SS 騎士団の食堂は騒がしい 2


 青薔薇の下っ端騎士団員は、白薔薇に回収されていった。


 白薔薇、とっても綺麗で麗しい笑顔だった。


 ちなみに俺はお咎めなしだった。売りつけられていただけの被害者(?)だと理解してくれたらしい。

 恐らく途中から会話をしっかり聞いていた。危なかった。欲しいと一言でも発していたら俺も終わっていた。

 しかし問題なのは、やつの書いた本が数冊テーブルに残されたままだということだ。


「これはここに置くのは駄目だな。完全オリジナルじゃなくてモデルがいるから駄目だ。俺が責任を持って燃やさないと…」


 そう呟いて、俺は本を抱えた。一応責任感からの行動だった。しかし。


「本を燃やす気か?」


 厳しい声に、俺は再び飛び上がった。

 振り返れば、我らが高貴なる赤薔薇の騎士団長が、厳しい目付きで俺を睨んでいる。


「だ、団長!」


 何故ここにと言いかけて、騎士ならば誰もが利用する食堂だと思い出す。誰が来ても不思議ではない。

 そして団長は、細い身体で腕を組み、容疑者を詰問するように自分の部下を見ていた。


「焚書は学問への冒涜だが、本気か」


 俺は雷が落ちるような衝撃を受けた。


「本に込められた思想や物語を尊重する団長解釈一致です一生ついて行きます!」

「会話をしろ」

「すみません!」


 団長への尊さが溢れてちょっと止められなかった。


「それで、その本は…」


 タイトルを確認しようと、俺の腕で隠れている部分を覗き込もうとした団長に、俺は震え上がった。

 丁度見えそうなのが『薔薇の蜂蜜漬け~少女は悦楽に沈む~』なんてけしからんタイプの本だったので。絶対見せられないやつ!!


「駄目です団長の目に晒せないタイプの本です! 団長が穢れてしまう!! それだけは許されない!! 団長が穢れたら切腹しても償いきれない!! 団長の純潔は俺が守るんだ!!」

「何を叫んでいるんだ貴様ァ!!」


 この団員、やべえことを叫んでいる自覚がない。


 しかし共感した他の団員が立ち上がった。食堂で聞き耳を立てていた団員たちだ。

 彼らは所属騎士団関係なく、バケツリレーの要領で本を奪取して団長から逃げた。


「俺に構わず先に行け!」

「後のことは任せた!」

「ここは俺がなんとかする!」

「これを団長に渡してはならない!」

「振り向くんじゃねぇ!」

「立ち止まるな!」

「俺の屍を越えていけ!」


 全部本を運ぶやりとりである。


「何を遊んでいるんだお前たち」


 意味が分からず呆然と見送った団長は、腕を組みながら思案した。

 よくわからないが、自分には見せたくないらしいと考え…。


(女の私に見せたくないということか…つまり春本か?)


 ある意味春本で間違いない。


(高潔なる騎士がそのような物を団内で共有するなど…とはいえ、男にはその手合いの本が必要だと聞く。厳しく取り締まりすぎておかしな発散をされる方が騎士団としては致命的か? ここは私が寛大になるべきか…)


 上に立つ者としてとっても真面目に考えた。


「…本を燃やす必要はない。私は見ないからお前たちで好きにしろ」

「団長…!」

「本を一冊作るのに、どれだけの労力がかかるか。相容れない知識だとしても、燃やすのは本を作った者だけでなくその知識を求める者たちへの冒涜だろう。私は見ないので、好きにするといい」

「「団長…!」」

「訓練に遅れるなよ」


 そう言って、鮮やかな尻尾を翻して去って行った。


 こんな本にも理解を示すなんてかっけぇ!! 一生ついて行きます!!


 …が、結果、問題の本の処遇に困った。

 バケツリレーに参加した団員たちは顔を見合わせて、自然と円陣を組んで話し合いをはじめた。


「どうするよ」

「作者に返すか」

「あいつ白薔薇に連れていかれたから暫く帰ってこないぞ」

「白薔薇に見付かったらそれこそ燃やされるんじゃね?」

「団長が怒るから白薔薇に見付からない場所に寄贈…」

「欲しいかこれ…?」

「誰が欲しがるんだ…?」

「わからんが重版しているから需要はあるんだろう」

「うわほんとだこれ三刷り目だ」

「マジか」


 マジか。


 思った以上の需要の多さにドン引いた。やつが堂々と商売をしていたので、やつの客が騎士だとなんとなく察して居たので更にドン引いた。

 公式じゃないぞ。非公式だぞ。白薔薇にへし折られたいのか。


「…しょうがない。俺たちで手分けして保管だ」

「いらねぇ…」

「だが他人の目に付かないようにとなれば妥当か…」

「あいつが戻ってきたら即返そう…」


 ということで各々が適当な本を持って解散することになった。

 ここで懺悔すると、俺はやつが最初に差し出した団長と共闘する内容の本を保管することを選んだ。


 解散した彼らは知らない。

 ずっと食堂にいた青薔薇の君が一部始終を見守り腹筋を鍛えていたことを。


 彼らは知らない。

 好奇心でページをめくり、何人かの性癖が捻れてしまう未来を。


 彼らは知らない。

 うっかり保管場所を誤って他の団員にも本の内容が流出していくことを…。


 彼らは知らない。

 数ヶ月後、四天王の前で土下座する未来があることを。


 つまり、結局高貴なる赤薔薇の騎士団長に本の内容が知られてしまう未来があることを。


「団長の純潔を…守りきれませんでしたぁ!」

「語弊のある言い方をやめんか貴様ァ!!」


 彼らはまだ知らない。

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