ライブオンダンジョン
いちのさつき
第1話
東南アジアのどこか。広大で鮮やかなエメラルドグリーンの海で、ガソリンを使う前時代のフェリーが水飛沫を上げながら駆けていく。
「風に当たるのもいいね!」
背中まである金髪に、碧眼の若くて美しい女性が楽しそうに言った。舵取りの五十代の男性スタッフは女性に伝える。
「そろそろダンジョンに着くからな。準備しとけ」
「はーい!」
女性は化粧品や衣装を入れているスーツケースを持つ。目と鼻の先に彼女の目的地があるものの、到着まで数分はかかる。彼女はふと思ったことをそのまま疑問として、舵取りにぶつける。
「ねえ。昔はここで遊ぶこともあったって聞いたけど、本当なの」
「そうだな。俺が小さい頃は島があったからな。リゾート地として、遠い国からのお客さんが来て、海で遊んだって話さ。東南アジアとかは基本的にこういうことをしてたんだとよ」
「でもリゾートならまだあるでしょ? ビーチとかも。ここの地域の島がなくなっただけで」
女性が生まれる前、海面上昇により、いくつもの島が沈んでしまった。ごみを放置したまま、人々が逃げたところは海が汚くなり、環境問題と化した。周辺国家が徹底的に対策をしたため、魚や珊瑚などが生息する、透明で綺麗な海に戻ったという。
「綺麗だが……偽ものだよ。あれは」
舵取りの男はため息を吐いた。女性は可愛らしく傾げる。舵取りの男は咳払いをしながら、女性に理由を述べる。
「んん。まあ。なんだ。自然本来というより、作られた何かなんだ。俺はそういうのを好まない。それだけだ」
「ふーん?」
女性は再び傾げた。腕を組んで考え込む仕草をしていたが、目的地が徐々に大きく見えるようになり、思考を吹き飛ばしていた。
「これがダンジョン! ただのビーチでしょ!」
椰子の実。日差しで眩しくなっている白い砂浜。エメラルドグリーンの海。女性にとって描いたようなビーチそのものだ。声が興奮気味で、頬が赤く染まっている。
「気持ちは分かるが、島が沈んでからまた浮上してきたとこなんだ! なんでかモンスターの類が一切出ないし、音楽で水の色が変わる変な湖があったりする! だから……国家というか、国際がダンジョンと認定したんだ! そこは理解してるなぁ!?」
「勿論知っているわよ! でもやっぱ興奮するでしょ! ここが私達、歌手の憧れるステージのひとつなのだから!」
フェリーが止まる。木で出来た船着き場に彼女は飛び降りる。
「ミスターロイドのとこに行けよ! 彼がここの管理人だからな!」
女性は舵取りのおじさんに感謝の言葉を伝える。
「ええ。分かってる! おじさま、ありがとう!」
「おじさまは余計だ!」
少し不満気な舵取りの声に若い女性は笑う。むっとしながらもおじさんは「がんばれよ」と小さく声と共に、フェリーはどこかへ行ってしまった。彼女は見守った後、ビーチと称した砂浜を見る。数秒して、彼女の口がどこか柔らかくなり、にやけ始める。
「ついに……来てしまったわ。南国のステージ。虹色の湖を持つ、世界で最も安全で神秘的で不思議なダンジョンに」
ダンジョンは危険なところが多い。しかし安全なところもある。彼女がやって来た、東南アジアの海に浮かぶ島も、そういう類に分類する。エメラルドグリーンの海に囲まれ、音楽で色が変わってしまう不思議な湖を持つ島。次世代のラストリゾートという異名を持つ島は歌手の憧れのステージのひとつになっていた。
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