第23話 侮るな


 ピリ、とした空気に怒鳴っていたスパロウが我に返る。


「お前の言い分は理解した…しかしお前の求める本気は到底出せそうにない」


 そんな空気出しといて?


 三階にいるリリスですらピリッとくる空気を出しといて本気を出せないとな?


「…あなたも俺を蕾と侮りますか」

「侮ったのはお前の方だ」

「いつ俺があなたを侮ったというのです」

「ふざけた大会だと言っただろう。参加者の【誓約の薔薇】へ掛ける想いを侮っている」


 オニキスの言葉に、スパロウは目を見開いた。


「大会の趣旨を理解して招待状を用意していながら、実力を確かめるために出場したなど…自分の気持ちを誤魔化して、お前が蹴散らした参加者よりも意気地がない」

「な…っ」

「招待状を送れなかったのは仕方がないかもしれないが、自分の弱さを言い訳に大会参加者が真剣に求めるものを否定するな。気持ちを誤魔化しながら、あわよくばなど甘いことを考えるな。確かにこれは実力勝負だが、それだけではない。俺たちは今、剣の腕と同時に彼女への想いも試されている」


 そこまで重く捉えないで?


 彼女リリスの思惑など置いてけぼりでここまで来ているのに、試すも何もない。一体誰が試しているというのだ。王妃様か? …試しているかもしれない。


「想いを誤魔化したまま得たもので勝負しようとする、その姿勢を侮りと言わずなんと言う」


 オニキスの視線は相変わらず鋭い。


「本気を出せと言ったな。本気でこの場に立っていない人間が、それを口に出すんじゃない」

「く…っ」

「自分の気持ちを隠したまま俺に勝てると侮った…その思い上がりごと、俺が斬り捨ててくれる」

(イイじゃんちょっと素直になれないくらいイイじゃん――――!!)


 彼の言動にはリリスもソフィラを思ってそわっとしたが、素直になれない男女のあれこれならば微笑ましく思っていたくらいなのに、まさかのオニキスがガチ説教。これにはドギマギしていたソフィラもスパロウを心配そうに見ている。

 いいじゃないかと叫びたかったリリスだが、オニキスが真剣すぎて声も出ない。それだけ彼がこの大会に…リリスに掛ける想いの強さに感じて、指先が震えた。


 リリスに向けられていた、甘く蕩ける蜂蜜色の目。

 甘すぎて溺れそうだったその瞳が、リリス以外を見つめる瞳が、熱で焼き切れそうなほど鋭い。


 オニキスの空気に、スパロウは何も言うことなく腰を落として剣を構えた。

 言い訳も、弁明も、否定もしない。

 オニキスを睨み返す黒い目に反抗心は見えず、叱責を受け入れて顔を上げる潔さが見えた。


 じり、と二人の足元で土が擦れる音がする。

 会場中の呼吸が止まる静寂の中、二人は同時に踏み込んだ。踏み込んで、振りかぶり振り抜いて――――…。

 交差した一瞬。

 余韻のように残る衝撃音。

 倒れたのは、青薔薇の騎士団員。


「…次は、本気で手合わせができるよう願っている」

『今大会に掛ける熱い想いを、誰よりも抱えている男…オニキス・ダークウルフ決勝進出ぅ!』


 試合終了の笛が鳴る。


『スパロウの敗因は精神攻撃に弱いところですね。相手の言動に影響を受けて真っ直ぐぶつかられると真っ直ぐ返したくなるのが若さかな。何を言われても自分の強みで戦えるように、これから強化していきましょう』

『あら精神攻撃の発端が何か言ってるわ~?』

『強く育って欲しくてつい』

『世の親は気を付けるのよ。余り構い過ぎると、こうやって嫌われ親父になっちゃうんだから』

『構って欲しくてつい』

『そして鋼のメンタル。真似しちゃ駄目よ~』


 し、締まらない~!


 王妃と青薔薇の君の実況解説の最中、拍手で讃えられているオニキスは三階を振り仰いだ。また視線が合った気がしてドキリとする。

 先程まで相手を焼き斬りそうだった視線は、リリスを認めるだけで甘みを増し甘みを出し甘みを帯びている。しまった全部甘みだ。甘さしかない。

 彼はリリスに向かって騎士の礼をとる。黄色い悲鳴が上がったが一切気にせず、彼はリリスしか見ていない。


 彼は自分で言ったとおり、この大会でリリスへの想いを証明しようとしている。誰に試されているつもりなのか知らないが、大真面目にリリスへの想いを隠さず、捧げ、戦いに臨んでいる。


 クラクラした。


 この距離でもくらっとくる甘い視線ってどういうことだ。

 蜂蜜って遠くから見ても黄金に光り輝いて美味しそうって思っちゃう。あれですか? 視覚的効果もあるんですか? 強すぎぃ!


 退場していく背中を見送りながら、リリスは自分の胸を強く押さえていた。押さえないと飛び出してくると不安になるくらい、リリスの心臓は高鳴っていた。

 ソフィラに励まして貰いたくなったが、ソフィラは意識を失ったスパロウを心配して救護室へと向かった。招待状の件が自分なのかは不安が残るが、それでも知り合いが意識不明なのは心配だ。

 ソフィラが一歩踏み出そうとしていることに気付いたリリスは、応援しながら見送ったが…非常に心細い。思わずぺしぺし誰もいない隣を叩いてしまった。


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