第22話

フランソワーズは深呼吸してから、瞼を閉じる。

周りの声が聞こえないほどに集中しながら気配を辿っていく。

毎日感じていた覚えがある感覚は禍々しいもので、フランソワーズを拒絶しているような気がした。



「ステファン殿下、城の中を歩いてもよろしいでしょうか?」


「あぁ、もちろんだ」



フランソワーズは導かれるように気配を辿っていく。

長い廊下を抜けて、更に階段を上がる。

端へと移動して渡り廊下を抜けて古い離れた塔へ。

フランソワーズの後にはステファンたちが続いていた。


(この部屋じゃない……違うわ。この先)


そして一番、端の部屋の扉に手を当てる。

フランソワーズが案内もしていないのに部屋を探し出したことに皆が驚いていた。

扉の取っ手に手を掛けたフランソワーズが部屋の中に入ると眩しい光が見えた。

フランソワーズの前にあるのは、赤黒い表紙に金色の文字が擦れて見えなくなっている薄汚れた古い本だ。

その古い本はフランソワーズの指示通りに光に照らされていた。

フランソワーズが部屋に入った瞬間、ゾワリと鳥肌が立つような寒気を感じた。


(宝玉の中にいる悪魔よりは弱い気がする……呪いが得意な類いなのかしら)


フランソワーズは一歩足を踏み出す。

本は窓もないのにパラパラとページが勝手に捲れていく。

まるでフランソワーズに近づくなと牽制しているようだ。


(このレベルだったら、わたくしでも問題ないわ。少し時間はかかるかもしれないけれど、この本に憑いている悪魔を祓えるはず……)


フランソワーズがそのことを伝えようと後ろを振り向いた時だった。



「ステファン殿下、わたくしは今から……っ」

 


フランソワーズは目を見開いた。

カタカタと金属が擦れる音に気がついて息を止める。

目の前にはステファンが握る剣先があったからだ。

ガクガクと震える剣は、徐々にフランソワーズの首元に近づいている。



「──ステファン、やめろっ!」


「くっ……!」



フェーブル国王の声が響いた。辺りは緊張感に包まれている。

よく見ると黒いアザがステファンの指先まで埋めていることに気がついた。

ステファンは必死に抵抗しているのか、唇に血が滲むほどに噛み締めているようだ。



「に……げ、ろっ……!」



ステファンから絞り出すような声が聞こえた。


(ステファン殿下を通じて、わたくしを止めようとしているのね)


状況を把握したフランソワーズは、自らを落ち着かせるように大きく息を吸い込んでから古い本を見た。

それほどまでにフランソワーズを近づかせたくはないのだろう。

こうしてステファンを操って、フランソワーズを排除しようと動いている。


護衛の騎士たちも国王の指示でステファンを抑えるために動きだすが、凄まじい力で抵抗しているのかステファンはまったく動かない。

オリーヴにも何かあったのだろうか。侍女の悲鳴が遠くから響いている。


(こんなことをするなんて許せないわ……!)


フランソワーズはグッと拳を握った。



「フェーブル国王、わたくしがいいというまでこの部屋に絶対に入らないでくださいませ」


「わ、わかった!」


「それからステファン殿下を落ち着くまで教会へ閉じ込めてください」


「──皆、フランソワーズの言う通りに動けっ!」



慌ただしく動く人々を見つつ、フランソワーズはステファンの方へ歩いていく。

フランソワーズはステファンの向けている剣先を気にすることなく手を伸ばす。

そして荒く息を吐き出しているステファンの血走った目を見つめながら頬に手を添える。

フランソワーズは彼を安心させるように微笑んでから頬を撫でた。



「ステファン殿下、もう大丈夫ですわ」



彼の胸元に手を当てた瞬間、体から力が抜けていく。

カラカラと剣が床に落ちて音を立てて、ステファンが膝をついた。



「……ッフラン、ソワーズ」


「わたくしが祈り始めたらすぐにステファン殿下を」



ステファンの側近、イザークとノアが頷いたのを確認してから、その場に跪いて手を合わせた。

その瞬間、ステファンは意識を失った。

フランソワーズの指示通りに彼を運ぶイザークとノア。

パタリと扉がしまった瞬間、部屋の中が重苦しい空気に包まれたような気がした。



「……さぁ、はじめましょう」



フランソワーズは意識を集中して瞼を閉じる。

暴走した力を押さえ込むように祈りを捧げていく。

黒い煙が部屋に充満していくような息苦しさを感じていた。

しかし、シュバリタリア王国の宝玉に比べたらどうってことはない。


(心を空っぽに……意識を集中する)


そこから自分の心の声が聞こえなくなった。



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