第17話 怯え仲間増員


『お祭り日和の本日晴天! さあやって参りました強者を決める武道会! 【第一回武力であの子のハートを射止めろ! 筋肉と筋肉による嫁取り合戦】~!』

『題して【第一回ガーデニア武道会】始まります』


 拡声器で会場全体に響く声を聞きながら思った。

 楽しそうで何よりです、と。

 完全に現実逃避だった。


『司会兼実況はこのわたくし、ガーデニア王国王妃、ヴァイオレット・ピーチローズ・ガーデニアが勤めさせて頂きます。そして解説は『私は妻子ある身なので若者に花を譲ります』なんて言って逃げようとした青薔薇騎士団の騎士団長、スワロー・ブルーバードが行います!』

『私までいたらバランスが悪すぎるでしょう』

『この国の四天王としての自覚はおあり!? 挑戦者たちを阻んでこその四天王なのに!』


 やっぱり四天王なんだ。騎士団長って。

 リリスは元気な王妃様の声を拡声器越しに聞きながら、ぷるぷる震えていた。


『まあ辞退されちゃったものは仕方がないわ。規模拡大、人数拡大したからこそ、四天王の一角が崩れたことを好機とみて是非皆で頑張って頂戴!』

『さて…私以外の騎士団長たちも長を務めるだけ合って実力は確か…ここは意固地にならず集団の力で強者を阻む挑戦者たちの姿が期待されますね…』

『やだこの四天王、同僚を応援する気がないわ~』

『何せ早々に崩された四天王なので。最弱ってやつですね』

『ククク…所詮やつは四天王最年長…騎士団の中でもいつまでも新婚気分が抜けない勝ち組よ…』

『最弱とは?』


 最弱とは??


 なんておふざけが入りながら大会は始まった。


 そう。あっという間に始まってしまった武道会こと嫁取り合戦。

 場所はガーデニア王宮の敷地内にある国営闘技場。主に騎士団への入隊式で使用される場所で、一般市民は間違っても入れない場所だ。それこそ決闘が起きたら使用されたりする。


 …決闘のままでも規模が拡大しても、どちらにせよリリスはここに来るのが決定していたらしい…あまりに広くて震える。四つの騎士団合わせた数百名が舞台に上がっていてもまだ余裕。四分割して別の土台を作り上げ、大乱闘の舞台を作りあげることすら可能。


『予選は四つに分けたブロックで同時にはじめるわ。今現在貴方たちが立っているステージ! 最後まで立っていたものが本戦へ勝ち上がれるわ!』

『制限時間は一時間。A~Dブロックそれぞれ勝者は最大で三人まで。勿論最後の一人になるまで戦い続けても構わないが、本戦での体力を考えて協力し合って勝ち進むのも認められている。勇者たちの健闘を祈る』

『やだこの四天王高みの見物してるわ~』


 高みの見物してる~!

 とても楽しそうな高貴な方々の声を聞きながら、リリスも高みの見物状態だった。

 正真正銘、高みからの見物。リリスは国営闘技場三階の、全体が見渡せる特等席にいた。

 さすがに裸眼では豆粒サイズにしか見えない。しかしリリスは特別にオペラグラスを支給されていた。


 特別って何で?


 花を捧げたいお姫さまたちには雄姿を見て貰いたいわよねって、王妃様の計らいだ。


 ひょぇ。


 そんなんオペラグラスを持つ手も震えるってもんだ。

 そしてお気付きだろうか。

 お姫さま「たち」である。


「私は…私はなんでここに…」

「ナンデ…ナンデェ…」


 リリス同様、ぷるぷる震えるご令嬢たちが数人、同じフロアにいた。


「きゃー! ニール! ニールゥ~! がんばってぇー!」

「ネイティ~! わたくしに花束で誓って~っ」


 間違えた。最前列でノリノリなご令嬢達もいる。お強い。


 ここは通称『お花ちゃんフロア』

 …大会参加者が招待したご令嬢…つまり、花束を捧げたいと願っているご令嬢たちの見物席、である。


(もうそれだけで告白では?)


 たとえ勝ち上がれなくても、意向を伝えることに成功している気がする。

 裏を読んで招待されたことを喜び、素直に声援を送っているご令嬢たちも多いが、リリスと同じようにぷるぷるしているご令嬢もそれなりにいる。


 そう、リリスの隣に座るソフィラとか。


「本当に…何故…私はここに…?」

「わかる…わかるよ…」


 緑の目を潤ませ蒼白になりながら震えるソフィラの手を握り、一緒に震える。

 わかる。わかるよ。


 この大会、目的が目的なだけに、勝ち上がったら直接お花を贈呈できるようにお相手の令嬢も招待される仕組みらしい。

 そして最後の慈悲なのか知らないが、招待を希望している男性の名前は記入されていない。いや堂々と記載している人も居るが、匿名希望が認められている。その匿名希望からの招待状が、ソフィラに送られてきたらしい。

 文字通りひっくり返って驚いたソフィラ。それを見たご両親が婚約者のいないソフィラを望む殿方がいると聞いて問答無用で見学席へと放り込んだ。それからずっと部屋の隅で震えている。わかる。


「私にこんな、愛の誓いを目的とした大会の招待状が来るなんて…誰かとお間違いでは…?」

「わかる…」


 だめだ。気持ちがわかりすぎてわかるしか語彙が出てこない。

 あまりの心当たりのなさに、本当に私であってる? 間違ってない? と思ってしまうその気持ち、よくわかる。


「無視するのも失礼と思って来ちゃったけど本当に私がここにいていいの…? 今からでもかえ、帰った方が…」

「わかりゅ…」

「まあ、可愛らしいことを仰る」


 うふふと笑い声が響き、リリスはソフィラと揃って振り返った。

 振り返った後ろの席には、波打つ黒髪を綺麗に結い上げたご婦人が座っている。凜々しく吊り上がった蜂蜜色の瞳を和ませて、広げた扇子で真っ赤な唇を隠しなら微笑んだ。


「せっかく殿方が勇気を出して招待なさったのだから、受け取ったあなたは堂々としていて良いのよ。心当たりがなくても、あなたは殿方に花を贈りたいと想われているの。たとえお相手が勝ち上がらなくてもそれは素晴らしいことだし、どなたかわからなくてもときめかせながら観戦するのも一興でしてよ」

「す、スモーキー子爵夫人…」


 見覚えのあるご婦人の姿に、リリスは思わず呆然と呟いた。

 白薔薇の君応援団の一員であるマーブル・スモーキー子爵夫人は、既視感のある蜂蜜の瞳を緩めて微笑んだ。


「それに、重く捉える必要はなくてよ。王妃様も仰っていたけれど、招待状を受け取ることは想いを受け取ることにはならないわ」


 リリスとソフィラは聞き逃してしまったが、どうやら王妃様からしっかり説明があったらしい。

 王妃のお言葉を聞き逃すとか不敬だろうか。不敬かもしれない。だけどいろんなことに怯えていたのだ。見逃して欲しい。


「これは切欠に過ぎない。その切欠をものにするため励みなさいと、王妃様からの激励よ。あちらのご令嬢たちのように心通わせる方々にとっても、想いを伝えられず尻込みしていた方にとってもね」


 かなり強めの後押しだが、令嬢達が望まぬ婚姻をしないよう、その辺り気を遣っているらしい。

 同じく王妃様のお言葉を聞き逃していたらしい震えていた令嬢達が、夫人の言葉を聞いてほっと息をつくのが見えた。やはり混乱の最中で尊き方のお言葉も耳に入らなかったらしい。

 わかる。


 しかし、夫人の姿があるのは意外だった。確かに若くして夫と死に別れた未亡人だが、幼い子息がいると聞く。子爵夫人である事に変わりなく、そんな彼女に招待状を渡す挑戦者がいるなんて。

 落ち着いて周囲を見渡してみれば、ちらほらとご婦人の姿が見えた。意外と年齢層に幅もあり、本当にいろんな人が切欠として招待状を利用しているようだ。


 …毎年恒例国を挙げた告白イベントになりそうで、リリスは人知れず慄いた。

 だってまさか、あの決闘からここまで規模を拡大すると思っていなかったから…。

 リリスは震えた。とっても震えた。


『よぉしそれじゃあはじめていくわよ! 全員その場で構え!』


 一人慄くリリスを置いて、やっぱり事態は勝手に走り続けている。

 司会者である王妃様の号令の元、四つに分かれたブロックでは各々得物を構えた。


『【第一回武力であの子のハートを射止めろ! 筋肉と筋肉による嫁取り合戦】予選、開始ぃ~!』

『それ正式名称にする気ですか?』


 ちょっと閉まらない青薔薇の騎士団長の突っ込みと同時に、会場中に開始を告げる笛の音が響いた。


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