第28話 私の気持ち


『実力は互角。これは制限時間を越える可能性が出てきたわね。一体どちらがこの大会の覇者となるのか!』

『実力的にはどちらもありえる。これはご令嬢への想いが強い方が場を制すに違いない』


 そんなことはないと思う。


 両手を組んで真面目な顔をして解説しているが、青薔薇の君が愉快犯であることは息子さんの試合で判明している。今もちょっと口元笑っているのが見えていますよ。

 一瞬だけ背中を撫でてくれているソフィラとスパロウがどんな会話をしたのか気になったが、さすがに今聞くことじゃない。


 羞恥でぷるぷる震えているリリスの背中を撫でていたソフィラが、そっとリリスの手を握ってくれた。涙目で顔を上げると、ソフィラが労るような顔でリリスを見ている。


「リリスは…どっちに勝って欲しい?」

「にょっ」


 ずっと自問自答していた問題を、ソフィラに切り込まれた。

 油断していたリリスは奇声を上げたが、ソフィラは真剣な表情でリリスを見ている。お子様ばぶちゃんを見守る優しいお姉さんの目付きだった。


「ダークウルフ様が勝ったら、きっと婚約とか、お話が出ると思うけれど…リリスはダークウルフ様とどうなりたい?」


 その質問は二回目だ。

 リリスの答えは突然の嫁取り合戦告知で有耶無耶になった。それでもその問いかけは、ずっとリリスの中でグルグル回っていた。


 リリスはソフィラと握りあった手に力を込めて、ソワソワと爪先をこすり合わせた。


「どうって…婚約したら、どうなっちゃうのかしら」

「え、あの、えっと」


 お姉さんの顔をしていたソフィラもぽっと頬を染めてお子様ばぶちゃんの顔になった。二人は揃ってもじもじしている。周りを囲んだ令嬢達は思わず和んだ。

 恋愛初心者よちよち歩きの子が二人もいるわ。そしてそのどちらも、求めている殿方がいる。


「わたくしが口を挟むのも何ですが、よろしくて?」

「「にゃ…っ」」


 手を取り合って飛び上がる仔猫ちゃん可愛い二人に、子爵夫人は扇子で口元を隠しながら艶然と微笑んだ。にやけていないかちょっと心配だった。


「もうここまで来たら兄が勝つかブライアン様が勝つかわかりませんわ。だからこそここで、リリスさんが意思表示するべきです。兄と仲を深める気があるのかないのか。今リリスさんがはっきりさせなければならないのはそこですわ」

「仲を深める…」

「言葉を交わすようになってまだ間もないのでしょう? 交流の機会が欲しいか、欲しくないか。兄も飢えてはいますがいきなり獣にはならないでしょう。あれでも黒薔薇の騎士団長なので」

「にぃ…?」


 ちょっと後半は意味が分からなかったが、言いたいことはなんとなくわかった。


 そもそもリリスとオニキスは、ブライアンの妨害でお互いのことを知る機会が阻害されている。オニキスは手紙をくれるが、書かれているのはリリスへの愛の言葉だけでオニキス本人の情報は少ない。


 これから先、オニキスをもっと知りたいか。知りたくないか。


 ブライアンが勝てば、その機会は失われる。彼は大事に育てている花に近付く害虫を許さない。

 オニキスが勝てば、堂々と交流することができる。

 といっても呑気なリリスにもわかっている。待っているのは結婚を前提としたお付き合いだ。

 リリスがそれを、望むか否か。


『愛せないと思うなら、どれだけ愛されても拒みなさい』


 ライラの言葉が蘇る。


(そんなことない)


 反射的に浮かんだ否定。


(イヤじゃ…ないもの)


 イヤじゃない。ただ、ちょっと勢いが怖いだけだ。

 ちょっとずつ蜜を増やすのではなく、最初からたっぷりどっぷり甘くされて慄いてしまっているだけ。


 そんなにたくさん掛けていいの? 本当にいいの? 実は後から対価を強請らない!? 実はお高いんでしょう! なんて心配が過るのだ。


 生理的嫌悪はない。拒否感もない。むしろ好感度は高い。そうじゃなければ、スケッチしたりしない。

 それでも疑問は尽きない。戸惑いも残っている。不相応だと不安もある。

 だけどここでブライアンが勝って、オニキスを遠ざけるのは。

 それは、違う気がした。


『おーっとブライアン選手がここで勝負に出てきた!』

「にゅっ」


 考え込んでいたら、勝負は佳境に入っていた。


『今までと比にならない猛攻! 次々と繰り出される突きの嵐! 棘の鞭を振るうように縦横無尽な攻撃がオニキス選手に襲いかかる!』

『本気を出した白薔薇の瞬間攻撃打数は四天王トップだろうね。彼は両手を使い分けるから変則的で動きが読みづらい。これは黒薔薇が押されるかもしれない』


 守りの堅さで言えばオニキスの方が上だが、ダメージが蓄積されれば堅牢な守りにもヒビが入る。

 オニキスの肩を、ブライアンの剣が擦ったのが見えた。

 オニキスが押されている…リリスは思わず、立ち上がって叫んだ。


「オニキス様頑張って!」


 思わず飛び出した、オニキスへの初めての声援。

 黄色い声は出せなかった。必死な声しか出なかった。


 しかしその声援は、オニキスに届いた。

 届いて、そして――――。


 両者同時に、崩れ落ちた。


「にぇ…?」


 リリスがオニキスへ声援を送った瞬間。

 オニキスとブライアン、双方がべしゃりと地に伏した。


 なんでぇ?


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