第11話ベルナデッタ・ローズという魔女

木車もくしゃは、雷の魔法エネルギーを推進力へと変えて進む移動用魔具であり、馬を原動力とする馬車と比べ、馬の疲労もなく、速度も安定しているため、長距離間を移動する手段として、街道の整地と併せて急速に普及していった。


御者ぎょしゃは、馬の代わりに付いている前輪と仕込まれている魔蓄瓶のエネルギー出力調整で速度を操作をするのだが、生体である馬に比べると遥かに、御しやすい。




そんな木車で街道を揺られる事、丸二日。途中に短い休憩を何度か挟みつつ、特段の問題もなく無事イリアのセントラルであるローマンへと到着したブレイヴナイツ一行。




その足でガーディアンのローマン本部に立ち寄ると、休む間も無く本部所属の騎士による案内の下、ローマンの一角に位置するベルナデッタ・ローズの住む邸やしきへとやってきた。




「到着しました。こちらがベルナデッタ様の邸宅です。」




「いやぁ、わざわざ人手が不足している所に案内で貴重な人員を割かせて申し訳ないねぇ。そちらの本部隊長様にもよろしく伝えてください。」




ジェラルドがここまで道案内をしてくれたローマン本部の騎士に労いの言葉をかけ、チェスターもそれに合わせて軽く一礼をした。




「いえ・・・。自国の魔女を護衛する戦力も割けず情けない限りです。」




「今はどこも同じ状況なんでねぇ・・・。こうあちこちで事件が多発してるんじゃあ、しょうがないですよ。その為に我々の部隊は組織されたんですから。まぁお互い協力しあって良い未来を築いていきましょう。ありがとう。」




「こちらこそ、僅かなひと時とは言え、同じガーディアンとしてブレイヴナイツの面々と御一緒できて大変光栄です。ここからはローズ邸の使用人が引き続きベルナデッタ様までの案内をしていただける手筈になっていますので、私はこれにて本部へ戻ります。皆様、護衛の任、ご武運を。」




そう言い敬礼をすると、騎士は本部へと引き返していった。




玄関前で一連のやり取りが終えるのを待っていた使用人の男がジェラルドに向かって深く頭を下げる。




「お待ちしておりました皆様。それではベルナデッタ様のところへご案内させていただきます。こちらへどうぞ。」




使用人はそう言うと玄関口の扉を開き、一同を招き入れる。




「エル・・・。魔女って儲かるの?」




コーネルが大きな邸全体をマジマジと見つめながら、小声でさも申し訳なさそうに聞いている。




「うーん。・・・どの程度の収入だったかは・・・僕も子供だったしね。母さんはランクも3だったからランク5の魔女とは比べ物にならないと思う。まぁ一般普及している家庭用の魔蓄瓶だったらレベル1や2でチャージが一回数千シリンだし、少し大型のものだったら一発で数万でしょ?今思えば父を早くに亡くして女手一つの子育てとは言え、何かを我慢するような事もなかったし、何不自由なく過ごせていたとは思うよ。」




邸の中へ入り歩きながらも、子供時代の一つ一つを思い返すように答えるエルウィン。




「ランク5のベルナデッタだったら今回みたいな超大型の瓶でもチャージしたら一発数百万とか一千とかなのかな?そりゃこんな家に住めるわけだなぁ。」




「あんまり本人の家に来て下世話な話しをしない方がいいよコーネル・・・。」




「そうか?!わるいわるい。でもアストリアにはランク5の魔女はいなかったし会えるの楽しみだよな!良い奴かな?」




「だといいね。」




そんな二人の会話に耳を傾けていた先輩騎士の一人がコーネルに突っ込みをいれる。




「いい"奴"じゃないです"奴"じゃ。呼び捨ても禁止です。"様"をつける"様を"。魔女と一括りにするのは良いけど、ランク5は魔女の中でも別格ですよ?侯爵と同程度の権力も認められてるんだから失礼があったら私達タダじゃ済まないんですよ?え?私達・・・タダじゃ済まないの?ひぃぃぃ!」




「すみません・・・ヨッヘンさん。コーネルには良く僕から言っておきます。大丈夫ですから!安心してください。」




ヨッヘン・シェット。二人とは同国のアストリアのセントラル、ウィーノ出身騎士。


トーマに次いでエルウィンやコーネルと年齢が近く、その真面目な性格から、ここに来るまでの間にも木車の中で色々な事を二人に教示していた。が、その真面目な性格さが仇となっているのか、話しの途中から考えすぎて、自分で発した言葉をネガティブな方向に持っていき、最終的に自身でそれに怯えてしまうという変わった性格である。この二日間でエルウィンはそんなヨッヘンを理解しており、いつも話しの最後は慰めて終わっている。そうこうしている内に、使用人が両開きの扉の前で足を止め、こちらへ向き直る。




「皆様、こちらでベルナデッタ様がお待ちです。どうぞ、お入りください。」




開かれた扉の先には大きなテーブルが目の前にあり、その一番奥の椅子の脇に、スラリと長身で艶やかな長い黒髪の、目鼻立ちのハッキリとした美人が立っている。




「皆様、遠い所私のフレンツまでの移動の護衛任務を引き受けてくださりありがとうございます。改めまして、私、ベルナデッタ・ローズと申します。よろしくお願いします。」




一見して彼女にかなりキツイ印象を受けたエルウィンは、それとは裏腹にお淑やかで物腰丁寧な話し方にギャップを感じたが、ジェラルドはそんな様子は微塵も感じさせずに彼女の前までチェスターと足を進めると一礼する。




「いやぁ綺麗なお嬢さんでびっくりよぉ。ローズさん。俺が隊長のジェラルド・アルベルティです。んで、こっちがうちの副隊長チェスター・ドーキンス。」




普段通りの軽口でベルナデッタに接する様子を見て、エルウィン含め騎士団の皆が少し驚くも、紹介を受けたチェスターはまるでいつも通りとばかりに、何事もなかったかのように軽く頭を下げる。




「引き受けた限りはこの場にいる12名が、言葉通り命を懸けてでも絶対に貴方を守りますよぉ。」




握手を求めるジェラルドに対して、エルウィン達同様に少し戸惑いながらもその手を握り返すベルナデッタ。




「よろしくお願いしますね・・・。」




「その代わりに・・・」




そこまで言ってジェラルドは少しだけ表情が真剣味を帯びる。




「道中は俺の指示に必ず従っていただくようお願いしますねぇ。勝手な行動は危険を招くだけじゃなくて、本来何事もなく終えられるはずの旅で、死人が出る事態を招く事にも繋がるので。」




「・・・昨今の状況は承知しています。全て皆様にお任せいたします。明日出発の予定ですが、今晩は皆様ご一緒にお食事はいかがですか?私もフレンツまでの間とは言え、旅路を共にするにあたって皆様と少しでも交流を図りたく思います。」




ベルナデッタからの申し出にジェラルドはチェスターと一度顔を見合わせて、まるで目で会話をしたように軽く頷いてから返答をする。




「折角の美人さんからのお誘いで申し訳ないんだけどねぇ、俺とチェスター含めて何名かは明日のルートと作戦の確認でお断りさせていただこうかなぁと。すまないが食事だけ適当に別で用意してもらってもいいですかねぇ?ま、こんなオジサンの代わりにうちの若手を同席させてもらって、ぜひ交流を図ってもらえたら有難い。いいですかねぇ?ローズさん。」




「残念ですが致し方ありませんね。もちろんそれで構いません。カミッロ。アルベルティさん達へはこことは別に会議用のお部屋とお食事の用意をお願いします。」




ここまで案内をしてきたカミッロと呼ばれた男は、かしこまりました、こちらへどうぞとジェラルド達を再度別の部屋へ案内するため部屋を先に出る。




「エルウィン、コーネル、ヨッヘン、トーマ、お前ら若手四人、ローズさんと一緒に食事を楽しんでおいでぇ。」




そう名指しされ、エルウィン、コーネルはすぐに嬉しそうな表情を浮かべたが、ヨッヘンは不安にかられ複雑な表情で、トーマは何故俺が?と若干の不機嫌さが見てとれる。


そんな四人を見て笑いを堪えるようにカミッロに案内され部屋を出ていくジェラルド達。




一行が出ていくと代わりに使用人達がぞろぞろと普段見ることのない料理の数々を運んできては、テーブルに並べていき、すぐに広いテーブルの上が豪勢な料理で埋め尽くされると、ベルナデッタに着席を促され、腰をおろす四人。使用人達も、ごゆっくりどうぞと頭を下げ退室していく。




「えーと・・・自己紹介からしたほうがいいですよね?僕はエルウィン・シュトラウスと申します。アストリア出身で18歳です。先日入団したばかりの新人ですが改めてよろしくお願いしますローズさん。」




「次は俺が!コーネル・ローレンツです!同じくアストリア出の18歳で、エルウィンとは子供の頃からの付き合いです!」




「ヨッヘン・シェットです・・・私もアストリアのセントラル、ウィーノの出身です。24歳です。」




「トーマ・ディドロっす。21歳。今回の目的地でもあるフレンツ、マリシェイユの出身っす・・・。」




四人の自己紹介を黙って聞いていたベルナデッタが話し出す。




「まあ!では私より皆様年齢が下なのですね。私は26歳です。気軽にベルナデッタと呼んでください。私も下のお名前でお呼びしても?」




「さすがに僕達は呼び捨ては出来ませんよ。ベルナデッタさんではいかがでしょうか?僕の事はエルウィンと呼んでください。」




「俺はコーネルで!ベルナデッタさん!」




「呼び捨てなんてしたら私達どうなっちゃうんですか?ひぃぃぃ・・・」




「呼び方、なんでもいいっす・・・。」




三者三様の反応に思わず笑ってしまったベルナデッタは、皆食事を我慢している様子に気がつくと、ごめんなさいとばかりに両手を顔の前で合わせる。




「すみません、どうぞ、冷めない内に食べましょうか。」




その一言で全員揃って食事に手をつけ始める。その後も食事をしながら話しが盛り上がるベルナデッタ達三人に、トーマとヨッヘンは元来の性格もあり、しばらく打ち解けられずに食事に集中して話しの輪に中々加わろうとはせず、問いかけに簡単な返事と相槌を打つだけで、その場を乗り切ろうとしていた。


しかしそれも束の間で、談笑が続くにつれて次第に二人も打ち解け、時折笑顔も見せ始めた。




「皆様の色々なお話が聞けて本当に面白いですね、フフフッ。普段あまり笑う事がないのでなんだか新鮮な気持ちです。」




「えーなんで?ベルナデッタさんこんな良い家に住んでて幸せでしょ!」




コーネルがいきなり距離をつめて突っ込むもエルウィンが慌てて制止するもベルナデッタは笑顔で首を横にふる。




「いいんですエルウィンさん。コーネルさんはエルウィンさんとは子供の頃からのお付き合いと言うことは仲の良いお友達ですか?」




「もちろん!大親友!もう一人仲良い友達がいるけど、そいつはガーディアンに入ってないから今はエルと二人っす!」




それを聞くとベルナデッタは何故か少しだけ悲しそうな笑みを浮かべる。




「まあ、親友・・・ですか?羨ましいですね。」




これだけの邸に住み、沢山の使用人に囲まれて何不自由なく暮らしているように見えたベルナデッタのその表情の意味がわからなかったエルウィンだが、まるでそれを察したかのようにベルナデッタは自身の事情を続けて話した。




「私は幼い頃から両親の言いつけ通りに魔女として人々の生活を支えながら生きてきたので、危ないからと、同年代の子と遊んだ記憶もなく、友人と呼べるような存在もいないのです・・・。


これからもそれはきっと変わらないと思います・・・。もちろん今までの暮らしに不満があったわけではないのです。ただ両親も事故で早くに亡くし、家族と呼べる者もいなくなってしまった今、たまにふと考える事があるんです。もし、私が魔女でなかったら、こんな私にも親友と呼べるような存在が居て、もっと違った人生だったかもしれないと。


ですから、お二人のような関係性はすごく素敵に思います。」




エルウィンはそれを聞いて先程までの自身の考えをすぐに恥じ、何かフォローするような気の利いた一言がないかを懸命に模索していたが、上手い言葉が出てこなかった。


もちろんトーマやヨッヘンにもそれが出てくるわけもなく、折角打ち解けたはずの二人も、食事が始まった時に戻ったかのように押し黙ってしまう。




「あっ、ごめんなさい、折角のお食事なのに何だかしんみりさせてしまいましたね。楽しく食べましょうか。」




エルウィンが何でも良いから声をかけようと思った時、隣のコーネルが椅子から急に立ち上がった。




「何言ってるんですか!俺達がこれから友達になればいいじゃないっすか!」




コーネル以外の四人の時間が一瞬止まるもエルウィンはすぐにそれに便乗する。




「・・・そうですね、そうですよ!ベルナデッタさん。」




「・・・お二人とも・・・ありがとうございます。」




気を遣ってもらい、申し訳なさそうな表情の中に、確かに嬉しそうな表情のベルナデッタが見えた。




「先輩達とだって知り合ったばかりですけどもう俺達、友達ですもんね!」




トーマとヨッヘンにもそのまま無茶振りをするコーネル。




「え?ええ、と 友達・・・ですかね?ええ・・・。」




「・・・俺はただの先輩。」




あからさまに反応に困る二人だが、コーネルは二人の席の間に行くと、無理矢理肩を組んで笑顔を見せる。二人も満更ではなさそうだ。コーネルの、ある意味空気を読まずに半ば強引にでも切り開いていける性格を、エルウィンは自分には出来ない事だと素直に羨ましく感じた。




「今回の任務から戻ったら、友達の証にベルナデッタさん一緒にローマンで遊びましょう!案内してください!なっ、エル!」




「もちろん。ベルナデッタさんさえ良ければぜひ一緒に。」




「いいんですか・・・?でも、私魔女ですし。何かあったら、皆様が危険な目に合うかもしれません・・・。」




「それこそ心配無用です!俺達ガーディアンです!ね、ヨッヘンさん、トーマさん!」




「安心安全をお届けしましょう。・・・え?安心安全・・・お届けできますか?ひぃぃぃ」




「・・・っす。」




「そこはしっかり言い切ってくださいよ先輩方!」




コーネルの突っ込みに一斉に笑いだす五人。




「では帰ってきたら、ぜひよろしくお願いしますね。楽しみです、フフッ。」




今度は申し訳なさの欠片もなく、満面の笑みを浮かべるベルナデッタだった。

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