第5話シュトラウス家攻防戦

窓の外では相変わらず雨足が強く、時折稲光りに伴う雷鳴が轟いていた。エミールはその雷鳴の度に会話を中断し、玄関扉や窓の方へ向かっていき、外の気配を探っている。


動いた拍子にたとえ物音を立てたとしても、大きな雷鳴はそれらを紛らわしてくれるため、敵にとっては好都合である。エミールはいつ何時事が起きても対処できるよう気を張りつつも、そうした緊張感を二人には隠そうと平静を装ってはいたが、その場にいるアネットやエルウィンにはしっかりと伝わっていた。




「すまんなお二人さん。いや、何かあったわけではないんだが、万が一という場合に備えてな・・・。さてエルウィン君、今はどこまで話していたかな?」




普段よりも少しだけ声のトーンを上げて、話しながらテーブルへと戻ってくると、椅子に腰を掛けるエミール。緊張しながらもエルウィンはそんなエミールに話が途切れた部分を教えながら続きを促すだけの余裕がまだあったが、アネットは自身の命が狙われている事ももちろんの事、それよりも自身に何かあった場合に、父親がすでに亡くなっているエルウィンが、幼くしてたった一人になってしまうかもしれないという事に恐怖していた。


エミールはエルウィンにせがまれ、続きを話しながらも、そんなアネットの気持ちを知ってか知らずか、さりげなくアネットに比重をおき、気を配っていた。




「おぉそうだ、アネットさん。悪いが何か暖かい飲み物をいれてもらえるかい?」




アネットはそんなエミールの声掛けに、ハッとした表情で慌てて取り繕う。




「あら、すみません、気がつきませんで・・・ハーブティーなんかはいかがですか?」




「もちろんOKさ。ああ、それと・・・あなたが考えているような事は今夜決して起こらないよ。なぜならそのために私がここに来たのだからね!」




そう言いながら目を開き、口角を精一杯上げて、少しだけおどけて見せるエミール。


無骨そうな見た目の男が見せた、ほんの僅かな剽軽さだが、アネットに少しの落ち着きを取り戻させるに十分であったのは、その表情を見れば一目瞭然だった。




「わかりました。ではハーブティーを淹れますね!私もいただきます。エルウィンも何か飲む?」




「僕も同じハーブティーでいいよっ!」




母親が落ち着きを見せた事で、自然とエルウィンも少しだけ緊張が解ける。




「そう言えば、あそこに大事そうに掛けてあるあの剣は?エルウィン君が使うにしては少しブレイドが長いね。もしかして?」




壁にかかっている剣に視線を向けながら問うエミール。魔蓄瓶のスイッチを入れ水を火に掛けながらアネットが答える。




「はい、あれは主人の形見の剣なんです。エルウィンは騎士団に入ったらあれを使うんだっていつも言っています。手入れもハンス先生に習って・・・最初は危なっかしくて見てられませんでした!フフッ」




幼いエルウィンが子供なりに一生懸命手入れをしようとしていた姿を思い出し、可笑しくなったのか軽く吹き出すアネット。




「ちょっと拝見しても?」




どうぞと手を剣に向けながら頷くアネット。


エミールは壁に向かっていき、剣を手にとり綺麗な赤色の革鞘から剣身を抜き出すと同時に感嘆の声をあげた。




「おお・・・これは・・・素晴らしい。実に素晴らしく、きちんと手入れが施されている。ご主人が亡くなられたのは7年前とおっしゃってましたよね?とても子供が手入れしているとは思えん。私の剣もエルウィン君にお願いしたいくらいだ!」




「うわぁ!本当ですか!すごく嬉しいです!初めの頃は全然上手く出来なかったんですけど何回もやってる内にだんだんコツをつかんできて!」




現役のガーディアンであるエミールは剣の事に関しては、ある意味プロフェッショナルであると言ってもいい。もちろん手入れ方法を教示しているハンスも広義ではプロフェッショナルであるのだが、あちらはすでに自主的とは言え騎士団を退役しており、あくまで"元"である。特に子供であるエルウィンは、"元"と"現"の差を大きく感じており、また、これまで身近にはハンスを除いて憧れの騎士に近い存在がいなかった事を考えると、現役のエミールに褒められた事はエルウィンにとって心の底から嬉しかったのだ。




「この剣を持って僕が騎士団に入ったら、お父さんもまた一緒に好きな騎士ができるよね!」




そんなエルウィンの純粋な思いを初めて聞いたアネットは不意に目頭が熱くなる思いだった。エミールとも目が合い大人同士お互いに軽く微笑む。




「きっとなれるさ。エルウィン君の情熱をこの先もずっと持ってれば・・・きっとな。」




そう言って、剣を鞘にしまうと元通り壁に掛け直すエミール。


それと同じタイミングでお湯が沸いた。アネットは魔蓄瓶のスイッチを押し火を止めると、食器棚からカップを三つ取り出しテーブルに並べて、沸かしたお湯を予めドライハーブを入れていたティーポッ卜に移していく。


ハーブの優しい香りが三人の気分をより落ち着かせてくれる。




「少し酸味がある種なので、蜂蜜をほんの少しだけ入れて甘さを整えますね!これだけですごく飲みやすくなって美味しくなりますよ!」




カップにそれぞれ蜂蜜を先にスプーンで取って入れると、そこにティーポットから熱々のハーブティーを注いでいく。




「おぉ、良い香りだな。さっそく温かい内に・・・」




少しだけ息を吹いて冷ますようにしてからズズっと一口だけ音を立てて啜るエミール。




「美味いっ!最高ですねアネットさん!」




「お口に合いましたようで何よりです。フフッ、エルウィン熱いから気をつけてね?」




わかってると言わんばかりの表情を浮かべてはフー、フーと大袈裟に吹いてから口に運ぶエルウィンだったが




「あっつぅ!!」




と口に入れたハーブティーを思わず噴き出す。何をやっているのかと二人揃ってエルウィンの様子を声を出して笑っているエミールとアネット。楽しい今の一時が、このまま朝までずっと続いて欲しいと三人それぞれが思っていたその時であった。


何かに気付いたようにガタッと音を立て慌てて席から勢いよく立ち上がるエミール。


即、腰の鞘から剣を抜くと左手で少しだけ玄関扉を開けて隙間から外を見る。楽しい空気を切り裂いて一瞬にして緊張が走った。


左手でアネットとエミールには手のひらを向けてそのままで、と言うように合図を送る。


明らかに様子を見ていただけのこれまでと違う対応、そして空気から二人は魔女狩りが本当に現れてしまった事がわかった。玄関扉を一度閉めてエミールが小声で話し始める。




「暗闇と雨ではっきりとは言えないが・・・敵は三人、だと思われる。私が外に出て戦闘が始まったら鍵をかけて家の中から決して出ないでくれ。相手が三人なら私一人でも何とかなるが、下手に人質にとられでもしたら勝ち目がないからな。」




頷くも震えが止まらないアネットの手を優しく握るエルウィン。




「大丈夫!騎士は強いから、エミールさんが守ってくれるよ!それにお母さんは僕が絶対守るから!」




「アネットさんを頼んだぞエルウィン君!」




任せてとばかりに力強く首を縦にふるエルウィン。そんなエルウィンを見て軽く頷くと玄関扉を開けて勢い良く外に飛び出すエミール。エルウィンはそのまま扉を閉めて鍵をかけた。


玄関扉から出てすぐの三段程の小さな階段を下りながら、魔女狩りが潜んでいると思われる闇に向けて話し始める。




「出てきたらどうだ?目的は魔女狩りだろ?残念だったな。私は魔守護騎士団ブーケルランド分隊がエミールだ!相手になってやる。一人たりとも生かして帰さんぞ?」




「随分と威勢がいいな。我々の目的は魔女だけだ。今からでも遅くはない。そこを退いて魔女を差し出してくれるならお前は見逃してやってもいい。」




殺気のこもった低い声の主が闇の木の影から現れる。それに続いてその両脇からも二人が姿を現した。




「やはり三人・・・か。誰からだ?」




それを聞いて両脇の二人が一斉にエミールに向かって剣を構えて飛びかかってきた。


ワンテンポ早く左側から飛び出た細身の男が、斜め上から斬り下ろしてきた攻撃を素早く半身で交わし、斬り下ろしで出来た隙の脇腹を目掛けて剣を持っていない左手で拳を叩き込み、そのまま遅れて右から来た大柄の男ごと纏めてなぎ払い、吹き飛ばす。大柄の男は細身の男の体を抑え込み、二人とも体勢を大きく崩される事なく着地をするが、細身の男は殴られた腹を撫でると、軽く舌打ちをした。




「くっ、何てパワーだ!脇腹をもっていかれたかと思ったぜ・・・」




「力なら俺より僅かに上・・・か?おい、俺のスピードに合わせろ。二人なら俺達の方が上だ。」




それに細身の男は軽く頷くと、もう一度二人は一斉に左右から、それも先程とは異なり攻撃のタイミングにズレは生じていない。


しかし今度はエミール自ら大柄の男に向かって接近する事で攻撃のタイミングをあえてずらし、その攻撃を剣で受け止めた、が、力任せに吹き飛ばせずにいた。二人の力が拮抗していて鍔迫り合いの形となる。そこに細身の男が心臓を狙い突きを入れてきた。エミールはあえて鍔迫り合いの力を抜いて相手方に押される事でこれをすんでのところで回避する。自身で力を抜いたとは言え押されて体勢は崩れながらも突きを外した細身の男の鳩尾目掛けて蹴りを入れ、その蹴りの反動を利用し、大柄の男からの力を逸らす事で、自身も不利な体勢から逃れ出た。




「なかなかやるな・・・」




その戦いを一人離れた所で高みの見物をしていた男が口を開く。左目の上から下にかけて古い10cm程の傷痕が見受けられ、その傷がこの男の不気味さに拍車をかけている。


エミールは内心焦っていた。明らかに今戦闘に参加していないこの男がリーダー格であり、一番の剣の使い手であろう事。そして今対峙している二人も、考えていたより遥かに実力者であった事だ。




(一対一なら俺が十中八九勝てる相手だ・・・だが連係も即席ではなさそうだし、後ろに奴がいる限りこちらも極力ダメージを抑えて勝たなくては・・・。どうしたものか、まさかここまでの使い手とは・・・)




エミールが必死に思考を巡らす中、傷の男は思いもよらぬ行動に出た。




「貴様ら二人、そいつの時間を稼いでおけ。私このまま中にいる魔女を殺して目的を済ましてくる。」




そう言い放つと堂々と玄関に歩みを進めていく。




「なっ・・・!!待ちやがれっっ!!」




エミールが傷の男を追いかけようとした瞬間背後から迫る気配に気付き咄嗟に体ごと避けたが、一瞬遅く、剣はエミールの腹部脇を貫いていた。




「グゥ・・・き きさま!卑怯なっ!!」




エミールは腹部に刺された剣先を抜かれないように左手で掴むと、自身の剣で背後にいた細身の男の胸部を振り向き様に斬った。




「ちっ、ずれたか・・・くっ・・・そ」




細身の男は自身の突きが僅かに急所から逸れた事を悔やむも、自身の胸部も深く斬られ大量の血を流しながら、その場に力なく膝を付く。大柄の男は隣で重傷を負った仲間を心配する素振りもなく、一声だけかけるとエミールに近寄ってくる。




「その胸の傷、出血量では致命傷だな。もう動けまい。エミールとやらの命は俺がもらうぞ。」




「・・・好きに しろ ちっ、俺もここ・・・まで か・・・」




最後にそれだけ言うと細身の男は前に倒れ込む。エミールは剣先を握った左手も出血しており、幸いにも腹部に刺さった剣は臓器を避けていた事で、致命傷にはならずに済んでいたが、その剣を引き抜けば大量出血により戦闘不能になると判断し、そちらは残したままだ。




「残念だったな、ガーディアンの男よ。」




そう言うと傷の男は玄関前の階段を上り扉を開けよう手をかける。




「逃げろおぉぉぉぉぉ!!!」




エミールはあらん限りの大声で家の中のアネット、エルウィンに向かって叫んだ。


すぐに後を追おうにも今、傷の男に仕掛ければ確実に眼前の男に自分は斬られる。自身の出来る最善は、家の中の二人に危険を伝えた上で、相対している男を最速で始末し、傷の男を止める事であると瞬時に理解した。


そしてその計画を実行するべくエミールから攻撃を仕掛ける。だが、それは難なく受け止められてしまった。傷によるエミールの能力低下も理由の一つだが、それよりも早くケリをつけようと焦って繰り出した攻撃は、本人も気付かない程僅かではあるが雑になっていた事で、力量では格下であるはずの大柄の男にも、この攻撃が読まれてしまった事が最大の要因である。




「っっっ!おのれっ!!」




先の競り合いでは殆ど互角だったはずが、今度はエミールが押されている。負傷による力の低下がここで露になっていた。だがこのまま競り合いで押され負けるつもりは端からなかった。




(騎士としてこんな手は使いたくないが、背に腹はかえられぬ!)




両手で握っていた剣から左手を離すと、相手の顔に向かって左手を振り、負傷による出血で目潰しをしたのだ。狙いどおり相手の目に血が入った事で、男が微かに怯んだ。その隙を逃さず残った力を振り絞って競り合いを押し返し、相手の剣を腕ごと跳ね上げ、体勢を崩した所で渾身の縦斬りを入れる。




「・・・浅かったか。」




縦斬りを放った後のフォロースイングと同時に、小さく呟くエミール。


斬られた男は事切れる寸前に、跳ねあげられた腕を剣の重みで力なく振っており、その一撃はエミールに直撃した。




「貴様も・・・道・・・連れだ」




そのままエミールの前に崩れ落ちる男。


だが、エミールはまだ立っていた。




「ハァッ ハァッ・・・エルウィン、アネットさん 今、行くぞ・・・」




剣を地面に突き立て、やっと立っている状態だが、家に視線を向けた時、すでに玄関の扉はこじ開けられており、室内の明かりが外に漏れていた。

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