2-2 やっぱりこれがデート


 初めての御遣いで手に入れた串焼きを片手に、リリスは初デートがこれでいいのか悩んでいた。

 ちなみにオニキスに銅貨を手渡され、お目当ての屋台で注文から支払いまでをしたのはリリスだ。


 オニキスは背後でずっとリリスを見守っていた。お目々キラキラで念願の串焼きを購入したリリス。どこからどう見ても貴族のご令嬢なリリスが串焼きに目を輝かせる様子は、オニキスだけでなく屋台の店主や隠れた護衛が微笑ましくなるくらい幼かった。


 オニキスをどこからどう見ても貴族だと断じたリリスだが、リリスもどこからどう見ても貴族のご令嬢だった。


 町歩きデートの予定だったので、少しでも平民に見えるようにと長い銀髪をおさげに結って、黄色い帽子を被った。白いリボンが巻かれた帽子はリリスのお気に入りである。

 着ているのはドレスではなく、ちょっと裕福な平民が着ているワンピース。白と黄色のギンガムチェックのワンピースは胸の下にベルトがあるこれもまたリリスのお気に入りだ。決してオニキスの目が蜂蜜色だから黄色を意識したわけではない。


 裕福ではないとしても貴族のリリスがお気に入りの服なのだから、見るからに質がよく平民向けの服ではない。それっぽく寄せているが、どこからどう見ても貴族のご令嬢だった。

 その貴族のご令嬢が幼女のような目で串焼きに釘付けなのだから、周囲はとっても和んでいた。

 おいしそうだねよかったねー!


 購入したときはお目々キラキラだったリリスだが、オニキスに促されて正気に戻ってからは疑問符だらけになっている。


 繰り返すが、初デートに串焼きは正解ですか。


(私は嬉しいけど男女としてこれはどうなの? 普通はレストランとかじゃない? でも私こっちの方が嬉しいわつまりこれで正解なの? どうなの?)


 教えてソフィラ。

 ここにはいない親友に疑問を投げかけるも、当然答えは返ってこない。そして彼女もリリスと似たり寄ったりなので「二人がいいならいいと思うよ…?」と首を傾げそうだ。

 疑問だらけだったが、手にした串焼きの香りに考えることを放棄した。


(何はともあれ念願の串焼き~!)

「いただきます!」


 大きく口を開けて、かぶりつく。

 貴族としてははしたないが、平民は皆こうして食べていた。それがとても美味しそうで真似してみたかったのだ。


「ん?」


 真似してみたかったのだが…。


「ん? んん?」


 噛みきれない!

 噛みきれないぞ!


 ちまちま頑張って噛むのだが、肉が硬くて噛みきれない。


 リリスが初めて購入した串焼きは、平らな肉が三切れ通されていた。その一番上に噛みついたのだが、いつまで経っても噛みきれない。リリスは一生懸命顎に力をいれた。


 ちみちみ。ちみちみ。

 ……全然噛みきれなくて涙目になってきた。顎が疲れた。


(あ、味は美味しい)


 胡椒が利いていて中々強烈だが、嫌いではない。

 だが噛みきれない。


(そういえば…大抵のものは切ったり千切ったりしてから口にしていたわ)


 かぶりつくのはサンドイッチくらいだ。

 その他、噛み千切るという行為に慣れていない。


 隣のオニキスはあっという間に食べ終えたのに、リリスはまだ一口に挑戦中だった。その一口で負けそうだ。圧倒的な力の差を見せつけられている。歯が立たないとはこのことだ。


「リリス。一度放したほうがいい」

「うう、おにひふはま…」


 肉から口を離したが、顎が疲れて口が回らない。涙目で隣を見上げたら、オニキスはハサミとフォークと木皿を持っていた。


 何故。

 どこから取り出したの。


 オニキスはリリスから串焼きを受け取って串から肉を取り外し、ハサミで小さく切り分ける。ハサミで? と思ったが、調理用ハサミというものらしい。食材を手軽に切り分けるのに使うとか。

 そう、このように。

 切り分けられた肉は木皿に載せられ、一口サイズになった肉にフォークが刺さり。


「さあ、これなら食べられるだろう。口を開けて」

「あ!」


 最終的にフォークに刺さった肉をあーんさせられた。

 初めてのあーんは串焼き(の残骸)でした。


「ん!」

「美味いか?」


 硬かったが味は気に入ったので、オニキスの問いかけに笑顔で頷いた。

 小さくカットされても肉は硬く、リリスは一生懸命咀嚼した。

 ちまちまちまちま咀嚼した。

 やっぱり中々噛みきれないが、先程よりは食べているという感じがする。

 念願のかぶりつきは失敗に終わったが、噛み切れないという新事実が発覚したので試した甲斐はあった。


(思っていたより味が濃かったわ。あれだけいい匂いがするんだから当然かも。しょっぱいけど、ガツンとくる……癖になる味かも)


 そう思いながらちまちま顎を動かすリリス。

 ふと、当たり前のようにあーんで半分ほど食べさせられていることに気付いた。恐ろしいことに流されて、疑問が行方不明になっていた。


「オニキス様、私自分でた……べ……」

「ん?」


 ――おかしいな。今食べているの、蜂蜜菓子だっけ?


 さっきまで強烈な胡椒味だったはずなのに、突然口の中に蜂蜜の甘さが広がった。

 それくらい、リリスに肉を差し出す、オニキスの表情は、とっても甘かった。


(おーっと、私ってばとうとう味覚にも異常が見付かったわ)


 既に嗅覚と視覚には異常が発見されている。

 主にオニキスの甘い視線からくる蜂蜜たっぷりな視線の影響で。

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