第20話 勝ち抜けたもの
『さてさて予選も佳境。果たして勝利は誰の手に…!』
『おや、Bブロックは決着が着いたようだ』
スワローの言葉と同時、Bブロックを観戦していた者たちから歓声が上がった。
Bブロックで目立っていた青い髪の騎士が、汗を流し肩で呼吸をしながら拳を高く掲げている。
『おーっとBブロック! 着々と数を減らしていた青薔薇の騎士団所属、若手の騎士が勝ち抜いた!』
「あっ」
同じくオペラグラスで観戦していたソフィラから声が上がる。
「あの方は…」
「え、ソフィラの知っている方?」
「ええ…」
何故自分がここにとずっと震えていたソフィラ。騎士の知り合いなどいないと怯えながら観戦していた彼女が、知った顔を見つけて驚いていた。
「と、図書館でよく同席される方で…本の趣味が似ていて、何度か感想を語り合って食事を…そういえば私、彼の身分を詳しく知らないわ…」
「え、身元不明のお相手とお話して食事を…?」
貴族令嬢としては迂闊というか軽率。
しかしソフィラが人見知りでそう簡単に人と打ち解けないと知っているリリスは驚愕した。
「だ、だって身分がわかってしまったら対等に話し合えない気がして…」
頬を桃色に染めて身を縮めるソフィラはとっても可愛かった。ぎゅっと抱きしめたくなる愛らしさ。
愛とはなんぞやと悩みまくっているリリスにもわかる。これは、恋の気配。
リリスの手元が再びそわっとした。可愛いお友達を描き残したくて仕方がなかったがスケッチブックはお留守番。網膜に焼き付けた。可愛い。
(ソフィラもだけど、相手だってなんとも思っていない相手を食事に誘ったりしないはず…つまりソフィラを憎からず想っているということで、そんな相手がここにいる意味は…)
リリスは勢いよくもう一度、Bブロックを確認した。オペラグラス越しに呼吸を整えている騎士を観察する。今までと違い監察官の目付きだった。
背は高く、身体は鍛えられている。しかし王妃様が若手と断言しただけあり、どことなく未成熟さが目立つ青年だ。
青い髪は耳がでるくらい短く、黒い目は鋭く猛禽類のようだ。がっちり筋肉質だが、先程も言ったようにまだまだ伸びしろを感じる。恐らく二十代中頃の男性。ブライアンかオニキスかと言われたら、オニキス寄りの硬派っぽさを感じた。
別にブライアンが軟派な訳ではないが、空気が。空気が違う。
ぱっと見の印象だが、悪くない。リリス的には好印象。
「もしかして…あの方が?」
困惑と期待に満ちた呟きがソフィラから漏れる。本人も気付かない、思わずこぼした独り言。オペラグラスを握る手に、きゅっと力が籠もる。
リリスから見えないその目には、一体どちらの色合いが濃く出ていたのだろう。
(…え、応援する!)
ソフィラのときめきを感じとったリリスは思わず心の中で叫んだ。嫁取り合戦の発端とか、現在奮闘している白と黒の騎士団長とか全部忘れてそう思った。
『ここでAブロックも勝者が決定! やはり黒薔薇の騎士団長、オニキス・ダークウルフ選手が勝ち抜いてきたぁ!』
「はわっ」
しかし即座に思い出させられて慄いた。これがわからせってやつだ。
『そろそろ時間も押しています。Cブロック、Dブロック共に最後まで残るのは一体誰か!』
Dブロックまだ演習中なのか。
思わず確認すると、長蛇の列はあと三人になっていた。
まだやっていたのかという思いと、よくここまで捌いたなという気持ちがせめぎ合う。ずっと一対一を継続していたのだから時間がかかるのは当然だ。多分時間いっぱい使って演習する気だ。
となるとCブロックが気になるが、混戦状態だったCブロックも立っているのはあと四人。通過できるのは三人なので、混戦は続いている。
(…あら、でもステージの端にもう一人いるわ。あの人は運良く気付かれていないのかしら。様子を窺っているみた…い?)
その姿を確認したリリスは、思わずオペラグラスを取り落としそうになった。同時に鐘が鳴り響き、長いようで短かった一時間が終わりを告げる。
『しゅぅ~~りょ~~!』
王妃様の気が抜けるような声が響き、誰もが動きを止める。Dブロックではブライアンが最後の一人を蹴落としたところだった。
『皆よく頑張った! 今回は時間がなくてこんな形だったけど、来年はもっと本戦に参加できるよう前々から予定を組んでトーナメントにしたいくらい熱かったわ! 今年を逃しても来年もあるわよ。皆気張っていきましょう!!』
『という王妃様からの熱いお言葉があるので来年もやるでしょう。今年の経験を生かして、次回の反省点として鍛錬に励むように』
来年もやっぱりやるのね。ちょっと色々大雑把なのは勢いではじめたからです。来年はもっと計画的に行われると思われます。
恐れていた毎年恒例化だったが、それどころじゃない。リリスは一点を見つめて震えていた。
『それじゃあ勝者を発表するわ。Aブロックはオニキス・ダークウルフ選手。Bブロックはスパロウ・ブルーバード選手!』
ちょっと待ってBブロック。その家名はとても聞いたことがある。
しかしそれよりも、とっても気になる存在がいる。
『Cブロックは…あら、スモーキー選手とファブリー選手が相打ち…屍しか残っていない…?』
『いえ、一人立っていますよ。混戦の中で生き抜いた選手が』
『あら本当だわ。というわけで勝者は…アントン・ホワイトホース選手!』
「気の所為じゃなかった!!」
リリスは思わず悲鳴を上げた。
Dブロックで名前を読み上げられているブライアンも驚愕の顔でCブロックを見ていた。
そこには寝癖なのかくせっ毛なのか、それともこの乱闘で乱れたのか今ひとつわからない程ボロボロになった銀髪の、分厚い眼鏡にちょっとヒビが入ったホワイトホース家の次男が、剣を杖にしてなんとか立っている状態でそこにいた。
「「なんでぇ!?」」
ホワイトホース家の三男と末っ子は、異口同音で叫んだ。
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