第8話

あの後、大介と明香里ちゃんは親たちが家に送り届けてくれ、大介のケガも明香里ちゃんの体調も無事に回復した。

俺が家の風呂から上がると、夕飯の準備が出来上がっていた。


「あ、理人。お箸みんなの分持っていってくれない?」


お袋の声がする。

今日の夕飯はハンバーグみたいだ。

俺は大学入学と同時に一人暮らしを始めたから、家族三人で当たり前に食卓を囲むのはすごく懐かしい。


「おー、今日もうまそうだな」


親父も部屋から出てきて上機嫌に食卓に着く。

そういえば、昔の親父の夕飯の量は全体的に倍の量があった。

時が経つにつれ俺と親父の差はどんどん縮まって、最終的には俺が追い越しちまったんだよな。

いただきます、と家族で声を合わせて食べ始める。

おいしい。

今日一日ずっとそうだったはずなのに、今この瞬間は本当に子供に戻ったみたいだ。

安心感に包まれるのと同時に、結局親父やお袋の力に頼ってしまったことへの悔しさがわいてきた。


「あのさ、さっきはごめん」


自分でも意識せずに謝っていた。


「いきなりどうした、理人」


「そうよ、今日は大活躍だったじゃない」


「違うよ。俺は勝手に飛び込んだだけで、足手まといになっただけで……」


こんなに隠すことなく弱音を吐いたのは久しぶりだ。


「なに言ってるんだ」


親父が食事の手を少し止め、落ち着いた口調で言う。


「あの時友達のために動けるのはすごいことなんだ。父ちゃんだってロープ巻かないと飛び込めなかったのに、理人は勇気を出して飛び込んだ。それに、理人の靴とか傘が入り口にあったから、父ちゃんも気づけたんだぞ」


「でも……」


俺は本当はいい年した大人なんだ。

勇気を出したから偉いだなんてステージはもう超えている。

俺の身長が低いことも、力が弱いことも分かっていたのだから、もっとやりようがあったはずだ。


「そうだな……」


親父は少し考えてから続けた。


「大人だから、とか関係ないぞ」


俺の考えを見透かしているような言葉に俺はどきりとした。


「父ちゃんは体もでかいし、パワーもあるから、今日はたまたま皆の力になれたんだ。頭を使うんだったら父ちゃん役立たずだから、母ちゃんや理人の方が力になれる。でもな、父ちゃんは頭を使わないといけない時が来たら頭悪いなりに必死で考える。もしかしたらピンチを解決できるかもしれないし、必死に考えるうちに段々頭もよくなってくる」


「うん」


「『大人だからすごい』とか、『大人だからできないといけない』んじゃないんだよ。皆、できることを精一杯やって皆の役に立っているんだ。理人の周りの大人が頼りになるのは、その人が今の理人より長く生きてて、得意なことも苦手なことも頑張ってきたからだ。そしたらできることだって増えるし、頼りになるんだよ」


「うん」


「今日、理人は勇気を出して飛び込んだ。成長したと思うぞ。こんな風にできることを増やせばいい。もし父ちゃんみたいにパワーが欲しいと思ってくれたんなら、今は飯をいっぱい食えばいい。そうしてくれたら、父ちゃんは嬉しいぞ」


親父はそう言ってハンバーグを豪快にほおばった。

俺はその日、ご飯を二回おかわりした。


夜、布団の中に入って考えた。

今日一日で、俺は多くのことに気が付いた。

大介や明香里ちゃんから人と人のつながりを、学校でのトラブルで子どもなりの葛藤や悩みを、先生や親父の姿から目指したい姿を、そして親父の言葉から人と生きるための大切なことを。

子どもだって大人だって変わらない。

今を全力で生きている。

その結果に目指したい大人の姿があって、彼らが自分たちにできることを活かして子どもの成長の場を作って、未来に受け継いでいく。


ああ。

「見つける」というのはか。


そう思ったとき、俺の意識は深く吸い込まれていった。

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