第12話国境線上の

イリアのローマンより街道を木車で走り続ける事半日ほどで、目的地であるフレンツとの国境沿いにある街、ミレーヌへと一行は到着した。ここまではジェラルド達の当初の想定通りのスケジュールで動いている。




ローマンからミレーヌまでの道程において、ある程度は街道沿いの開発も進んでおり、それなりに村落が点在している事で人目につきやすい環境となっている事で、魔女狩りが潜めるような箇所も少ないため、急襲されるような事はないだろうと予測しており、概ねその通りとなっていた。




「さて、問題はここからだねぇ。」




ジェラルドの呟くような語りかけに、チェスターも軽く頷く。




順調だからといって決して気を緩めるような事は断じてなく、問題の起こるような事態は避けなくてはならず、誰もが平々凡々と任務が終わってくれる事に期待をしているのだが、それを許さぬ難所がこの先の関所を通過すると現れる事を知っていた。




それはアストリア、イリア、フレンツと三国間に渡り国境を跨ぐ、オウラハ最大のタルクス山脈である。


人の介入をまるで拒むかのように標高の高い山々がいくつも連なり、その山々の頂は万年白く染まっている。


麓もここまでの道程とは異なり、木々が生い茂っており、人が住めるような場所は限られているため、思うように開発が進んでおらず、世界統一後に、国間交易の促進を目的とした、整地もそこそこの街道が辛うじて開通できた程度であった。




街道の開通後は主に木材の切り出しや、鉱石採掘を兼ねての、さらなる街道短縮化を図るためのトンネルの掘削作業で、徐々にこの地の開拓も進んではいるものの、まだまだこれらが完全に切り開かれるには時間がかかりそうである。


すなわちそれは、人目を避ける事が容易な環境である事を意味しており、この街道沿いでは野盗による交易品の強奪事件なども発生している事から、ジェラルドやチェスター達の予測では、魔女狩りのリスクが最も高い地点であるとわかっていた。




ジェラルドの合図で御者が一度木車を道の脇に止めると僅かな小休止を挟み、再度出発前にチェスターが改めて一同に向けて説明をする。




「各位わかっているとは思うが、ここからの移動はさらに慎重を期す必要がある。」




その言葉に皆の間にピリッとした張りつめた空気が一瞬流れる。




「出発前にも経路の説明をしたが、これからがある意味本番だ。ここから先は死角も多くいつ急襲されてもおかしくない。道もここまでとは違い、整地も進んでいない事に加えて、狭い道から崖への転落などの危険性も増すため、木車も必然と人の歩く速度とそう変わらない速度で進む必要がある。そこで木車前に4人、木車後ろに4人、木車内の4人と3班に分けて、ローテーションで監視体制を組む。他の街道利用者も少なからずいるわけだが、前からすれ違いで来る者と後ろから接近してくる者に常に注意を払え。前は死角があれば2人が先行し安全確認を。交代は1時間毎に。何か質問はあるか?」




チェスターの問いかけに各々が質問はない、とジェスチャーをする。




「では3班はそれぞれ隊長、俺、そしてコンラドを頭にして編成する。」




ジェラルドやチェスターと名前を並べた騎士コンラド・デ・エルヤルはスーヴェイン国セントラルのマリード出身である。


貴族の次男に生まれ、その高貴な身分にありながらガーディアンへ入団したのは単純に自身の好きな剣の道へと進みたかったからに他ない。貴族はその殆どが世襲制を採用しており、爵位の継承権は何か特別な問題が発生しない限りは長男が有しており、次男として生まれたコンラドはある意味では自由な選択が与えられた。父親でもある伯爵は、言葉は悪いものの、ある意味継承権のスペア要員としての次男の身に危険が及ぶ可能性のある騎士団への入団に反対していたが、それらを振り切りガーディアンへ入団し、その才能を大いに発揮してブレイヴナイツのNo.3のポジションにまで登り詰めた。その誰もが羨む程の才に加えて、容姿も整っており初見では女性と見紛われる程の美貌である。しかしながら、隊の中の皆は、少し彼と距離を置きたがる。




「エルウィン君、私の班だよ。色々と教えてあげよう。フフ。」




「あ、ありがとうございます。よろしくお願いします。」




「そんなに怯えなくてもいいよ。何も取って食おうというわけじゃないからね。」




「は、はい・・・。」




「フフ、カワイイね。エルウィン君。」




エルウィンは苦笑いを浮かべ、皆が距離を置きたがる理由がわかった気がした。


トーマもエルウィンと一緒の班に編成され、もう一人は、騎士団一の巨体を持つオリヴァー・ウォルトンが選ばれた。2m近くある巨体で、幼少期より大人顔負けの怪力を誇ったさすがのコーネルも、力比べでは一歩劣る。副隊長のチェスターと同じくエーゲルス国出身で、地方の農家の生まれだが、子供の頃より家畜の牛と戯れて育ち、その牛と綱の引合いをしていたと言うから驚きである。




「コンラド・・・お前は取って食うだろ。あまり新人をイジめるなよ。新人、何かあったら俺様に言いな!ハッハッハ」




見た目に違わず豪快な笑い声を響かせる。




「オリヴァーさんもよろしくお願いします。」




エルウィンがコンラドとオリヴァーへ簡単に挨拶を終えた所でチェスターが前に出る。




「準備はいいか?コンラド班前から、チェスター班は後ろからスタートだ。」




チェスターの号令でコンラドは木車の前方に進み、合図を出すと再び木車は道に戻ると街道をゆっくりと走り出した。


4人の中でもエルウィン、トーマはさらに一番先頭に位置し、その後ろと木車の間にコンラドとオリヴァーが位置する。街道からすぐ脇に巨大な樹木や岩影があればエルウィン、トーマが後ろに合図を出し木車をの速度を緩め、確認に向かう。そんな作業を繰り返し進む内に、ローテーションが回りつつ次第にそれにも慣れてくれば当初の緊張もやがて緩やかに解れてくると会話もそれなりに出てくるが、エルウィンの一言が再び4人に緊張を生み出す。




「コンラドさん・・・。なぜですか?」




エルウィンが疑問に感じた事を問いただす。




「ん?なぜって何がだい?」




「昨日の夜に僕達がベルナデッタさんと会食をしていた頃、今日の予定を隊長達と確認してたんですよね?」




「・・・そうだが?」




「さっきのチェスターさんの話しもそうですけど、この隊列って完全に襲撃に備えたものですよね?」




その問いにコンラドは黙る。


エルウィンは反応を伺うがコンラドの沈黙に続けて自分の考えを言葉にする。




「今回のベルナデッタさんの護衛の話、僕達が任務を聞かされたのが4日前の、アストリア出発の前日の事。この案件、マリシェイユのオベール公爵・・・つまり貴族からの依頼なら、然るべくルートを経由しての依頼・・・って事ですよね?チャージの時期、依頼のタイミングはもっと早くても良かったんじゃないかなって。時間があるなら遠回りになっても、もっと安全にフレンツに入るルートがあった以上、本来ならこんなリスクを取らなくても選択の余地があったはずなんです・・・。でも実際はマリシェイユの魔蓄瓶のエネルギー残量に余裕がなく、時間が限られている状況では、こちらのルートを選択するしかなかった・・・。」




そこまで話した所でトーマがエルウィンの話しを遮るように身体を肘でつつき一言。




「・・・前。」




前方より数人の商人と思われる者たちが交易品を荷車にこれでもかと言う程に積んで街道を進んできており、すれ違い様に軽い挨拶程度に頭を下げてくる。


後方のチェスター班から問題なしの合図があるまで気は抜けない。やがてその合図を待ってコンラドから話の続きを切り出す。




「それで、さっきの続きは?」




「はい、えーと・・・遠征情報を予測して襲撃をしてくる可能性もあるとは思ったんですが、もしここで襲撃があるとしたら、あまりにこちらの思い通りに進んでませんか?」




「・・・お前、何を言っ」




そこまで話した所でトーマが会話に割り込んできたが、コンラドがそれに被せるように口を開く。




「漏洩と罠・・・って事が言いたいんでしょ?」




今度はエルウィンが沈黙で答える。




「なかなか鋭いんだね・・・君。ますます気に入ったよ。・・・まぁ、確証は現段階ではまだないんだけどね。君達2人が入団前から、それなりに不可解な出来事はあったんだよ。もちろん隊長やチェスターさんもそれはわかってる。私達の任務上、情報の伝達や開示先として関わる組織もそれなりに多いからね。よそなのかおかみなのか、あるいは・・・フッ。ま、今はその尾を掴もうとしている時なのさ。それが誰のものであっても、一度掴んだら決して私は離さないよ。フフ。」




コンラドのその答えがエルウィンの意に添ったものなのかどうかはわからなかったが、珍しく少しムッとした表情を浮かべるエルウィン。




「・・・囮なんですか?」




「何か言いたそうだね?」




「もし、万が一の事があったらとは考えないんですか?」




「その万が一が起きないように私達がいるんだろう?普段は厳重な警備の下にあるランク5の魔女。そして自分達が攻勢をかけているエリアにおいて、向こうからしたらまたとないチャンスとなる。・・・だが、それはこちらにも同じ事。」




その言葉を聞いてエルウィンの眉間に皺が寄り、再び何かを言おうとした時に




「コンラド、新人、そこまでにしておけ。」




二人の間に流れるピリッとした空気を感じたオリヴァーが低い声で制止する。




「新人、集中を欠く行いは決してするなよ。コンラドも煽るのはよせ。状況を考えろ。」




その一声でエルウィンは冷静さを取り戻し、自身の非礼を詫びた。




「コンラドさん、オリヴァーさんすみませんでした・・・。」




「意見をするのに躊躇はするな、と最初に教えられただろう?君は思った通りの事を言うべきさ。こちらこそゴメンよ。煽るつもりはなかったんだが、君のあまりの優秀さについ、ね。それに勘違いして欲しくないから言うのだが、さっきも言った通り、確証は本当にないんだよ。これで何も起きないならそれに越した事はないのさ。私達も誰かに危険な思いをさせたくてこんな手段を取っているわけじゃない。」




「・・・わかります。少し冷静さを欠いて局所的な見方をしてしまいました。」




「美しい。実に美しいよ。君は。エルウィン君、この任務が終わったら二人で食事でもしながら互いの価値観について夜通し大いに語ろう。」




「アハハ・・・ぜ、ぜひ。」




コンラドは一連の流れの中で、エルウィン・シュトラウスという人間を、新人という色眼鏡で見ていた自身の認識を改めた。

そしてそれはオリヴァーとトーマにとっても同様であった。

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