第7話
きっと大丈夫だ、さすがに今日一緒に帰らなかっただけのことで大きく歴史が動くはずがない。
そう信じようとしながらも、通学路を走る俺の脳内には得体のしれない不安が渦巻いていた。
不安は、的中した。
「理人!明香里ちゃんが!」
「内緒の近道」の脇道の下から明香里ちゃんを抱えた大介が俺に叫ぶ。
この脇道から用水路に落ちたようで、二人ともずぶぬれで用水路の中にある小島のような場所にいる。
「明香里ちゃんがぐったりしちゃて、俺も足をケガしちまったんだ!」
小島から少し泳げば、用水路の反対側の狭い陸地にたどり着くことができる。
しかし、足を痛めている大介では明香里ちゃんを抱えてそこに泳ぐことは難しいのだろう。
「分かった!今助けを……」
呼んでくる、と伝えようとしたときに俺は二人のいる小島がだんだんと水没していっていることに気が付いた。
さっきからの雨の影響だろう、このまま増水し続けると助けを呼んでいるうちに二人が流されてしまう。
俺は脱いだ靴と傘を橋の入り口に向かって投げた。
用水路に飛び込んだ瞬間、俺の頭にはまだ迷いがあった。
これでよかったのか。
被害をさらに大きくするだけではないのか。
しかし俺は中身は29歳の大人であり、11歳の子供が流されそうになっているのを黙って見ているわけにはいかない。
子どもを守るのが大人の役目なのだから。
濁った冷たい水をかきわけて進もうとするが、流れが強くて押し負けそうになる。
まだ、力尽きるわけにはいかない。
俺の、大切な友達を、助けるんだ。
その時、さらに大きく地面が深くなった。
周りの男子と比べても小さな俺の体は完全に浮き、俺は足をつくことができずにもがくことしかできなかった。
まずい。
このままだと大介たちのところにたどり着けない。
助ける、って決めたのに。
いくら足をばたつかせても流れに逆らうだけで大介たちには一向に近づけない。
なにが大人の役目だ、情けない。
苦しい呼吸の中で諦めかけたときだった。
背後から大きい水しぶきの音がして間もなく、俺の体は大きな力で持ち上げられた。
「と、父ちゃん……」
「理人。よく頑張った」
親父はスーツが汚れるのを気にする様子もなく、俺を担ぎ上げてざぶざぶと進んでいく。
見れば腰に長いロープを巻いており、脇道にある柱に括り付けている。
親父の体格と用水路の深さでは余裕なようにも思われるが、もしもの時のためのものなのだろう。
小学生三人を疲れた様子もなく向こう岸へと運ぶと、上から明香里ちゃんのお袋や明香里ちゃんのお母さんが駆け寄ってきた。
「明香里!大丈夫!?」
「大介君、ケガしてるじゃない!」
俺はこの瞬間、「助かった」と確信してしまった。
情けない話だ。
俺だって大人なのに、大介と明香里ちゃんを守るって誓ったのに。
「お父さんお母さんが来てくれた」ことに安心しきってしまうとは。
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