SS 騎士団の食堂は騒がしい 1
赤薔薇の騎士団に所属する下っ端騎士は、その日、衝撃を受けた。
騎士団本部の食堂に、とんでもない忘れ物が置かれていたのだ。
騎士団本部には四つの騎士団が過ごす区域があるが、食堂は中央にあり、どの騎士団も関係なくその食堂を利用している。さすがに全員が集中すれば混み合うので、それぞれ適当に時間をずらして利用している。決まりはないが、暗黙の了解というやつだ。
そして下っ端団員は遅い時間に食堂へ現れた。下っ端なので、何時も先輩たちの食事が終わってから食堂を利用していた。
だから確実に、彼が座った席を利用した先輩騎士がいる。その先輩騎士が誰か知らないが、知りたくない。
だってとんでもない忘れ物をしている。
忘れ物は本だった。
時々指南書を置きっぱなしにしている奴もいるので、今回もそれかと思って気にせず着席したのだが、よく見たら全然違った。失敗した。この本の持ち主だと思われたくない。
テーブルの上に忘れ去られた本。ちゃっかり表紙を晒している本。堂々と鎮座する本のタイトルは、やけに大きく書かれていた。
『若き未亡人は、義弟に求婚される~十年早いわ出直しなさい~』
何だこれ。
本当に何だこれ。
表紙に書かれた題名もだが、表紙のイラストがちょっときわどく、わかりやすく挑発的な女性と跪く男性のけしからん構図なのもよくない。
何だこれ。俺にどうしろと。
忘れ物です、と事務所に届けたくない。見なかったことにしたいが、席はだいたい埋まっている。取り敢えず無心で昼食のサンドイッチを食べた。美味い。普通。
(見なかったことにしよう)
そう思ったのだが、向かいに同期の騎士が着席した。青薔薇の騎士団所属の下っ端は、例の本に向き合うように座る。
「どう思う?」
「やめろ話題にするな」
視線でそれを見ながら聞くんじゃない。
両手を組んで顎を乗せるな。ちょっと深刻そうに切り出すのをやめろ。
「ちなみに俺が書いた」
「お前だったのか…!」
忘れ物を取りに来た本人かよ!
「ちなみに先日の嫁取り合戦参加者からインスピレーションを得ている」
「勝手にモデルにするな!」
我が国にその辺り取り締まる法律はないが、モラルに則って行動しろ騎士だろう。
「重版するほどの売れ行きだ」
「需要あんのかよ!」
駄目だろう。欲しがる側も駄目だろう。
「ヤンキー騎士と小動物系女子。インテリ男女の公開告白。溺愛執着粘着デロ甘騎士団長と無自覚翻弄小悪魔女子」
なんとなくどれが誰だか察せられた。軒並み本戦出場者が犠牲になっている。
「そしてつよつよ女団長との恋愛本」
不覚にも反応してしまった。
わ、我らが赤薔薇の団長との恋愛本だと…!?
「ふっ。所詮お前も同じ穴の狢」
「や、やめろ。おおお俺は別に団長にそんな」
「惚けるなあんなことやこんなことがしたいんだろう。言え! 性癖を曝け出せ!」
「イヤだ! そんなんじゃない! 団長を穢すな!」
「ふん。結局それか。俺にだって分かってるさ…お前が求めているのは、これだろ」
「そ、それはっ」
勿体ぶってやつが懐から取り出したのは、一冊の本。
「題して『団長と背中合わせに敵を殲滅する
凜々しい赤薔薇の騎士団長と背中合わせになっている男性騎士のシルエット。背中合わせに同じポーズととっており、一心同体の相棒感が溢れている。
俺は心臓を押さえた。
「ぐう! 正確に射貫いてきやがった…っ」
「このド健全が! それでも男か! そんなに汚れを知らず男として恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしいのはお前だ!」
俺としては間違っていない発言のつもりだったのに、心外! と言いたげな顔をされた。
「何を言うか。男として当然の行動だろうが。そもそも自らの性癖と向き合うのは人との距離感のためにも必要なことだ。鞭が欲しいか飴が欲しいか。与えたいか与えられたいか。年齢差はどこからどこまでが性的に見えるのか。自分に向き合うのは社会に溶け込み、他人との付き合いを円滑にするため必要なことだろうが。自らを犯罪者にしないためにも自分の性癖を理解し、適度に発散する必要があるだろう!」
「イイコト言っているみたいに纏めてるがお前のしていることは人権侵害だ。恥を知れ!」
許可なくモデルにして好き勝手するのは良くない。
しかし回答はずれている。
「そんなことはない。何も恥ずかしくないとも」
「人様をネタにするのは恥ずかしいというか失礼なことだろうが」
「ばれなければいい。そう、ばれなければ。これとか」
「は? …『麗しの騎士と堅物騎士の愛憎』『弟騎士と兄文官の禁断愛』『白薔薇は染まりたい』…?」
懐にどれだけ忍ばせているんだと問い詰める前に寒気を覚えた。
これすべて、共通の人物がモデルになっている。しかも同性恋愛がテーマ。そういう愛もあると思うが、モデルがいる状態でそれはデリケートな問題すぎる。
「これは駄目だろ」
「大人気なんだ」
「いや駄目だろ」
「ばれなければいい」
いや駄目だろ。
「まあそれよりも、お前…この本が、欲しいか?」
力が欲しいか的なノリで本を突き出すな。
そして理解する。こいつ商売してやがる。俺に対して商売してやがる。
ここは騎士として鉄拳制裁すべきか。同期として一応諭すべきか。本はちょっと欲しかったが欲望に負けてはならない。そう、俺は高貴なる赤薔薇の団長が所属する赤薔薇の騎士団。こんな誘惑に負けてはならない。
「一応もう一度言うが…駄目だぞ」
「ばれなければどうということはない」
「ばれなければな」
俺は飛び上がった。
俺ではない誰かが会話に割って入り、やつの肩を背後からぽんと叩いたのを見てしまった。
そこには、麗しい笑顔の白薔薇の君。
背後から肩ポンされ、肩を握りつぶさんばかりの握力と声から誰かのか推察したのだろう。やつは石像のように固まった。
白薔薇の君…ブライアンは、女性が黄色い声を上げるのも納得なキラキラした顔で、優しく囁いた。
「ばれなければどうということはないなら…ばれたらどうなると思う?」
「…死ッ!」
やつは己の運命を理解して抵抗せず両手を挙げた。
騎士団長そいつです。
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