第24話 会場の真ん中で
『さて決勝戦の一人が決まったことだし、次も張り切っていきましょう』
『次は大番狂わせとも言える戦いだね』
呼吸困難になりかけていたリリスはハッとした。しかし別の意味で呼吸が止まりそうになった。結局胸が苦しい。
そうだ、オニキスのこともあるが次の試合は…。
『それじゃあ続けて行くわよ! ホワイトホースからやって来たダークホース、Cブロックを生き抜いたまさかの文官! アントン・ホワイトホース選手!』
『ホワイトホースからダークホースが出るとか、誰が上手いことを言えと…』
ネタではないです。
呼ばれたアントンが舞台に上がる。まだふらふらしている様子だが、本当に予想外の出場に会場は沸いていた。
確かにCブロックに四天王、騎士団長はいなかったが騎士はたくさんいたのだ。それを掻い潜り出場した文官の姿をダークホースと言わずなんと言う。なんていうの?
盛り上がっているが、心配で仕方がなくリリスはオペラグラスを覗きながらハラハラした。その背後でニコルも同じ動作でハラハラしていたが、リリスは気付かなかった。
『そして最早独壇場だったこの男、Dブロックブライアン・ホワイトホース選手!』
『あそこだけ趣旨が変わっていたからね』
ほんとそれ。
「「きゃ~! ブライアン様ぁ~!」」
黄色い声援が響き、舞台に登ったブライアンは芝居がかかった仕草で騎士の礼をとって見せた。途端により黄色い悲鳴が上がる。
ファンサしてどうする。
リリスはスンッと表情をなくした。それどころじゃないだろうが。
ちなみに招待状の送り主が敗退しても、観客席の令嬢達が動かなかったのは本戦にブライアンが出場しているからだと思う。もしかしたらオニキス。
スモーキー子爵夫人も最前列で歓声を送っていた。他の令嬢達もきゃっきゃしている。
それを見ながら、この中にアントンのお嫁さん候補が…と考えたリリスは、ふと気付いた。
(ブライアンも誰かに招待状を送っているのかな?)
決闘イメージが強すぎて考えていなかったがその可能性もあった。となると一気にこの試合、嫁取り合戦が急にホワイトホース家の次男三男、どっちが先に結婚するか問題になってしまう。
(ど、どっちを…どっちを応援したらいいの…!?)
どっちの兄も幸せになって欲しいので、どっちを応援すべきか悩む。リリスは混乱した。そもそも勝負にならないという問題を忘れるくらい混乱した。
武力でアントンが、ブライアンに勝てるわけがないのだ。
『まさかのホワイトホース兄弟の試合になったこの本戦。一体どちらが勝ち抜くのかしら!?』
『順当に行けば騎士団長のブライアンだけど、ホワイトホース家はびっくり箱だからね。ブライアンの兄であるアントン選手も何か秘策があるに違いない。家族だからこそいい試合になるかもしれないね』
確かに頭が回るのはアントンの方だ。しかしそういう問題ではない。
『何はともあれ勝者が決勝戦進出よ! それじゃあ開始~!』
またもや王妃様の気の抜ける号令と共に、開始を告げる笛が鳴る。
しかし両者、距離を詰めることはなかった。ブライアンは抜刀こそしたものの、距離を詰めることはない。アントンはもたつきながら抜刀し、重さでよろけた。
ああ!
アントンは転ばなかったが、ふらつく様子がとても心配で思わず悲鳴を上げそうになる。小さい子供が真剣を持っているような危機感があった。
ちなみにこの危機感、見ている側はわりと感じ取っていてハラハラしている。リリスだけでなくニコルもハラハラしているし、全く関係ないただの観客もハラハラした。
危ない。待って。危ない。
我が子がいなくても、
「…まさかこの大会で兄さんと向かい合うことになるとは思っていなかった…」
距離を開けたまま、しみじみとブライアンが発言する。アントンは疲労と剣の重みでふらふらしながらじりじりブライアンに近付いていた。待って。そっちから行くの? 動かないで。
「戦う前に聞かせてくれ兄さん。なんでこんな危険なことをしたんだ。ホワイトホース家モヤシ代表の兄さんが勝ち上がるなんて、余程の確立じゃないとあり得ないのに」
『モヤシ代表なんてあるのね』
ないです。
ないが、それくらいか弱いと言いたいのだろう。リリスはモヤシではなく精密機器だと思っているので是非取り扱いには注意して欲しい。
「確かに確率は低かった…それでもここにいる理由は、
少しか細いアントンの声が、緊張を孕んで応える。ぎゅっと剣を握る手が、力を込めすぎて震えていた。
「そう、漁夫の利さ…!」
「わかっていたけども! そうじゃなくて!」
うん、残っちゃった理由はそれ以外ない。
アントン以外が相打ちで終わったのがCブロック。本当に実力が均衡していたのだろう。端っこに立っていたアントンは幸運にも生き残った。それだけである。
しかし聞きたいのはそこではなく、戦闘力零の兄が脳筋嫁取り合戦に参加した理由である。
「計算大好きな兄さんが、結果が分かりきった行動をするわけがない。一体どうしたんだ。リリスが心配なら俺がなんとかするから大丈夫だ。兄さんに怪我をさせるわけに行かないから、ここで棄権してくれ」
「うん、無駄なことをしているとわかっているよ。でも無謀ではないんだ」
アントンは深呼吸をして、何時もの落ち着いた声音で続けた。
「そう、予選の
偶然の漁夫の利かと思えば、計算した漁夫の利だった。
予選は一つのブロックで三人通過可能ってのもポイントだったらしい。一人だったら念入りに殲滅されるが、三人だったら取りこぼしは放置されると計算していたようだ。それよりも、強者を相手にしないと通過できないから。
弱い者同士で潰し合いそうなものだけれど、実力が拮抗していたブロックだからこそモヤシなアントンは見逃されていたらしい。それどころじゃねえってやつだ。
「本戦に出場したところで、その後勝ち抜けないだろう。兄さんは」
「わかっているよ…私は正面から戦って騎士に勝てるわけがないって」
「イヤ一般市民にも勝てない」
それは言わないであげてよ。
「わかっていても、行動せずにはいられなかった…わかりきっている
深呼吸していたアントンの呼吸が、乱れる。
喉に言葉が貼り付いたように、酸素を求めて喘ぐように片手で胸元を押さえる。片手で支えられない剣の切っ先が下がったが、即座に武力行使で沈黙させるような無粋な真似をブライアンはとらなかった。
とらなかった結果。
「…ニコルに招待状が届いたと聞いて…いても立ってもいられなくなったんだ」
「兄さん…?」
聞く気のなかった深みまで、曝け出される予感を察知。
思わず観衆も息を殺して耳を澄ませた。
最近知った名前が出て、リリスは背後を振り返った。
名前が出たニコルは、目をまん丸にしてオペラグラスを覗いている。
アントンの絞り出すような訴えは、訪れた静寂の中、よく響いた。
「それも意にそぐわぬ相手からの招待状だ。王妃様は令嬢側の事情も考慮してくださると仰ったが、招待された事実で、彼女が煩わされるのが…違う、私がイヤだった」
「に、兄さん?」
「他の
ぐっと呼吸を止め、深く息を吐き、アントンはまっすぐ告げた。
「私がニコルを愛しているから」
(アントン兄さ――――ん!?)
か弱くて、ひょろりとしていて、片手で剣を持ち上げられないくらい貧弱なのに。
その心の内を堂々と告げる姿は、誰よりも男らしかった。
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