2-9 四天王大集合


「貴様らは馬鹿だ!」


 断言された。


 会議室に正座させられている二人の騎士団長は反論することもできず、グッと黙って項垂れた。


 赤毛のポニーテールを揺らし、大きな緑の目をつり上げて怒鳴った赤薔薇の騎士団長ボニー・フィッシュレッドは、そばかすの散った頬を真っ赤に染めながら唸るように声を絞り出した。


「大会後、小競り合いが落ち着いたかと思えばいきなり団長同士が決闘レベルの手合わせだと? 騎士達の演習を見守る立場の人間がいの一番に何をしている! 仲間の士気を上げるにしてもやり過ぎだ! お前達はまだ決勝戦の気分が抜けていない子供なのか!」

「まあまあ落ち着け赤薔薇の。男はいつまで経っても子供で、競争心から逃れられない生き物なんだ」

「青薔薇の! 擁護しないでいただきたい! 甘い対応ではこいつらはつけあがります!」


 このやりとり既視感があるなぁと思いながら赤薔薇の騎士団長を宥めるのは、青薔薇の騎士団長スワロー・ブルーバード。撫で付けた青い髪。右の目に眼帯をした彼は、左の黒い目を細めて楽しげに笑った。


「それはいけないな。何せ女の子の応援でつけあがって浮かれた結果がこれなのだし」

「青薔薇の君、それは違う! つけあがった相手を叩き潰そうとした結果だ!」

「一緒に破壊しておきながら自分は間違っていないなどと清々しい顔をするな馬鹿者!」


 凜々しい顔つきで反論した白薔薇の君ブライアンを叱り飛ばす赤薔薇の君ボニー

 彼女は怒りで湯気が出そうな程に全身を赤く染めながら、正座した男二人の前で仁王立ちしていた。


「思いつきとは言え王妃様主催の大会が終わり、内容が内容なだけに浮ついた空気が続いているのは否定できない…実際いつも以上に怪我人が増えている。だからこそ、騎士団長として上に立つ者が見本として、屹然としなくてはならないというのに!」


 ギラリと緑の目が光る。


「その騎士団長が率先して浮ついてどうする! 特に白薔薇ァッ!」


 苛烈な緑の目に射貫かれたブライアンだが、怯えることなく不満ですと言いたげに口を尖らせた。そんな態度にボニーの苛立ちも積み上がっていく。


「優勝者の黒薔薇が浮かれた花畑ふわっふわになっているのは想像できるだろう! 対抗して煽るのではなく、年上としてそれを諫め騎士として導く気概はないのか!」

「ないな。こいつは俺の(家族全員同列で一番だけど便宜上)世界で一番可愛い妹を俺から奪っていた花盗人だ。騎士として正しい道とかあり方とか関係なく隙あれば叩きのめしたい気持ちしかない」

「騎士道をどこに置いてきた白薔薇ァッ!」

「浮ついていた自覚はなかったが、確かに最愛のリリスの声援を合法的に摂取できるとあって浮かれていたかもしれない。次からは入場前に声を頂き、演習中には視線を頂き、帰宅時には感想を頂くことにする。つい力が入り過ぎてこれからも何か壊すかもしれないが、修理代はダークウルフ伯爵家に請求してくれ。責任はとる」

「最後だけ何故こっちを見たお前まさか弁償じゃなくて別の件についていっているか? 花盗人の件なら責任でなく返却を望むが?」

「それを浮かれているふわっふわというのだ冷静さを取り戻せ黒薔薇ァッ!!」

「初恋って怖いねぇ」


 取り敢えず、修繕は二人が責任を持って手配することで話はまとまった。

 修繕が完了するまでの間の訓練は別の演習場を使用することになるが、そこまで破壊したときは始末書ではすまさんからなとボニーが赤毛を逆立てながら吐き捨てた。


「さて、弁償の話も済んだことだし、真面目な話をしようか」


 ここでようやく、四人は同じテーブルを囲んだ。

 ブライアンとオニキスが問題を起こしたから集まったようなものだが、本題は別にある。


 整えられた庭園のように美しく穏やかで平和な国ガーデニア。四つの騎士団に守られた小さな国は、目立った争いがないだけで危険が全く無いわけではない。一般市民に気付かれぬよう、騎士団は今日も脅威かを遠ざけて国民の平和を守っている。

 その、驚異の話。


「西の国キャンバスでクーデターが起った」


 ガーデニアは、大陸の横にある小さな島にある三つの国の内の一つ。

 その中でも南部に位置するガーデニアは土壌が豊かで作物がよく育つ気候だ。島国なので海にも面していて、大陸との貿易も盛んである。

 同じ島国の二国とは山脈が境になっていて、その山脈は高く険しく深く「悪魔の山脈」などと呼ばれるほど人の手が入っていない。山脈はお互いの国にとって天然の要塞であり、天然の障害であった。


 海路で交流したほうが早いのだが、海流の関係で島の反対側に回ることができない。

 よって不思議なことに、海を挟んだ大国より同じ大地に立つ二国との交流のほうが少ない。

 少ないが、情報が全く無いわけではない。


 山脈を越えて東の国は【鉄の国】

 そして西に面した国は【キャンバス】


「あそこの王族は、なんと言うか…オラオラだっただろ?」

「そのようですね」

「わざわざ大陸を経由して書簡が届いたことがあったな」

「ああ、あの。【俺のものもお前のものも俺のもの】」


 スワローの言葉にボニーが頷き、オニキスが思い出した珍事をブライアンが補足した。


 早口言葉ではない。

 そう、とんだ珍事があった。


 土地からも海からも直接赴けないので、わざわざ大陸を経由して届けられた書簡。

 そう、大陸を経由すれば交流は可能だ。他国を経由するので関税がとんでもないことになるが、できないわけではない。

 しかしそこまでして届けられた書簡は、思わず呆れてしまうほど幼稚な内容だった。


「同じ島国なのだから育った作物は自分たちのものでもあるから半分よこせと尊大に書かれていたんだったか。王妃様が爆笑して陛下が届かなかったことにしたはずだ」

「他国に対してそのように無礼な振舞をするのだから、自国民に対する振る舞いも察するな。クーデターか。起るべくして起ったことだな」

「クーデターの規模はどの程度でしょう。キャンバスから商人が流れてくることはありましたが、ガーデニア我が国へ来るより大陸で商売した方が安上がりだからとその数も少なかったはず。かの国でのクーデターはガーデニア我が国にどれだけの影響が考えられますか」


 オニキスが思い出した書簡の内容を提示し、ブライアンがまた補足する。更にボニーが今後の影響を考えてスワローに問いかけた。


 リリス可愛いあの子が関わらなければ騎士団長として仕事のできるオニキスとブライアン。

 その頭にはボニーからの鉄拳制裁のこぶが残っているが、真面目に会議は続けられた。


「うん、王権交代するほどのクーデターだったみたいだけど、国民のほとんどが参加してほぼ無血開城。晒されたのは国王の首一つだそうだよ」


 ほぼ無血なので、全く血が流れなかったわけではない。


「こちらとしては様子見かな。相変わらず「悪魔の山脈」があるから交流はむずかしいし、向こうで賊が増えたとしてもこちらに影響はほぼない…とはいえ絶対ではないから、念のため赤薔薇の騎士団で国境警備をお願いしたい」

「承知しました。ネズミ一匹通しません」


 立ち上がって騎士の礼をしたボニー。

 フットワークの軽い赤薔薇の騎士団は、国境の警備に付くことが多い。脅威は外だけでなく国内にもある。目の届きにくい場所を警備して回るのが赤薔薇の重要な仕事だった。


 ちなみに黒薔薇は街の警護。事件が起きたときの対処が中心。

 白薔薇は近衛として王族の警備。用心の護衛が中心。

 そして青薔薇は情報収集からの統括が主になっている。


 かといってそれしかしないわけではないし手助けするときもあるので、基本的に四つの騎士団は連携をとって臨機応変に有事に備えている。


「副団長が戻り次第、任務に就きます」

「うんうん。副団長達もそろそろ戻るから労ってあげて」


 実は王妃様主催の嫁取り合戦を行うにあたり、副団長達は小隊を率いて遠征に赴いていた。

 それは騎士達の実力を測る大会が行われるため、国の主力がほぼ王都に集中するから。戦力の偏りを他国に隙だと認識させないように、敢えて副団長達は国中を遠征して回った。

 中には大会出場を狙っていた者もいたが、来年の出場を約束して送り出した。


 来年も絶対やると確信していたので。

 王妃様が楽しいイベントを一度限りで終わらせるわけがない。


「あ、そうだ。大事なことを言い忘れていた」

「大事なこと?」


 すっかりお開きの空気かと思えば、青薔薇が大袈裟に手を打って忘れてた! と笑った。


「実はキャンバスの元王族は子沢山で、二十四人の子供がいたらしくて。そのほとんどが亡命して現在行方がわからないらしい」


 多いな。

 三人は思わずスンッと表情をなくした。王族なのだから血を繋ぐ意味もあるとは分っているが、多すぎても争いの種だ。

 ちなみにガーデニアには十歳の王子が一人。元気にすくすく成長中だ。


「彼らは国民にとっても恨まれている。もし亡命してきた場合は引き渡したほうが後腐れもないと思うよ」

「あの書簡を出した国王と同じ頭なら、堂々と出てきて匿えといいそうだな。匿う必要もないから万が一見つけたら確保しろということか」

「そうだね。まあ万が一だ。王宮育ちがあの山脈を越えられるわけがないし、大陸へ逃げたとしたらこの島には戻らないだろうし」


 情報の一つとして覚えておいてとスワローはうっそりと笑う。

 その視線が一瞬、ブライアンとオニキスへと向けられた。


「キャンバス王家の特徴は金色の髪。金色の目だよ」


 ブライアンとオニキスは、揃って「んんー?」と首を傾げた。


 とっても覚えのある特徴だった。



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