第4話荒天の夜に②
「ハァッ ハァッ ハァッ・・・」
強く雨が振る中、小道からほんの少しだけ逸れた森の中を息も絶え絶えになんとか身体を引き摺りながら前に進んでいく影がひとつ。
「クッソ!皆やられちまった・・・あ、あいつらとんでもない強さだ・・・俺達だけじゃ・・・な、なんとしてでも・・・他のやつ、に・・・ゲホッ ゲホッ」
吐き出した血の量を見て、もはや内臓まで傷が達している事を確信し、自身の死がすぐそこまで迫っている事を悟りながらも、少しでも前に進もうとする。そのすぐ後ろから三人の男達が歩いてやってきた。皆顔の下半分を何やら紋様の入った布で隠しており、手には三人とも剣をしっかりと握りしめている。
傷付いた身体を引き摺る男の元へ着くと、先頭の男が瀕死の男の目の前に剣を突き出す。
「しぶとい奴だ、その身体で俺達から逃げられるとでも思ったのか。お前達は敵ではないが・・・俺達の目的の邪魔をするのであれば、残念ながら死んでもらうしかない。」
他の二人もそれに呼応するように剣を構えると、瀕死の男は最後の力を振り絞り、無駄な抵抗と知りながらも、何とかそれに応戦の体勢をとる。
「くっ、ゲホッ ここまでか・・・だが俺もただでは死なんぞぉ!最後まで た、戦い、一人でも道連れにしてやる・・・ハァッ ハァッ」
闇の中で雨粒が草木の葉を叩く音に混じり、剣と剣がぶつかり合う音が響いた。
その時、小道を通りがかった一人の男が、その金属音と人の気配により、そばの森の中で起きている異常に気付く。
「ん・・・?何をやってるんだお前ら?」
素早い身のこなしであっという間に戦闘中の男達に割って入る。その動きだけでただ者ではない事がわかる。割って入るなり、三人組と一人の瀕死の男に交互に目をやりながら、それぞれに牽制をしつつも、状況判断に努めていると、いち早く瀕死の男が口を開く。
「に、逃げてください・・・魔女狩りです!わ、私は ハァッ ハァッ ガーディアンの騎士ヘイノ。ザルシュブークからの応援要請があり・・・ブーケルランドに・・・」
荒い呼吸で言葉が詰まりながらも、飛び込んで来た男に状況を伝えようと必死である。
「ここは私が何とか食い止めますので・・・あなたは早く ハァッ ハァッ」
ヘイノと名乗った男は自身が瀕死にも関わらず間に割って入った男の身を案じる。普通の人であれば、命惜しさに助けを求めてもおかしくない状況であるが、ヘイノはそれをしなかった。最後の最後まで騎士としての誇りがそうさせたのか?絶命の瞬間まで使命を全うしようとするかの如く。
「魔女狩り、か・・・このまま俺達を見逃してくれたりは・・・ねえよな?」
間に入った男はそう言うと自身の腰に携えた剣のグリップに手をかける。
「見ぬふりをして立ち去れば良かったものを。多少は剣の心得があるようだが?中途半端な正義心では己を滅ぼすだけだぞ。」
そう言うと先程までヘイノに向けて構えていた剣を、飛び込んできた男に向けると、一切の躊躇なく男目掛けて思い切り振り抜いてきた。が、男は魔女狩りと呼ばれた剣士の攻撃の間合い分だけ後ろにステップすると、紙一重でこれを躱し、相手が振り抜き後の体勢を整えるよりも早く着地した足に力を込めて踏み込み、自身の剣を抜きながらの力そのままで胴に横斬りを入れた。
「グホッ!!っっつ!ば、バカな・・・なんて身のこなし!」
男は斬られたと思った胴に手をやるが流血は確認出来ない。しかしその重い一撃は確実に肋骨を数本折っていた。
その一連の素振りを見ていた男が今度は口を開く。
「生憎、訓練用の木剣なんでな。一撃で仕留めてやる事は叶わねーんだが。今ので骨が折れちまったか?まぁ痛くても勘弁しろよ」
そう言うとニヤリと片側の口角を吊り上げ、木剣を自身の手の平にポンポンと軽く叩きつけ、挑発ともとれる行動を取る。木剣による攻撃では相手は致命傷にならず、一撃でカタをつける事はいかなる達人と言えど難しい。相対する敵が三人もいる以上は、自身に注目を集める事で、殆ど動けないヘイノに向かわれるのを防ぐ意味もこの行動に込められていた。
「木剣だと?ぶざけやがって。普通の剣なら一撃で俺を仕留められたのかもしれんが、残念だったな。今のが唯一のチャンスだったぞ。」
平静を装いながらも、男の内心は穏やかではなかった。相手の動作にはまるで無駄がなく、自身の攻撃は間合いすれすれ、最低限のバックステップだけで避け、油断し多少雑な大振りとなってしまい、こちらの体勢が崩れていたとは言え、まるで反応する事も出来なかった居合いからの素早く重い一撃。
何度攻撃を繰り出したとしても負けるイメージしか浮かばなかった。たったの一撃で圧倒的な力の差を痛感する。だが勝てないからと言って戦わないという選択肢はなかった。目的遂行の為なら自身が犠牲になろうと目前の敵を倒せるならば、後ろの二人に自身ごと剣で貫いてもらう事も厭わない覚悟を決めていたのだ。僅かに後ろの二人の方へ振り返りつつ作戦を伝えた。
「俺がなんとかこいつを押さえ込む。その隙に俺ごとで構わん・・・お前らの剣でこの男を貫け。」
それを聞いて後ろの二人も頷く。
予想もしない言葉が相手方から出てきた事に少し驚きつつも、その覚悟を問う。
「正気か?自分の命を懸けてまで達成したい目的は?いや、質問が違うな・・・お前らはそもそも何者なんだ?」
核心をついた質問をストレートにぶつける。
が、しかし、それについて回答を得られるとは端から思ってはいなかった。
「貴様らのように魔女や魔法に依存し、人間としての本来あるべき姿を失った奴らには、我らの掲げる崇高な思いは決してわかるまい・・・御託はそれまでだ。」
脇腹の痛みによるものか、先程までの動きの切れはない。しかし油断もすっかり消えてか決して大振りはせずに、コンパクトな攻撃ながらも一刀一刀、殺意を込めて剣を振るっている。しかしその攻撃の全てを軽くいなしては、木剣による打撃で相手の戦力を削ぎ落としていく。剣を握る利き腕、そして足。相手の男はすでに立っているのもやっとの状態で、とても当初の作戦通りに押さえ込む事はおろか、触れる事さえ出来ていない。
後ろの二人も隙をついては何度も攻撃に加勢しようとするが、男は常に自身が相対する男を、二人との間に挟む形を取り、かつ周囲の木々が自身の背にくるように立ち回る事で、決して背を見せる事すらない多対一の戦いにおいては、本当に見事なものであった。
重傷を負っているヘイノすら、目の前で起こっているあまりの光景に信じられないといった様子である。ガーディアンと言えば統一騎士団と並んで剣術のエリート達の集まりである。もちろん剣の腕前はピンきりなれど、騎士である以上は生半可なものではない。そんな騎士である自分達が、ブーケルランドに入ってから一緒に行動していた仲間二人はすでに殺され、自身も手玉に取られるほどの腕前を持つ魔女狩りの剣士達。そしてそんな魔女狩りすら目の前の突如助けに現れた男に歯が立たないという。
戦闘が進むにつれて三人の内の一人が何やら困惑の表情を浮かべはじめる。相対するその男の顔に何やら見覚えがあった気がしたのだ。自身の過去より必死にその記憶を呼び覚まそうとする。数年、いやもっと前か?だが確かにこの男を知っている。自分の記憶の中で戦う男の戦闘スタイルが今目の前にいる男にピタリと重なった瞬間に、突然目を大きく見開き、驚いて大きく開いた口からそのまま大きな声をあげた。
「あっ!!こ、こいつ・・・スタイナーだ・・・ハンス・スタイナーだぞっ!」
その声を聞いてもう一人の男も相対する男の顔をまじまじと見つめて声を発する。
「ハンスだと!?元統一騎士団の分隊長だったハンスか!?」
名前を聞いた瞬間魔女狩りの三人からは余裕が消え失せ緊張が走ったのは誰の目にも明らかであった。ハンスと戦っていた男以外の二人に至っては戦意すら明らかに消え失せた。かと思うと二人は身を瞬時に翻す。
「冗談じゃない!とても俺達の手に負える相手じゃない!自分の命のほうが大事だ!」
「悪いが俺もだ・・・。今の戦いだけでわかった。微塵も勝てる気がしない。すまん。」
そう言ってそのまま二人は剣を鞘に納めると来た方向へ全力で走って逃げていった。
「おい!くそっ・・・ふざけやがって。」
残された男は先程からの戦闘によるダメージでとても走って逃げられる状況ではなかった。
「んじゃ、残されたお前さんには色々話を聞かせてもらおうか。」
そう言ってハンスがその男に近づいた時、男はまさかの行動に出る。自身の喉に剣を突き刺し自決を図ったのだ。そしてそのまま男は何かを小さな声でもごもごと口ずさみ、息を引き取っていった。
「マジかよ・・・。即座に自決を選ぶとは。こりゃ何か聞かれて困る事があったな。さて・・・」
すぐさま視線をヘイノに移すハンス。しかしヘイノもまた傷は深く、今にも命が消えようとしていた。しかしヘイノはハンスにどうしても伝えなければならない事があった。
「ハァッ ハァッ・・・まさかあのスタイナーさんだった・・・とは。最後の最後にあなたの剣技をこの目で見れて、良かったです。さっきの奴らは、ほんの一部で・・・まだ狙ってる魔女が・・・グフッ、ハァッ ハァッ・・・ザルシュブークからの応援はもう・・・ 後をお願い・・・しま・・・」
ヘイノの腕は力なく地面に落ちる。
「ヘイノ!ヘイノ!・・・おい!しっかりしろ!」
ハンスはヘイノに呼び掛け続けるも、返事はなくヘイノの命の火はもはや完全に消えて、静かに横たわる。
残された言葉からハンスは今やるべき事を必死に推察する。そこには普段のだらしない男の姿はない。統一騎士団、分隊長だった時の戦火に身を投じていたハンス・スタイナーの姿そのものであった。
「ブーケルランド支部からザルシュブーク支部に応援要請を出してるって事はそれなりの規模で魔女狩りが現れたって事だ・・・だとするとやつらの標的はもちろん魔女だが・・・まさか・・・アネットさんも!?」
自身の考えをまさかとすぐさま打ち消そうとするも、一抹の不安がよぎり気がつけば全力で走り出していた。
「ヘイノ!すまん・・・必ず後からガーディアンに報告して亡骸は葬ってやるからな!今は許してくれ!エルウィン!待ってろよ!」
急いでエルウィンの家に向かうハンスにとって、雨に濡れた自身の身体はやけに重く感じたのだった。
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