した我ら『アレックス解放団』は最強になるぞ。必ずや君の役に立てるだろう。期待してくれ」
「それはよかったな。気に入って何によりだ」
ライオネルはサルマンの心の奥を見透かしていたかどうかは定かではないが、彼の感動を軽く受け流して、次へと説明を続ける。
「さてさて次に、こいつを使うに当たり注意事項を述べる」
「まずは管理だが、解っているようにこれは人が人外の力を簡単に出せる道具。いくら信頼できると言っても他人任せで管理するのは望ましくない」
頷くサルマン。
「サルマン殿自身が管理するか、もしくは、貴殿が最も信頼できる人物にひとまとめで管理を委託し、使う時だけに部下に渡すようにするべきだ」
「そうだな」
これに激しく同意するサルマン。
人を人外の戦闘力に押し上げる事が可能なこの魔法の道具は、いろんな意味で強力な魔力を持っている。
使い手から裏切られないようにしっかりと管理する事も重要なのだ。
「理解してくれて嬉しいね。加えて、こいつが発動中は筋力・体力・脚力・認識力・集中力・防御力・耐魔法など凡そ戦闘に係る能力は全て底上げしてくれる。どれぐらいパワーアップできるかは個人差があるので、それは個々に試してもらうしかない。我々で調べたところ最低でも常人よりも二割増し、最高で通常の五倍増しだ。先程のサルマン殿の様子から見ると、貴殿も適正がある方だと思われる。これらは事前に団員個々に試して、サルマン殿自身がその戦力を把握しておいてくれ」
「心得た」
「次に持続時間だが、これは不思議と個人差があまり無い。力を節約して使えばほぼ一日連続で使えるが、普通の状態で使うと八時間、フルパワーだと三時間が限界。これも考慮して作戦立案の際に気を付けるように」
「男女や若者・老人、保有魔力でも個人差はないのか?」
「持続時間の差はほとんど出ない。力の底上げの効果は先程の説明どおり老若男女と言うよりも個人の適正によるものが大きい。元々が強ければそれに見合い底上げされるので、そういう見方をすれば元々力強い者の方が・・・いや、適正もあるしな・・・やはり各個人で試してもらうのが一番手っ取り早いだろう」
ライオネルの説明したとおり月光の狼の構成員のうち、一番の使い手は若い女性だったりする。
道具に対する適正と元々の力が関係して、結果的に最もバランスの取れた者が最終的に強くなれるのだ。
こういった自身の経験をサルマンへ説明していくライオネル。
「あっ、そうだ。女性で思い出したが・・・もう一つ注意点がある」
ライオネルが頭を掻きながら少し困った表情になる。
「この腕輪を付けた状態で、そのなんだ・・・男女の営みをしたバカがウチにいてなぁ・・・その際・・・大変な事になったので、絶対にそんなことをさせないようにしてくれ」
サルマンは会議室の端の方に座っている男女が慌てて下を向いたのに気付き、誰が犯人かすぐ解ってしまった。
「先程腕輪を付けて解ったと思うが、この魔道具は力の底上げに加えて、気分がとても高揚する。これは決して悪いことじゃない。戦闘に至っては英気高揚、士気向上はプラスに働くからな。それで、気分が高揚した状態で男女が愛の営みをすれば、すごい事ができるのではないか?と考えた奴がいたのさ」
容疑者の疑惑がかかった二人はみるみると顔が赤くなっていき、そのことを知る周囲からもニヤニヤと厭らしい笑みが漏れた。
「詳しい話は割愛するが、いろいろな力を底上げされた二人が愛し合えばどうなるか? 解るだろ?」
「解らんよ」
サルマンとしては大真面目に答えたつもりだったが、容疑者の女性にはそういうことで捉えなかったようだ。
「もう止めて。わ・・・私が悪いんじゃないの、ロディが・・・ロディが悪いのよ。私はあんな事やこんな事をする女じゃないの。本当よ。信じて!」
突然、絶叫とも懇願ともとれる抗議を上げ出した女性にギョとするサルマンだったが、別に自分が事の原因でもないため、どうする事もできない。
絶叫をあげて否定する彼女を止めようと、隣にいた若い男性が彼女の肩へと手を置く。
「サリア、落ち着いてくれ。悪いのは君じゃない。誰もが解っている。僕が悪かった。だから落ち着いて。ああ、落ち着いて」
男性――おそらく、この人間がロディと思われる――が必死に彼女を慰める。
周囲の助けもあり、ようやく女性が落ち着いたのは騒ぎが始まってから五分の時間が必要であった。
憔悴しきった彼女がロディに連れられてこの場から退場していくのを黙って見送るライオネルは、自分がこの場でこの話題にしたことを深く反省して、自分にはまだまだ配慮が足りないと後悔することになる。
あとで彼女に何か埋め合わせをしようと心に誓い、サルマンへと向き直った。
「我々の醜態を晒したようで、すまなかったな」
「いや」
「彼女の本意以上に愛し合った結果があれなのだよ。仲睦まじいのも私は良いと思っているけどね・・・」
ライオネルは話を続ける。
「どうやら、互いに高揚した状態で、しかも、体力も底上げされている。その状態で男女の行為を始めると、なかなか歯止めがかからないらしい。獣の絶叫とも矯声ともとれる声が響いた事で別の構成員が事に気づき、現場に行って唖然。そこで行われていたあまりの行為に呆然としたそうだ。ふたりは他人に見られている事も気にならず、行為は更にエスレート。見ていた隊員もあまりに目に余り、二人を引き剥がしにかかるも、その抵抗力は凄まじく、六人がかりでやっと引き剥がせたそうだ。その後、正気に戻った二人だが、そのときの肉体的・精神的ダメージから回復するのにひと月かかった。それ以降は、その夜の記憶があまりにも鮮明に残っているようで、なかなか元に関係に戻れないと聞いている」
そんな話を聞いたサルマンは一瞬自分でも試してみたい誘惑にかられたが、長年連れ添った妻の顔を思い出して、すぐにかぶりを振り、考えを正した。
「そう言う訳でな。魔道具の使い手に無用なダメージを負わせないためにも、そう言った行為には絶対使わせないように腕輪の管理を徹底してくれたまえ」
多少呆れ気味のサルマンだったが、彼もこんなくだらない事で団員たちの風紀が乱れるのは本意ではない。
「解った。その、彼女にも心中察するのでお大事に、とサルマンが気にかけていたと伝えてくれるか」
「気を使わせてすまないな。しかし、サリアにその言葉をそのまま伝えると、羞恥から自殺しかねないので、気持ちだけを受け取っておくとしよう」
月光の狼の一同は溜息を漏らす者と笑いを堪える者で半々だった。
「さて、変な方向に話が逸れたな。次は腕輪の登録解除について説明しよう」
気を取り直して、彼なりに顔を引き締めて説明を続けるライオネル。
「これも簡単な呪文と唱えるだけだ」
腕輪を右手に持ち、また呪文を唱える。
『お前とは離婚!』
そう言って左手の人差し指で腕輪を弾く、再び腕輪が金色に光った後、パチンの弾けるように魔力が霧散する。
それを見ていたサルマンは訝しんだ表情で呟いた。
「またまた、ふざけた内容の呪文だな。ひょっとして白魔女の正体は行き遅れた女性で、現状に不満でも持っているのかね?」
何気ないサルマンの呟きだったが、これを聞いた直後、ライオネルは驚きの表情になり、固まってしまった。
ライオネルの引き攣った表情を見たサルマンは「あれ? なんか自分は変な事を言ったか?」という気持ちになるが、ライオネルの眼をよく見ると自分の見ていない。
自分よりも後ろを見て口を手で押さえている。
よく見ると、他の月光の狼の構成員、いやそれだけではない。
自分の連れてきたアレックス解放団も驚きの表情で自分の後ろへと注目していた。
そして、今になってサルマンも気付く。
圧倒的な存在感を放つ何かが自分の後ろに居る事を。
先程までは何もなかったと思っていたが、今はひしひしと自分の後ろに何かがいると感じられたのだ。
サルマンは古びた木製の人形のようにキリキリキリと音を立てるかの如く、ゆっくりと後ろへと振り返る。
そうすると、その人物が口を開いた。
「今、誰か私の悪口を言ったような気がするけど、あなた知らない?」
サルマンは目を見開く。
そこには全身に白いローブを纏った美しい女性が椅子に座っていた。
(そんな!? 先程までは誰も居なかったのに・・・椅子も、どこから??・・・)
サルマンの意識は混乱の極みにいた。
その女性は銀色の長くて真っすぐに伸びた艶のある髪を腰まで伸ばし、白く透き通った肌とエメラルドグリーンの瞳の色、そして、顔の半分を覆う白銀の仮面、身体は白ローブに包まれているが、そのローブでも隠し切れないほど豊かな胸部の膨らみが彼女の女性らしさを更に強調している。
ローブから覗かせている細い腕や組まれた足から受ける華奢な印象もまた彼女のスタイルの良さを妄想させるには十分だった。
非常に良い女が現れた事は間違いないが、彼は別の意味で高揚、と言うよりも緊張することになる。
「し、白魔女!! いや、白魔女様!!!
」
彼は引きつった表情でやっと紡ぎ出せた言葉がこれだった。
この圧倒的な存在感。
先程まではこの白魔女をどうやって自分の陣営に誘うかと検討していた筈だったが、今この瞬間、全てが吹き飛んだ。
「はじめまして、サルマン。私はエミラルダと言うのよ。よろしくね」
エミラルダは手を差し出していたが、サルマンは驚きと緊張のあまり彫刻と化していた。
しばらく様子を見ていたエミラルダだったが、埒があかないと悟った彼女はその白魚のような手でサルマンの顔を触りながら言葉を続ける。
「あらあら緊張しているの。お年を召されていても初々しくて可愛い男性ね。貴方、ライオネルのお友達になるようね。そうなると私ともお友達になるのね。これからもよしろく」
サルマンの顔を撫でる様子は娼婦のように男を挑発するかの如くであったが、そこに淫靡な印象は無く、何か神様から祝福を受けているかのような絵となっている。
少なくとも当事者たるサルマンはそのような気持ちになっていた。
この女性には逆らってはいけない。
人間とは格の違う生物。
神のような存在。
そして、彼は意を決し、跪いた。
「白魔女様~!! わ、私、サルマンは白魔女様の従順な下僕として忠誠を誓います」
こうして白魔女の信者がまたひとり増えた瞬間となる。
「うふふ、ありがとう。期待しているわ。でも・・・」
そう間を置き、エミラルダはサルマンの顔から手を放して、隣の人物を指さす。
「貴方が忠誠を誓う相手は私ではなくて、彼よ!」
サルマンは「そんなぁ~」と落胆の表情を浮かべてエミラルダに懇願する。
それは、普段の寡黙な印象を持つサルマンからは信じられないような子供じみた態度であった。
しかし、この場にいた彼の部下であるアレックス解放団の面々も同じ気持ちに至っていたから、誰もこれを変だとは思わない。
これを見たエミラルダは「しょうがないわね~」と呟き、彼をあやすように言葉をかけた。
「私を慕ってくれるのは嬉しいわ。貴方がライオネルを裏切らない限り、私もあなたを裏切らないから、お願いね」
「本当ですか! 絶対に裏切りません! 私の永遠の忠誠を白魔女様に捧げます」
サルマンの顔は地獄から一転、天国に登りつめたような笑顔に染まる。
そして後ろへと振り返り。
「ライオネル様、これからもよろしくお願いします。私はライオネル様にも忠誠を尽くします」
満面の笑みを浮かべたサルマンに引きつりつつも「こちらこそよろしく」と続けるのが精いっぱいのライオネル。
サルマンの口調が「ライオネル殿」から「ライオネル様」に変わっていた。
先程までライオネルを呼ぶ時は、少し上から目線のサルマンであったが、今では自分を格下に扱う言い方へとなっていた。
「ライオネル様にも・・・忠誠を」となっていたことから、きっと、白魔女のついでに自分にも忠誠を誓っているのだろう・・・
サルマンの変り身の速さに少し呆れるライオネルだったりする。
こうして、エミラルダに会ってから終始ご機嫌になったサルマンは饒舌となり、とても円滑に両者の契約の協議が進む。
結果的にはほぼ完全服従に近い形でアレックス解放団が月光の狼に合流する事となる。
本来の勢力で言うと、アレックス解放団の規模の方が大きく、解放団の統領としてはとても承服できない内容のはずであったが、当のサルマンはとても機嫌良く「これで我々も白魔女様のお近づきになれる」とホクホク顔となる。
完全に白魔女にやられた彼であるが、彼の連れてきた部下達からも不満などは出ず、むしろこれで我々も安泰だという意見が多かったのは言うまでもない。
彼らも大なり小なりと白魔女に魅了させてしまったようだ。
ごく一部の人間を除いては・・・
会議がそろそろお開きとなるところでサルマンは別れ際にこう切り出す。
「そうだ。今後の我々との連絡役を紹介しておこう」
そう言われてライオネルの前に今まで見たことがない二人の男が顔を見せる。
「おや? 今までの連絡役はキロ殿だった筈だが」
新しい顔に今までの連絡役はどうなったのか気になるライオネル。
「キロは最近体調がすぐれなくてなぁ。しばらく休養してもらうことにした。その後任が彼らだ」
「クラインと申します」「ナブールです」
優男の青年が前者で、痩せ身に鋭い目つきの男が後者となる。
二人はライオネルと握手した後、ちらっとエミラルダを見るが、エミラルダと目が合うとすぐ逸らしてしまった。
エミラルダはじっと彼らを見ていたが、その事にサルマンは何も気にする事がなく別れを告げ、この場はお開きとなる。
会議終了で解散となったので、皆は部屋を後にし、最後にエミラルダとライオネルだけが部屋に残った。
この場に誰もいなくなったのを確認して、ライオネルは白魔女へと声を掛ける。
「今日も助かったよ、エミラルダ。世話をかけたね」
「さて、何のことかしら?」
彼女はしらばっくれていたが、ライオネルは解っていた。
この白魔女エミラルダの最も得意とする魔法は『魅惑』だという事を。
人が知らず知らずのうちに自分の味方だと認識してしまう魔法が『魅惑』である。
一般論として『魅惑』は相手に対してすごく掛かりが難しい魔法である事に加え、短時間しか効果が発揮できないとされている。
得意とする使い手も少ないため、実はかなりマイナーな魔法であった。
しかし、この白魔女は恐るべく長期間持続できる『魅惑』魔法の秘訣を持っているようだ。
月光の狼達もそうであったが、初めの頃は白魔女の存在に対して危惧を唱える構成員が多少なりともいた。
しかし、彼らが白魔女と会うたびにその数は減っていき、むしろ彼女のシンパとなり骨抜きにされてしまう。
まるで今回のサルマンのようにである。
彼女の使う『魅惑』魔法は発動の形跡が全く解らず、もしかしたら白魔女も自分で知らないうちに無意識で施術しているのかも知れないと思うライオネル。
故に、他の誰からも彼女が『魅惑』の魔法を使う事を見破られていないのだろう。
自分を除いては・・・
そう考えるライオネルであったが、実はライオネル自身もこの白魔女のために働くことは厭わないという感情が芽生えている事に気付いていなかったりする。
ライオネルも多少なりとも白魔女の魅惑の影響を受けており、他人の事に気付けても自分の事には気付けないものである。
ただし、彼は「ものごとを客観的に見る」能力が他人よりも優れていたため、他者を観察して白魔女の秘密に気付けたのだろう。
「まぁいいさ。感謝は態度で示したいね」
とエミラルダの腰に手を回して、彼女の形の良い顎を手で押さえるライオネル。
素早く口付けをしようとする彼ではあったが、それよりも白魔女の手が早く彼の唇を手で遮る。
「冗談はそれぐらいにしなさい」
逆の手で腰に回されていた手首を握り絞めて引き剥がし、顔を万力のように締め上げて、釣り上げた。
「ぐぉっ! 痛ててぇ。す、すまん。悪かった。調子に乗っていました」
いつも飄々とするライオネルが素で謝る事になる。
エミラルダは少し本気で怒っている事を彼に見せつけめため、ライオネルの顎を掴んで宙吊にした。
傍から見ると華奢な女性が働き盛りの男性を片手で吊り上げる姿はとても現実感がない。
しかし、彼女にはそれが可能だ。
魔道具の開発者たる彼女にとっては、その技術を自分に使わない事はあり得ないだろう。
しばらく吊るして気が済んだのか、エミラルダはライオネルを釈放した。
「ハア、ハア、ハア」
顔を抑えて悶絶するライオネルにエミラルダは苦情を言う。
「この男は・・・本当に懲りないわね」
それは今回が初犯ではない事を伺わせる一言であった。
そう、このダンディー風貌の統領様は事あるごとに白魔女に手を出してくるのだ。
エミラルダも彼の事は嫌いではないが、それでもこの男性に自分の身体を触られたりするのは嫌だった。
その気なしと言う態度を示し続けているのだが、この男はなかなか学習しないらしい。
ライオネルにしては、この行為こそ自分自身の価値観だと言いたいようだったが・・・
「本当にやめて。ね」
エミラルダはニコッとしながらも凄味のある威圧でライオネルを見据えるが、懲りないライオネルの事だから半分は諦めていたりする。
尤も、この男が力で自分をどうこうする事もできないだろうと思い直し、エミラルダはため息と伴にいつもの要求をする。
「本当に感謝しているのならば、報酬を弾んでくれてもいいわよ」
「解った。解った。この前の件もあるから、いつもの倍の魔鉱石を渡すよ」
「あらまあ、ありがとう。嬉しいわ」
事務的な彼女の返答にライオネルが抗議を挙げる事もない。
「いつものとおり、あの子に取りに行かせるわ」
白魔女はそう言い終わると、くるりと踵を返す。
「もう終わったので、私も帰るわ。夜更かしはお肌に悪いのよ。じゃあね」
部屋の暗がりに向かって歩く白魔女は、じきに闇と同化するように姿を消した。
まるで今まで彼女がいたのが嘘のようだったように気配は無くなる。
残されたライオネルは彼女が消える最後の瞬間まで後ろ姿を目で追っていた。
そして、こう呟く。
「やっぱり良いお尻をしているねぇ~ 堪らんな!」
先程まで腰に回していた手を握りしめるその姿は、そこに革命家の統領としての威厳は無かったりする・・・
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