第22話 不意打ちの一撃()
『さあとうとうやって参りました【第一回武力であの子のハートを射止めろ! 筋肉と筋肉による嫁取り合戦】本戦! 本日のメインイベントよ!』
王妃様の司会が始まり、リリスは思わず背筋を伸ばした。
ところでそのタイトルでいいのだろうか。ずっとそれで行くつもりだろうか。誰か止めた方がいい。
『本戦は予選ブロックを勝ち抜けてきた選手たちがぶつかり合うわ! ここからは一騎打ち! 制限時間は三十分! 勿論最後まで立っていた人が勝ちよ!』
『勢いで決まった大会だから細かいことは気にしない。来年はもっと丁寧に計画を立てるからよろしく』
よろしくされても。
『まずはAブロックとBブロックの勝者による一騎打ち。続いてCブロックとDブロックのぶつかり合いよ! 二試合の勝者が、決勝へと進むわ!』
…つまり、ブライアンとアントンが戦うのか。
リリスはお口がきゅっとなった。顔の中心にすべての部位が集結したかもしれない。安心したような、逆に不安なような気持ちになった。
『ではここで、本戦に出場する選手を紹介します! まずAブロックの覇者オニキス・ダークウルフ選手!』
『危なげなく勝ち上がったな』
わっと上がった歓声と共に、中央のステージにオニキスが登った。ぐるりと周囲を見渡して、三階の見学席を見上げる。
「へぁ…っ!」
オペラグラス越しに目が合った気がしてリリスは間抜けな声を上げてぴょんと跳ねた。
そんなことあるわけないのに、じっと見学席を見上げるオニキスの目に、リリスが写っている気がした。
肌にじっとり貼り付くような視線は駄目です。蜜が、蜜が垂れちゃう。
『Bブロックを制した若き精鋭、スパロウ・ブルーバード選手!』
『よしよし』
こちらも歓声と共に、青い髪の騎士が舞台に上がる。鋭い視線を走らせて、解説席にいる青薔薇の騎士団長を睨んだ。
ソフィラはリリスの隣でずっとソワソワしている。期待と不安と自惚れかも自重しなくちゃ、でも…と、そわっそわだ。可愛い。
『黒薔薇の騎士団長と、青薔薇の騎士団の精鋭。ダークウルフ選手が危なげなく勝ち進むのか、ブルーバード選手が意地を見せるのか!』
『是非意地を見せて欲しいですね』
ギラリとスパロウの黒い瞳が再び解説席を睨んだが、青薔薇の騎士団長はどこ吹く風である。
『それでは本戦第一試合、はじめぇ~!』
王妃様のちょっと気が抜ける声と同時に、始まりを告げる笛の音が響いた。
同時に得物を構え、駆け出す二人。正面ではなくお互いに回り込むように、円を描くように近付いた。
オニキスの繰り出す大剣を、スパロウの長剣が受け流す。
硬いものがぶつかり合う音が響き、距離をとったかと思えばスパロウが踏み込んだ。旋回する鳥のようにぐるりと回り、鋭く斬り付けてくる。
オニキスはそれを受けることなく、身を逸らして避けた。後ろ足に体重を乗せ、力強い踏み込みで襲いかかってくる。スパロウも身を翻し、オニキスの攻撃を避けた。
「「ほ、ほわわわわ…っ」」
リリスとソフィラは開いた口が塞がらない。
隣り合ったお互いの手を握り、オペラグラスを構え、ぱかっと開いた口から言葉にならない声を漏らしていた。
なんかよくわからないが、よくわからないが、どっちも強いことだけがわかる!
一際大きな音を立てて互いの攻撃を受け流した二人は、距離を開けて一度止まった。
二人ともうっすらと汗をかき、息が乱れている。リリスとソフィラは何故かその様子にドギマギした。何故だ。
ここでふと、スパロウが口を開いた。
「まだ様子見のつもりですか?」
「何のことだ」
「予選で見せた馬鹿力を出していないでしょう。黒薔薇の騎士団長殿、俺はそこらの騎士のように柔いつもりはありません」
「本気を出していないとでも? …俺がお前を知らないわけがないだろう。青薔薇の蕾」
オニキスが口にした呼び名を聞いた瞬間、スパロウが本当にイヤそうな顔をした。
丁寧な言葉遣いなのに、表情がとても、ガラが悪い。相手が騎士団長だから丁寧なだけで、素はもっと粗雑なのかもしれない。
「青薔薇の蕾…青薔薇の騎士団次期団長と噂されるお前のことは、他の騎士団長たちも注目している。相手の力や勢いを利用し、素早い身の熟しで攻撃を翻し相手を斬る…力めば力むほど翻弄される、戦いづらい相手としてもな」
「それは光栄、ですが…誰だその呼び名を考えたのは…本気でやめろ…」
『俺だ』
「テメェかよ!!」
あ、やっぱりガラ悪かった。
『青薔薇の息子だからね。ヒヨコより蕾だろうね』
「黙ってろくそ親父!」
アッやっぱりそうですか。
家名を聞いたときから思っていたが、やはりご子息だった。
突如始まった親子喧嘩を気にすることなく、オニキスは会話を続けた。
「青薔薇の騎士団とは演習も重ならない。まさかここで戦うことになるとは思っていなかった」
スパロウは怒鳴った自分を誤魔化すように咳払いをして、視線を戻した。
「ふざけた大会だと思いましたが…他の騎士団と手合わせできる機会は少ない。【宣誓の薔薇】より、自分の実力を知ることが大事です。どうか本気でお相手願いたい」
二人の会話を聞きながら、リリスは首を傾げた。
(優勝賞品に興味がないってことは…)
…ということは、あの人は招待状を送っていないかもしれない。
つまりつまり、ソフィラに送られてきた招待状の、送り主ではない…ってこと?
隣のソフィラも察したのか、ちょっとしょんぼりする気配を察知した。しょ、しょんな。
とか思っていたら解説席から呆れた、楽しげな声が響いた。
『またそんなことを言って。かっこつけても無駄だ。お前が招待状を用意していたのはわかっている。ギリギリまで名前を書くか悩んでいたことを知っているぞ』
「なに言ってんだくそ親父ィ!!」
『安心しろ。息子が出し忘れていたから、親父が代わりに出しといた』
「…は、あ!?」
解説席を睨んでいたスパロウがぐるっと三階の観客席を見上げた。猛禽類みたいな目がきゅっと焦点を絞る。待ってもしかしてとても目が良かったりする? 騎士ってみんな、とっても目が良かったりする?
同じ人を見ていたのに、リリスの隣でソフィラがぴょんと跳ねた。先程オペラグラス越しにオニキスと目が合った、リリスと同じ反応だ。
そして彼は。
「そふぃらさん」
呆然とした顔で、とっても小さい声で、ソフィラを呼んだ。
多分他の観客は気付かない。事情を知っていたリリスと、ソフィラ本人にだけ、彼の口元がそう動いたのが見えた。
呆然としていたスパロウが…白い肌を真っ赤に染め上げた。
「あ、あ、あ…こっんの、くそ親父ィイイイイイ!!」
『はははははははっ』
『そんなことばっかりしているから嫌われちゃうのよ?』
腹の底から怒声を響かせるスパロウと、朗らかに笑い声を上げるスワロー。
そして赤い顔でぴるぴる震えるソフィラ。リリスは彼女を真顔で見ていた。
(え、応援する)
友人の恋模様がとっても可愛くて仕方がなかった。
しかしリリスはまた忘れていた。
「…そうか、本気がご所望か…」
彼の対戦相手が、オニキスだということを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます