第18話 予選開始


 わっと人の声が飽和して、波のように響き渡る。

 ほぼ同時に固いものがぶつかり合う音が響き、令嬢達の甲高い声援も苛烈を極めた。


『始まりました【第一回武力であの子のハートを射止めろ! 筋肉と筋肉による嫁取り合戦】予選! 制限時間は一時間。戦闘不能と判断された者、ステージから転がり落ちたものは失格となり涙を呑んで退場です! 民衆から参加した勇気ある者たちは、果たして騎士団長が参加するこの予選で、一体どれだけの時間ステージに残ることができるのか!』

『ノリノリですね王妃様』

『ノらいでか!!』


 ノらないで欲しい。


 リリスは見物席の後方から、ビクビクしながらもオペラグラスを使用してステージを確認した。

 ついていけないが、全然ついて行けていないが、ブライアンやオニキスがどこにいるのかくらいしっかり確認しておきたい。

 そんなリリスに応えるように、拡声器から王妃様の実況が響く。


『やはり展開が速いのはAブロック! 黒薔薇の騎士団長オニキス・ダークウルフ選手、情け容赦なく問答無用に向かってくる敵をなぎ払っています! まるで黒い台風、黒き狼が起こす特大の旋風! これは強い! 彼の薙ぎ払う大剣から逃れることのできるものは果たしてAブロックに存在するのか!?』


 どきっとした。

 演習で見ていたオニキス・ダークウルフがそこにいた。


 蜂蜜の瞳を鋭く煌めかせ、大ぶりに見える動作で敵を薙ぎ払っていく。Aブロックではまずオニキスを落とさねばと共通認識があるのか、大群がオニキスに押し寄せている。

 その一つ一つを冷静に、しかし大胆に薙ぎ払う。無駄のない動きは美しく、しなやかな狼が駆け抜けているようにも見える。


(演習で見ていたオニキス様…でも、これほど大きな動きは見たことがないわ)


 人数が違い、力量差もあるからこそ違うと感じるのかもしれない。四つの騎士団が入り乱れ、更に挑戦者の一般人。強者として相手を叩きのめし過ぎないよう注意しながら、けれど情け容赦なく相手を屠っていく。

 興奮も、嘲笑もない無の表情。余計なものすべて削ぎ落とし、ただ敵を見据えて戦う姿に、リリスはそわっと手元を揺らした。


(あ、あああ…スケッチブック…スケッチブックぅう~~~!!)


 本日お留守番のスケッチブック。お留守番させたことをもの凄く後悔した。それほどリリスは描きたかったキュンキュンした


 リリスが見つめる先で、オニキスがハッと身を翻す。

 今までと違う動きにびっくりすれば、オニキスが先程までいた場所に赤い閃光が突っ込んできた。


「…さすが黒薔薇の君。この乱闘でも警戒を怠ってはいないな」

「ああ、赤薔薇の君と同じステージにいて、余裕でいられるほど俺は慢心していない」

「結構。侮りがあるようなら、その鼻をへし折っていたところだ」


 バサリと揺れる赤毛の尻尾。細身の身体で身の丈程ある大剣を背負うように構えながら、凜々しい女性がオニキスに立ち塞がった。


『おっとここで黒薔薇の君に襲いかかる赤薔薇の騎士団長ボニー・フィッシュレッド選手が登場です! 凜々しき男装の麗人、赤薔薇の令嬢と名高い赤薔薇の君! 細くしなやかな身体で身の丈を越える大剣を振り回す圧巻の姿! きゃあ赤薔薇の君! 凜々しくて素敵~!』

『四天王を予選でぶつけるとか大胆なことをしましたね』


 まったくだ。そう言うのって本戦で起る戦いじゃないの?

 というかなんで、赤薔薇の騎士団長まで参加しているの? 女性だよ?


『四つのブロックに強敵を散開させたら本戦に他の騎士が出られないじゃない! それって何も楽しくないわ。ダークホースが勝ち上がってこそのビッグイベントよ!』


 もしかしなくても四天王だから強制参加だったのだろうか。

 なんかごめんなさい。発端のリリスは思わず謝罪した。


『うちにいるのはホワイトホースですね。ほらDブロックで暴れていますよ』


 青薔薇の騎士団長の言葉に、ついホワイトホースとして反応してしまう。オペラグラスがDブロックへと流れた。


 そこで繰り広げられていたのはブライアンによる演習風景だった。


 ステージの端にブライアンが陣取って、ブライアンの前に長蛇の列ができている。先頭に立った騎士が「胸をお借りします!」と叫んでブライアンに突っ込んでいく。ブライアンは二度ほど受け流し、最後に「力みすぎだ!」と怒鳴って相手の力を利用してステージから振り落とした。


「正面にいるからといって正面からしか来ない馬鹿がいるか! もっと視野を広く持て!」

「はい!」

「よし、次!」

「よろしくお願い致します!」

「「「きゃー! ブライアン様ぁ~!!」」」


 なにしてるのぉ?


 なんか歓声も集中していて、リリスは目を点にした。気付けばスモーキー子爵夫人も最前列で歓声をあげている。

 普段見ていた応援風景だこれ。

 招待状を送ってくれた人のことを忘れてブライアンの応援に夢中になっちゃっている。

 リリスは思わずスンッと表情をなくした。ソフィラは勢いに付いていけず怯えていた。


『あのブロックは一般参加者が少ないわね。騎士ばかりだからああなっているの?』

『丁度大勢で一人と戦うのを忌避する騎士道精神の人たちが集まっていたようですね。一対一ならいいだろう、ということで勝った人が次の人と戦う形式でずっと続いているようです。これは白薔薇の一人勝ちになる可能性が高いですね』

『白薔薇の騎士団長ブライアン・ホワイトホース…この人数を一人一人相手にして、相手の悪いところまで指摘できるなんて、体力も指導力も桁違いね。王子様みたいな見た目だけど中身は熱いハートが燃えているわ』

『そこはかとなく古いです王妃様』

『わたくしの方があなたより年下よ!』


 王妃様が怒っているがぷんぷん怒っているので全然怖くない。

 これって大会だよね? そして予選だよね?

 何か違う風景を見ている気分になって、リリスはオペラグラスをブライアンから別の場所へと移動させた。


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