番外編 ヤンキー騎士と小動物系令嬢 4


(事案…!)


 スパロウは一連の流れを振り返り、自分の行動に対してレッドカードを突きつけていた。


 言い訳をするなら、救護室に引きずり込んだあとは離れるつもりだった。本当だ。とにかくあのまま逃がしてはならないと思ったが、ちゃんと解放するつもりだった。

 だが一度しっかり腕に抱き込むと、無理だった。何が騎士だ。何が紳士だ。謝れ。

 あそこでソフィラが好きだと言ってくれなかったら、一体自分はナニを何処までするつもりだったのか…。


(騎士団長、俺です)


 もうクソ親父でもいいから自首するべきか。


 少し落ち着いて、救護室のベッドに腰掛けながらそんなことを考える。現実逃避だ。

 ベッドに座るスパロウの膝に乗っているソフィラからの現実逃避。


(…嬉しいけども!)


 放しちゃ駄目放しちゃ駄目と、くっついてくるソフィラはとても可愛い。小動物の本気を垣間見た。頑張ってひっつく小さい身体を、無理に引き剥がせるならそいつは冷血漢だ。

 というか小動物、意外と爪が鋭くて、引っ張っても中々剥がれない…。

 乱暴な抱擁を、恐がられなくて良かった。それは良かったが。


(それとこれとは話が違ぇんだよ…!)


 抱きしめられるのはいいが、接触が増えたことで猛禽類があらぶっている。頭の中で狩人の発砲が止まらない。全力で打ち落としにかかっている。


(ついかっ攫っちまった俺も悪いが…怯えるどころか大歓迎とか思わねぇだろ…)


 もうこのまま持って帰っていいかな…ぺったりくっつくソフィラを見てそんな考えがよぎるが、スパロウは騎士の礼節を思い出さねばならなかった。

 このまま連れ去れば誘拐犯。被害者がかなり協力的だが、誘拐犯だ。


 …いや待て。それって駆け落ちでは?

 いかん。それもありとか考えてはいけない。


 とにかく、スパロウは試合に負けた。『宣誓の薔薇』を受け取る栄誉は得られなかったが、本戦に出場したことでソフィラに気持ちがばれた。クソ親父がばらしたとも言うが、あの瞬間大袈裟に反応してソフィラを探したのはスパロウだ。もうあれが自供。クソ親父が戦犯だが、スパロウもうっかりしていた。

 気持ちもばれて試合にも負けて痛恨の極みだったが、そこにソフィラが現れた。情けない思いをした男のところに、相手の女がやって来たわけだ。

 不穏な台詞を聞かれて逃げられないようにと確保するのが先になったが、どうやらソフィラはスパロウを心配して…想いを、寄せてくれていたらしい。


(…これが、試合に負けたが勝負には勝った状態…?)


 それを認めると「だいたいクソ親父の所為」が「だいたいクソ親父のおかげ」になるので大変認めたくはないが、お互いの気持ちが確認出来たのはクソ親父がソフィラを招待した結果なので、スパロウは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 素直にお礼が言えない。だって相手が愉快犯だから。


 そのとき、ソフィラがもじもじと恥ずかしそうに身動きしだした。

 時間を置いて正気に返ったらしい。一瞬下ろしてやろうか迷ったが、その手がまだスパロウの服を握っていたのでそのままにした。あー、押し倒してぇな。一瞬飛来した欲望は一瞬で狩人に撃ち落とされた。 

 そんなことよりまず、しなくちゃいけないことがある。


「ソフィラさん。その…招待状を、俺が送れなくて、すみませんでした」


 送ったのは、なにをどうやって知ったのか、クソ親父だ。

 いや、あいつの情報網なら片手間だっただろう。腹が立つ。


「でも、私達、名前しか名乗ってなかったので…」

「…やろうと思えば俺にもできたこと、だったので。黒薔薇の言うとおり、俺が意気地なしだったから親父に先を越された、です」


 そう、クソ親父の情報網には勝てないが、俺だって調べようと思えば調べられた。

 それをしなかったのは時間がなかった…からではなく、そう、意気地なしだったからだ。


「大会に出ると決めたなら、そこまで徹底するべきだった」


 本当に大事なことだったのに。


(だからソフィラさんにも先を越されることになる)


 スパロウは腕の中にいるソフィラを、もう一度ぎゅっと抱きしめた。


「ソフィラさんが好きです」


 大会の顛末で察せられて、明言できていなかった気持ち。しかもソフィラに先を越された告白。

 こんな所まで誰かに先を越されるなんて、スパロウはとことん意気地がない。


「招待状は自分で送れないし、大会では黒薔薇に負けるし、あれこれ言い訳ばっかなダサいやつだけど…」


 自分で言って、本当にダサいなと思う。


「あんたが好きだ」


 腕の中で、小さな身体が震えている。

 それが恐怖からじゃないことは、真っ赤な耳が見えたから流石にわかった。


「俺に好きって言ってくれたソフィラさんは、俺と同じ気持ちだって思っていいか?」

「…!」


 こくこくこくこく!

 ひしっとしがみ付いたまま頷きを返すソフィラ。胸元に擦り寄るそうになって、スパロウの胸中は羽ばたきの音と銃声に満ちている。


(あ~くっそ可愛い押し倒してぇ)


 スパロウは悪い騎士だったので、女性経験がないわけではない。しかし純情な少女を相手にしたことはない。後腐れのない相手としか付き合ってこなかったとも言う。

 こんな、触れたら壊してしまいそうな子と。あんなことは…正直したいが。


(駄目だ。両想いだからって乱暴に進めちゃ駄目だろ。無責任なことはできない)


 大事にしたい。大事にしたい。

 大事にしたいから。


「なら、待っていて、ください」


 ――貴族のお嬢様を嫁に貰うのに、ただの騎士では駄目だ。

 信用信頼は勿論経済力も必要だ。貴族のお姫さまに…違う。惚れた女に、苦労などさせられるか。


「あんたを絶対、攫いに行く」


 …しまった。最後に本性が出た。

 一瞬ひやりとしたが、ソフィラは頬を染めて頷いてくれたので、スパロウは色々吹っ切ってソフィラの額に口付けた。



 その後、動転したソフィラは友達がいるので観客席に戻ると救護室を飛び出した。一人で行動させられないと追いかけたスパロウに結局観客席まで送られたソフィラは、真っ赤になりながら観客席に戻りお姉様方からニマニマ微笑ましく出迎えられることとなる。


 そしてスパロウは。

 大会を最後まで見届けず、即行で家に帰った。

 家の玄関から始まり廊下の隅から隅まで、窓やら扉やら天井やら、すべてに小さな罠を仕掛けていく。呆れた母が厨房だけは残せと言ったのでそれ以外の部屋すべてに…父親を仕留める用の罠を設置した。


 一太刀でも入れられたら騎士団長だと言ったな?

 入れてやろうじゃねぇか!

 罠を仕掛けるのは卑怯? 騎士道? 知らねぇな。倒さなくちゃいけない相手は何を使ってでも倒すんだよ!!


 貴族の嫁を娶るためにまずは地位を。そしてそれに見合う功績を。順番が逆だろうと、目的を果たすための努力は惜しまない。


(引導を渡してやるよクソ親父…!)


 スパロウは今までに無いくらい緻密に計算して、目的を果たすため、自宅に罠を張り巡らせた。

 しかし帰宅した青薔薇騎士団長に、傷一つ付けることは叶わなかった。

 スパロウの苦難はそう簡単には終わらない。


(クソが!!)


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