第25話 計算の内

『っあ――――まさかの! っあ――――まさかのアントン・ホワイトホースがやりました!』


 静寂をぶち壊したのは実況席で元気溌剌笑顔炸裂している王妃だった。

 彼女は健康そうな肌を桃色に染めて、ひゃっほうと飛び上がらんばかりに拡声器に齧り付いている。既に立ち上がって大興奮だ。今にも飛び出しそうなので、後ろの侍女がしっかり王妃のドレスを握っている。


『実に堂々とした公開告白! 大会本戦の真ん中で! 愛の言葉を告げたぁ――――!』


 途端にわっと興奮で沸く会場。囃し立てる口笛が響き、一気に会場が大盛り上がり。

 嫁取り合戦と言いながら、固有名詞を出したのはアントンがはじめて。

 出場者には意中の相手がいると暗黙の了解だったが、それを明確に発言したことにより一気に観客の心がアントンにわし掴まれた。囃し立てられても恥ずかしがらずに堂々と立っている様子もポイントが高い。

 何よりアントンが弱者であることが、会場が一気に応援ムードになった原因と言える。


 弱者なのだ。弱いのだ。めちゃくちゃよわっちいのだ。片手で剣を持てないくらいか弱いのだ。


 そんな彼があの場にいるのは、幼児が一生懸命坂を登っているような、身体より大きい荷物を運んでふらふらしている様子を後ろから見守るような心地にさせられる。


 だからこそ、応援したい気持ちが芽生えた。

 会場は完全にアントン応援ムードで包まれた。


 そんな中、リリスは背後に座るニコルを見ていた。

 間違いなく、アントンが口にした「ニコル」は彼女だ。彼女自身も心当たりがあるのか、自分だと確信している。少なくとも職場に同名が存在しない限り間違いなくニコルはニコル。ニコルがニコル? 混乱してきた。


 ニコルは震えていた。真っ赤になって震えていた。リリスも震えた。真っ赤になって震えた。混乱と羞恥で震えていた。

 共感性羞恥がやばい。

 他の令嬢達も誰が「ニコル」なのか察して後ろを振り返っているのも恥ずかしい。じっと一箇所を凝視する猫の顔でこっちを見ないで欲しい。


 ニコルは震えた。リリスも震えた。

 羞恥心が限界に達したリリスは飛び上がって、ニコルの隣に座った。驚くニコルの手を取って、ぎゅっと握りしめる。

 なんかもうひたすら恥ずかしくて誰かの手を握っていたかった。一人は無理。身悶える。

 突然の接触に困惑したニコルだが、彼女も混乱していたので手を取り合って一緒に震えた。一人より二人である。


 そして舞台ではアントンと向き合ったブライアンがたじろいでいた。


「兄さん…数字で頭がいっぱいな兄さんが、まさか計算できない想いに振り回されてこんな無茶をしただなんて…!」

「私が騎士を相手に、勝ち上がる方式方法は見当たらない…それでも私は…大会に出てニコルに愛を誓いたかったんだ」

「ぐ…っなんて攻撃力だ。アントン兄さんの初恋だと!? こんなときでなければ全力で応援したのに…!」

「事情のある人だから解答告白しても答え合わせして受け入れて貰えそうになくて…この場を借りて証明愛を告白するしかないんだ。今を逃せば諸々の事情から計算でき動けなくなるのはわかっていたから…」

(事情って、身分のことかしら)


 確かにアントンは次男とはいえ子爵令息だから、平民相手だと周囲が煩いかもしれない。実家は確実に何も言わないが、第三者ほど喧しい。あ、離婚経験があることも事情の一つかもしれない。


 悩むリリスの隣で、ニコルは頬を染めながら潤んだ目でアントンを見ていた。リリスと手を握り合って、ふらつきながらも恥じることのないアントンを見ていた。

 事情があるのだとしても、その視線が彼女の答え。


 しかしリリスは舞台を見ていてニコルの視線に宿る熱には気付いていない。

 安定のお鈍さんだった。


「だから私は【誓約の薔薇】が欲しい。退いてくれブライアン」


 深呼吸をして、両手で剣を持ち直す。

 そんなアントンを見て、ブライアンは自分の胸を押さえた。


「やめてくれ兄さん! 兄さんの恋は俺も応援したい! 応援したいんだ…! そんな、そんなことを言われたら剣が鈍る…っ俺が家族のために剣を握ったと知っていての発言か!」

「勿論…計算の内だ…!」

「卑怯な…!」

『ホワイトホース家仲良しだな』


 何故かお互いに攻撃していないのに、ブライアンの方にダメージが入っている。今にも膝を突いて崩れ落ちそうだ。


『白薔薇の君ブライアン・ホワイトホース、究極の選択! ここで退き大会に熱い想いを掛けた男達の決勝戦をはじめるか。それとも兄を退け覚悟を散らし、モノクロ決勝戦をはじめるかぁー!』


 モノクロ決勝戦ってなに。


「く…っ俺は、俺は…っ」


 胸を押さえて葛藤したブライアンは、何かを振り切るように顔を上げ。


「それでも俺は、アントン兄さんが黒薔薇に勝てる未来が想像できない――…っ!」

「うっ!」

『白薔薇の君、心を鬼にしてアントン選手へ軽やかな手刀――――!』

「アントン兄さぁ――――んっ!!」

「アントン様…!」


 叫びながら突っ込んだブライアンは素早く背後に回り込み、手にした剣ではなく手刀で相手の意識を刈り取った。

 首裏への一撃であっさり意識が飛んだアントン。衝撃で眼鏡も飛んだ。手にした剣も落ちた。カランカランとステージに転がる眼鏡と剣。リリスは思わず叫んだ。

 眼鏡アントン兄さん――――!


『とてもいい試合だったわ。これが神回ってやつね。初大会でいい仕事したわ!』

『これくらい思い切りがいいと応援しがいがあるね。是非彼には頑張って貰いたい』

『ええ! わたくし張り切って彼の恋路を応援するわ!』


 王妃様が応援しちゃうらしい。

 意識を失ったアントンを見て思わず叫んだニコルもこれには震えた。恐れ多くて震えた。


『何はともあれ勝者は決まったわ。勝ち上がったのは兄を思い遣りながら厳しくもなれる、ブライアン・ホワイトホース選手!』

「「きゃ~ブライアン様~!」」


 試合終了の笛と、黄色い声援はほぼ同時。

 聞き終えたブライアンは意識を失ったアントンを抱き上げて、颯爽と舞台を降りた。


 お姫様抱っこだった。


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