第2話

 管理人のミスターロイドと打ち合わせをし、裾の短いピンク色のドレスに着た女性歌手は靴を水上で歩ける靴に履き替える。事前に扱い方を学び、練習を重ねてきたため、彼女は滑るように湖の移動をする。女性は耳元にあるスイッチを押す。ミスターロイドという、中年の日焼けした金髪の男はカメラなどを起動させ、ネット配信の開始をオーケーサインで彼女に伝える。確認した歌手はいつものようにライブの始まりの挨拶をする。


「こんにちは! 世界のみんな! 私がいるところは次世代のラストリゾート、歌手たちの憧れのステージに来ているわ!」


 腕時計に似た端末機器から光の画面が浮かび上がる。英語。スペイン語。中国語。その他少数の言語が上がってくる。


「ええ。無事に選考を突破して、ようやくたどり着いたわ! あなたたちの応援のお陰よ! 本当にありがとう!」


 ハートマークのスタンプが増え始める。その中でも文章のコメントがあるため、女性は興奮しながら応じる。


「初めてのダンジョンはどうというコメントが来たから答えるわ。そうね。至って静かよ。それに穏やか。自然というものは本来こういうものだと教えられたかも。それだけじゃないの。海がめっちゃ! 綺麗!」


 AIがフランス語のコメントを拾い、彼女が読める英語に翻訳をする。数秒で読み切って、そのコメントに対する答えをする。


「ある意味観光になったかも。エメラルドグリーンの海だったの。透明で何もかも見えていて。あー……プライベートでダイビングしたかった!」


 拳に力を入れて、悔しがる表情をする。どこか大袈裟だと感じるぐらいのものをすることで、映像の向こう側にいる視聴者に伝えることが出来るテクニックだ。


「そろそろ歌いましょう! デビュー曲の甘酸っぱいラブソングからいきましょう」


 演奏が流れる。軽やかで踊りそうな前奏に、彼女はステップを踏み始める。普通の透明度の高い湖が一変する。甘くて蕩けるような蜂蜜の色。遠い異国の象徴と言われる桜を思わせる優しい色。この二つが混ざり合い、曲調に合わせて、どちらかが強く出てくる。


「ふふっ」


 歌っている最中、誘われるようにイルカに似た生き物が浮上してくる。歌手は笑顔で手を振る。クキュと可愛らしい鳴き声をした生き物はすぐ水中に戻る。その後も何度かひょっこりと可愛らしい生き物は顔を出し、アクロバティックな動きをして、ライブを盛り上げてくれる。


「これはまさかの予想外だったね。可愛いエクストラが来ちゃった。あらあら。よしよし」


 イルカに似た生き物が顔を出す。女性はしゃがんで、その生き物の頭を撫でる。それは気持ちよさそうに鳴く。歌手は器用にコメントを見ながら、撫で続ける。


「えーっと。ここまで来るのは、きっと素質があるんだろうって? まさか。私はただの大企業の会社員の娘よ」


 ふふっと笑う歌手だが、祖先に動物に好まれやすい人がいて、その素質を引き継いでいたりする。知る由もないが。


「さて。この際だからみんなからの質問を答えましょうか。準備にも時間がかかるみたいだから。というわけで……いやはや!」


 あわあわと慌てる歌手。変化に気付いた生き物はあざとく鳴く。「平気よ。ありがとう」と女性は微笑みながら、リスナーからの質問に答える。そして準備が終わり次第、次の曲に移り、湖は違う色へと変化をする。


 基本的にその繰り返しだ。派手なパフォーマンスはない。映像技術を用いたものは一切ない。鮮やかな自然にダンジョンという不思議な要素を付けたしただけのものだ。それでも魅了してしまう。一部は消失したりしている中、大自然の中で歌って踊れる。パフォーマンスが日常である彼女達でも、ここは非日常の空間だと感じ取る人が多い。だからこそ、この島は歌手たちにとって憧れになったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライブオンダンジョン いちのさつき @satuki1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ