第27話 決勝開始


 リリスが衝撃の事実に打ち震えている間に、やっぱり事態は勝手に進んでいく。


 決勝戦ということで会場は大いに盛り上がっている。本戦に進出した人数が少なかったので回数自体は少ないが、ほどほどの茶番が盛り込まれていたので余興として楽しまれているようだ。でも多分一番楽しんでいるのは司会兼実況の王妃様だ。

 今もノリノリで、拡声器に向かって声を張り上げている。


『勝ち上がったのはこの二人! まずはAブロックからここまで勝ち上がったこの大会に熱い想いを掛ける男、オニキス・ダークウルフ選手!』

『誰よりも大会に掛ける想いが濃厚な男です』


 そこは熱いとか重いじゃないの? 濃厚なの? リリス以外から見ても濃厚なの?


 第三者から見ても濃厚らしい想いを抱えた男、オニキスは特に表情を変えることなく舞台に上がった。

 そしてやっぱり三階席を見上げてくる。

 見上げて、席が替わったことに気付いたのだろう。少し目を丸くして、けれど問題なくリリスを見つけて目元を緩めた。


 これ、ストップって言っても蜂蜜を掛けるのやめてくれないやつだ。滝のように蜂蜜が止まらない。

 パンケーキに蜂蜜を掛けているんじゃない。浸しているんだ。

 やり過ぎです。ドクターストップが入っちゃう。


『Dブロックからトントン拍子で駆け上がってきたのは、実は予選で誰よりも多くを倒している麗しの白薔薇ブライアン・ホワイトホース選手!』

『結局Dブロックの全員と戦ったので、数だけなら一番屍を積み上げた男です』


 言い方。


 しかし間違っていない。他ブロックで選手同士が削り合っているのを横目に、一対一タイマンを貫いたのがDブロック。勝ち続けたブライアンが他より多くの屍を築き上げるのは道理だった。

 それなのに、疲労を全く感じさせないのはどういうことだ。体力どうなっている。


 舞台に登ったブライアンは爽やかに、会場全体に手を振っていた。

 決勝戦だからか、リリスのいる観客席に集中的にファンサしてきた。リリスを囲むご令嬢たちが黄色い悲鳴を上げている。子爵夫人も声が黄色い。


『さあ泣いても笑ってもこれが最後の戦い。勝者にはお約束通り、わたくしから【宣誓の薔薇】を贈呈するわ。こちらがその【宣誓の薔薇】よ!』


 王妃の合図で侍女が前方に歩み出て、籠を掲げた。籠の中には綺麗に纏められた薔薇の花束。

 他の薔薇より小ぶりで花弁が多く、優雅な佇まいの高貴な薔薇。

【宣誓の薔薇】はふわりと花開き、輝いていた。


『勝者には十二本の【宣誓の薔薇】を贈呈するわ。知らない人も居るだろうから説明するけれど、十二本の花束は、一本ずつに意味があるの』

『感謝。誠実。幸福。信頼。希望。愛情。情熱。真実。尊敬。栄光。努力。永遠だ』

『ええ、そしてこれらを全部纏めてシンプルに【結婚してください】という意味があるわ。是非この花束で、愛する人に【宣誓】してちょうだい!』


 王族が【宣誓の薔薇】で婚約を申し込むのは有名な話だ。

 それと同じことが許される。それがどれだけの栄誉か。


『でもちゃんと根回ししないとお断りされちゃうから使いどころは十分注意してね~? その場の勢いで告白してもドン引かれちゃ意味ないわ! 誓いの薔薇であって勝利の薔薇ではないから勘違い注意よ!』

『さすが王妃様。天まで上げて地の底に落とすのがお上手』

『独り善がりな愛は波乱の元よ!』


 そう言われてドキリとした。

 愛は、向き合わなければ成り立たない。


『さあ! 熱い想いを筋肉に載せて! いざ参らん最終決戦!』


 最初から最後までノリノリな王妃の声は高らかに響き、舞台の二人は視線を合わせて向かい合った。


『制限時間は三十分…決勝戦はーじめぇ~!』


 開始の笛の音が鳴ると同時に、響く衝撃音。

 今までの戦闘の比ではない速度で、白と黒がぶつかり合っていた。


『あらやだ初っぱなからクライマックス。休憩を挟んだのにギア最高潮。ゆっくり出発進行スロースタートとか言っていられない特急列車スピード感ね』

『決勝戦だからね。仕方がないね』


 実況解説の会話はのんびりしているのに、聞こえてくる硬いものがぶつかり合う音は絶え間ない。


 主に攻めているのはブライアン。両手を巧みに使って武器の持ち手を変え、変幻自在に攻めている。手数が多い。多すぎる。

 受け流しながら確実な攻撃を狙うのがオニキス。ブライアンの技巧をいなしながら隙間に捻じ込むように隙を見つけては重い攻撃を放っている。音が重い。重すぎる。


『白薔薇と黒薔薇の実力はほぼ互角。敢えて言えば白薔薇の方が俊敏で、黒薔薇の方が重量がある。花びらを散らすように舞うのが白薔薇で、花の根元から落とすのが黒薔薇だ』


 ちょっとその例えは何を言いたいのか分からない。


 ブライアンの鋭い突きをいなしたオニキスが剣を絡めて武器を落とそうと試みるが、素早い身の熟しで逃げられる。くるりと身を翻したブライアンが器用に武器を持ち替えて斬りかかるが、即座に対応したオニキスに防がれた。


 一進一退。まさしく互角。

 手に汗握るとはこのことか…。


「…黒薔薇貴様、リリスに毎朝手紙と贈り物をしているらしいな…」


 そんな中で、攻め手を緩めることなくブライアンが口を開いた。


「しかも従者に任せることなく自ら子爵家に赴き、あわよくば早起きして無防備なリリスに会えないかと目論んでいると聞いたぞ…!」

「寝癖に気付かず笑顔で花の前に立つ彼女は、早朝の澄んだ空気に溶ける妖精のようだった」


 寝癖付いてたの?

 リリスは思わず後頭部に触れた。

 違う、今じゃない。


「そんなのアポなしで突撃しているのと変わらないだろうが! 非常識な! 従者を使え!」

「愛の前では万人が愚かになるのだと学んだ」

「学んで終わるな対策しろ!」

「時刻をずらせば、警戒して隠れてしまった妖精が再び庭に現われるかもしれない」

「対策の方向性が違う!」


 ブライアン頑張って。

 リリスは思わず正論を叫ぶブライアンに心の中で声援を送った。


「とにかくリリスに近寄るな! あの子が受粉したらどうしてくれる!」


 まだ言っていた。

 リリスは人間なので、受粉はできない。

 いい加減落ち着け。


「責任が、とりたい」

「受粉を狙うな!」


 リリスは人間なので、狙っても受粉はできない。

 というか狙っていたのか。それはそれで怖い。なにを狙っているのだ。


『白薔薇の君は黒薔薇の君をお花ちゃんだと思っているのかしら』

『どちらかというと妹さんをお花ちゃんだと思っているかな』

『なるほど~』


 なるほどじゃない。リリスはお花ちゃんではない。人間ちゃんである。


 というか、ブライアンがハッスルするから他の観客にもオニキスの想い人がブライアンの妹、リリスだとばれた。

 オニキスが最低限、名前を出さずにいてくれていたのに台無しだ。

 リリスはオペラグラスではなく両手で目元を覆って俯いた。ぷるぷる震える。隣のソフィラは背中を撫でてくれるが羞恥で顔が上げられない。


 やっぱりブライアン、味方じゃない。


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