2-1 初デートがこれでいいの?


 かつてリリスは、兄のブライアンにお願いされて彼を応援するサクラをしていた。

 白薔薇騎士団の団長である彼を応援する応援団ファンクラブもあったのだが、声援で負けたくないからと領地から出てきた妹にお小遣いという名の賄賂を渡し、騎士の公開演習で応援してくれとお願いされていた。


 嫁ぎ先を探して領地から王都へ出てきたリリスだったが、自由に使えるお小遣いの存在が魅力的で、ついつい頷いてサクラを演じてしまった。

 その送り迎えを依頼主であるブライアンが買って出て、行きはともかく帰りは彼を待って騎士団本部前に佇んでいたリリス。彼女にはちょっとした野望があった。


(串焼きが…食べたい!)


 騎士団本部は王都の中心地に聳え立ち、広場がすぐ近くにある。

 その広場には屋台が並び、とても美味しそうな香りを周囲に漂わせていた。


 アレはテロだ。騎士団が取り締まるべき飯テロだ。

 屹然とした態度で取り締まるべきだが、いつも訓練でお腹を空かせている騎士達にとって安い屋台は恵みの補給所である。飯テロにあって腹を鳴らしながら、どの屋台に陥落するか選ぶのだ。


 俺は…屈しない! と気高い貴族も数ヶ月で陥落する飯テロだ。

 貴族から騎士になった男児がはじめてのおちゅかいをするのは屋台。

 ちゃんと人数分買ってこれるか。ちゃんと金貨ではなく銅貨を出せるか。度胸試しに近い洗礼があるらしいがリリスはそこまで騎士情報には詳しくない。

 何が言いたいのかと言えば。


(念願の…串焼き!)


 リリスはやっと、憧れの串焼きを手にすることができていた。

 が。


「リリス。立ったままは危ないから、ここに座って」


 婚約者のオニキスが一緒だった。

 なんでぇ?


「ありがとうございます…」


 彼は穏やかな声でスマートに、広場にある大きな噴水の縁にハンカチを敷き、その上にリリスを誘導する。

 黒を基調にした質素な服。リリスがみたことのある騎士服ではなく、黒いシャツに灰色のスラックス。彼は間違いなく伯爵家の跡継ぎなのだが、そうとは見えないラフな格好で町中に溶け込んでいた。

 嘘です。溶け込めていません。


(こんな平民絶対いないわ!)


 短く整えられた漆黒の髪。鋭く吊り上がった蜂蜜色の目。余計な部分をそげ落とし、鍛え上げられた美を持つ彼はどこからどう見ても貴族の輝きが抑えられていない。

 何よりラフな格好だからこそ、鍛えられた筋肉が隠しきれず浮き彫りになっていた。逞しいとは思っていたがここまでとは。リリスはいろんな意味で目のやり場に困っている。


 存在するだけで色気の暴力。流石黒薔薇騎士団の騎士団長オニキス・ダークウルフ伯爵令息。レベルが違う。

 オニキスの厚意に甘えて座りながら、リリスはぷるぷる震えていた。


 対するリリスはありふれた銀髪を靡かせた、ちょっとだけ大きな碧眼のどこにでもいる貴族令嬢だ。

 小柄で細いのでオニキスの隣に座ればすっぽり彼の影に隠れてしまう。美しい男性の隣に座るには、物足りなさを感じてしまう凡人だ。


 だというのに、オニキスはリリスが大好きだ。

 迫られたときは何が起ったのか全くわからず困惑したが、ブライアンと決闘になりかけて何故か国主体の嫁取り合戦が勃発するも大会を制し優勝賞品の『誓約の薔薇』をリリスに献上するくらいにはリリスが大好きだ。


 つまりベタ惚れである。

 あまりの勢いに、リリスはたじたじだ。

 たじたじではあるが好意的にオニキスの気持ちを受け止めた結果、二人は正式に婚約することになった。


 どれだけオニキスに熱烈に愛されようと、可もなく不可もない子爵家の令嬢は、伯爵家に門前払いではないかと怯えていた。

 杞憂だった。

 ダークウルフ伯爵家は何故か大歓迎だった。

 今すぐ嫁にこいと言わんばかりの勢いに、ホワイトホース子爵家の面々が思わず尻込みするくらいの歓待っぷりだった。


 大歓迎大賛成絶対逃がすな足から攻めろといわんばかりのダークウルフ伯爵家の勢いに暴走したのは、実家の後押しを得たオニキス。


「明日にでも結婚したい」

「落ち着きなさって!?」

「教会に行って誓いを立てれば成立する。書類を用意させた」

「記入すればいいだけの書類が出来上がっている…!」


 いざ結婚と小さなリリスを抱き上げて教会へ乗り込みそうだったオニキスを阻んだのはホワイトホース子爵家の兄妹。

 三男ブライアンが殴りかかり長男エイドリアンが妹を救出し次男アントンが説き伏せた。その間、五子であり長女のライラは暴走をはじめたブライアンの膝裏を強打して沈静化した。

 ホワイトホース家七人兄妹、王都にいる五人が大集合だった。


 嫁取り合戦の影響で全身筋肉痛だったアントン。恐怖ではなく筋肉痛で震えながら「私が計算した一番リリスが満足できる最短ルートの結婚計画書です」と短時間で計算した書類をオニキスへ手渡した。ぶるっぶる震えていた。

 しかしアントンの計算はいつだって的確だった。

 結婚に必要なドレスから見合った宝石の選別、会場の予約と招待客の招待状。式の余興やご馳走その他諸々の準備期間は最短で二年だと説得した。


「この計算式を無視すればリリスの満足げな笑顔をケアレスミス見逃します。乙女の夢である結婚式を蔑ろにし、リリスの気持ちを無視した結果は生涯ついて回り夫婦の間には測れぬ距離が生まれるでしょう」

「お義兄さま。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

(アントン兄さんがオニキス様を制した――!)


 流石武力では最弱だが、知識と胆力で活路を開く男。


 エイドリアン一人が何度もリリスに気持ちの確認を繰り返し、肯定の首肯を繰り返したリリスは三十五回目で首の感覚がなくなり取れるんじゃないかと恐怖した。

 オニキスとアントンの交渉がまとまらなければ三十六回目でリリスの首はぽろっと落ちていたかもしれない。危なかった。


 というわけでリリスとオニキスは現在、アントンが確保してくれた婚約期間中。

 つまりお互いをよりよく知るためのお付き合い期間中なのだ。


 結婚の約束はしたがそれはそれ。出会って間もない二人であることは間違いないので、しっかり話し合ってより仲を深めなくては。

 恋愛初心者のリリスは若葉マークを額に貼り付けながらも、婚約者らしくデートでもしようと思ったのだが。


(その初デートが串焼きなのは、どうなの?)


 教えて恋愛熟練者プロの人


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