番外編 ヤンキー騎士と小動物系令嬢 2


 それからというもの、スパロウとソフィラは時間が合えば必ず図書館の庭園でベンチに並んで座り、本の感想を語り合うようになった。

 お互い相変わらず家名を名乗らなかったが、ちょっとした世間話で知った情報は相手の為人を彩っていく。


 ソフィラは読書好きの十六歳。スパロウの八つ年下で、王都棲まい。何時も決まった時間にこの図書館にやって来て、気になった本を借りていく。

 どうやら図書館の館長と知り合いのようで、ソフィラ好みの冒険譚を取り寄せてくれるらしい。


(…図書館の館長は、確かミモザ商会の会長だったな)


 詳しく知らないが、確か女性だった。うん。女性だった。


 そんなしょうもないことを気にして安心してしまうくらい、スパロウは八つ年下の少女が気になって仕方がなかった。そして自惚れでなければ、ソフィラもスパロウを気にしてくれている。

 何の約束もないのにこれほど頻繁に会って、楽しく語らっていれば、なんとなく相手からの好意は感じ取れる。というか…。


(目が合えばぱっと目を輝かせて、ちょこちょこ小走りに近付いてきて、嬉しそうに挨拶して「本日はお時間ありますか…?」なんて期待と不安入交の上目遣いされて、答えによって浮き沈みのよくわかる表情をされてみろ…襲わない俺は紳士だ!)


 心の中で荒れ狂う猛禽類を撃ち抜く狩人の顔は真顔だ。


 こんなに純粋な女がいるわけないと尖った目で観察したこともあるが、無理だった。

 観察すればするほど純粋培養ばぶちゃんだった。

 おい家族。どうしてこんな女おこちゃまを解き放った。ちゃんと家で守ってろ。いいや、俺が守るしかねぇ。


 幸いスパロウは武力も顔面力も凶悪なので、おかしな輩がソフィラに近付くことはなかった。

 ちょっとヤンチャした名残でスパロウのガラの悪いお友達がソフィラに近付こうとしたこともあったが、本人に気付かれる前に駆逐した。まさかの青薔薇の君クソ親父直伝の情報収集が火を噴いた。青薔薇の君愉快犯の功績みたいでくっそむかついたが助かった。


 とにかくスパロウは必死だった。必死に言動を取り繕っていた。ソフィラから向けられる「勇者様」への信頼を裏切ることなどできなかった。


 それに相手は絶対貴族。何度か一緒に食事に行ったが、所作のお上品さからして絶対いいところの貴族。将来は平民である俺が手を出していい女じゃない。


 わかっているけど攫ってしまいたい。でも泣かせたくない。

 何も知らないうら若き乙女に、悪いことを教えてしまいたい。

 いや駄目だ俺は騎士。俺は騎士だ。しっかりしろ。

 帰り際の、もっと一緒にいたいアピールでちょんっと袖を握られたときなど危なかった。無意識だったらしく盛大に慌てていたのが押し倒したくなるくらい愛らしかった。そんな潤んだ美味しそうな目で見上げるな猛禽類本能が暴れ回る。狩人理性にだって限界があるんだぞ。


 頼られて、好かれているのはわかる。だけど踏み出せない。

 だってスパロウは八つ年上の騎士で、更にいうとお行儀がとっても悪いのだ。

 今は必死に取り繕っているが、一歩踏み出したらこの小動物を食い荒らしてしまう。


(相手はお貴族様で、八つ年下で、かなり純情な乙女だ。駄目だろ。美味しそうだからって駄目だろ。命を預ける武器より大事に丁寧に扱え)


 家名は継げていなくても、その言動で自分との立場の違いはわかるのだ。わかっているのに無責任に、この花を手折ることはできない。ただでさえ貴族の礼儀のない態度で接しているのだ。これ以上踏み込むのは、お互いのためにならない。

 わかっているのに。

 微笑んでくれる愛らしい女の子を、遠ざけることもできず…。

 スパロウは悶々としていた。


 そんなときに、騎士団で嫁取り合戦などというふざけた大会が催された。


 マジで何だそれふざけてんのか?

 概要を確認してもよくわからなかった。王家大丈夫か? と心配になったほどだ。

 しかし。


(『宣誓の薔薇』『王妃のバックアップ』『誰だろうと参加を拒まない』…)


 クソ親父青薔薇騎士団長の息子のスパロウは、王妃様が有言実行偽りは口にしない行動力の塊だと知っていた。だから、きっとこのふざけた催しも本気なのだろう。


(――本気だから、なんだよ)


 一瞬でも、桃色の薔薇を渡す自分の姿を想像してしまい、舌打ちをこぼした。


(それをしたら、ソフィラさんが逃げられねぇだろうが)


 好意を寄せてくれるのは感じている。だがそれは、スパロウの外見が【蒼穹の勇者】に該当するからだ。冒険する勇者のように思われているのに、中身がこんな乱暴者などとばれては幻滅されてしまう。

 しかしこの薔薇があれば。

 身分も、感情も無視して、彼女を手に入れられるのでは――…。


 スパロウは邪念を払うため自分の頭を自室の壁に打ち付けたが、珍しく狩人が狙撃を外し。

 うっかり、招待状にソフィラの名前を書いていた。


(…書いてもどこに出せばいいかわからねぇくせに何してんだ俺は!)


 しかも気付けば夜が明けていた。

 スパロウは深く息を吐いて、招待状に記入した名前を見ないよう適当な本に挟んで、本棚に戻した。


「…馬鹿か俺…」


 その本が【蒼穹の勇者】だったので、思わず苦笑した。

 こないだまで埃を被っていた本だというのに、彼女との会話が楽しくてうっかり読み直したのだった。

 勇者は何時も勇敢だが無謀で、向こう見ずで…いつだって諦めない。


 ああくそ。悪態を吐きながら、スパロウは息を吐いた。


(大会には、出よう。出て、実力で勝ち上がって…それから、考える)


 何せ騎士団長が出場する大会だ。今のスパロウがどこまで行けるか、それを知るためにも出場した方が良い。そう自分に言い訳して、スパロウは部屋を出た。

 見ないようにした招待状が、まさか家名も知らなかったのに、正確に本人へ出されていたなんて…。


(むしろどうやって出しやがったクソ親父…!)


 スパロウは痛む腹を抱えながら、大会の救護室で盛大に舌打ちしていた。

 最悪だ。本当に最悪だあの野郎。

 予選は突破したが本戦で黒薔薇騎士団長オニキスと当たり、スパロウは彼に敗北した。悔しいことに、実力でも精神でも敗北した。

 だがしかし、言い訳させて欲しい。


「いるとは、思わねえじゃん…!」


 だって招待状、出していないのだから。


 こっちはいろいろ悩んでいたのだ。年の差とか身分差とか自分の凶暴性とか。

 怖じ気づいたと言えばそうだが、開き直ってかっ攫うほどスパロウは図太くなかった。むしろ真面目な部分があるからこそ父親の下で働きながらやさぐれている。

 やさぐれながら一生懸命、いたいけな少女を怖がらせないようにと取り繕っていたのに。


「あのクソ親父の所為でばれた…クソがッ」


 解説だとか言いながら嬉々と弄ってくる父親の姿に殺意しかない。くたばれ。くたばれ愉快犯な親。

 しかも情けなく負けて、意識を失ったところもしっかり見られた。


「…その前から情けなかったけどよ…くっそ」


 黒薔薇に、本気を出せと言いながらこれだ。実に恥ずかしい。

 すぐ意識は戻ったが、念のため打撲の治療を受けた。念のため少し休めといわれてベッドに座ったスパロウは、腹の打撲より頭が痛かった。色々考えることがあって頭が痛い。そう、今一番の悩みは。


「…ソフィラさんが図書館に来なかったらどうしよう…」


 これだ。

【蒼穹の勇者】のイメージ違いだと、幻滅されていたらどうしよう。

 何故か愉快犯クソ親父は彼女の素性を知っていたが、スパロウは知らないのだ。あの図書館で会わなくなれば、接点は消えてしまう。

 それを恐れてこっちはらしくなく慎重になっていたというのにあのクソ親父。


「…こんなことならかっ攫っときゃ良かった…」

「えっ」

「あ?」


 かたん…。

 聞こえた物音に、スパロウは顔を上げた。狭い救護室の出入り口が開いている。

 開いた扉の影から…頬を染めたたんぽぽ色の少女が、こっそり室内を覗いて。


 あ゛?


 一秒。一瞬の判断。

 ――戦場で勝敗を決するのは、その瞬きの間である。


「あの、わ…」


 ソフィラが何か言う前に。

 小動物は飛来した猛禽類に鷲掴みされ、救護室に引きずり込まれた。


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