第15話 些細な切っ掛け大惨事


 リリスは必死に、一生懸命今までのことを説明した。

 つっかえながらも語るリリスの手を握り、頭を撫で、身を寄せながら話を聞き終えたライラは、一息ついたリリスを見守りながら熟考した。

 熟考して、リリスがカップを置いたのを確認してから口を開く。


「話はわかりました。まず、ブライアンを吊しましょう」

「おねえちゃま!?」


 しまった噛んだ。びっくりして噛んだ。

 ライラはリリスの台詞を咳払いで誤魔化してくれた。「冗談です」と訂正もしてくれる。


「質問ですが、リリスはダークウルフ伯爵子息をどう思いますか」

「ど、どうって…」

「迷惑だとか、生理的に受け付けないとか感じたことは?」

「え!? あ、そんな風に思ってないよ!」


 好意的に見ているかと問われると悩むが、嫌悪感を抱くかと聞かれたら否定できる。そもそも格好いいな~なんて思いながらスケッチしていた相手だ。初期好感度は高い。高いが、初対面で最高密度の口説きを頂く繋がりはない。


「なるほど。ではリリスは、伯爵子息が何故求愛してくるのか。その理由がわからず戸惑っているのですね」

「う、まあ、うん」


 その求愛の密度にも戸惑っているが、一番の謎はどうして、だ。

 どうしてオニキスが、リリスに求愛しているのか。


「ではリリス。あなたがスケッチをするとき。被写体を選ぶ基準はありますか」

「え?」


 唐突に問われた内容に首を傾げる。全く違う話に飛んだ気がする。

 しかし隣に座る姉はくるくるリリスの髪を指に絡ませながら言葉を待っている。


「特にはなくて…ただ綺麗だなとか、好きだなと思ったら描いてるよ」

「なんとなく、目を惹かれたものを?」

「うん」

「それと一緒ではないでしょうか」

「えっ」

「なんとなく目を惹かれた。そんな切欠でも恋は始まるんですよ」


 ライラの言葉に、リリスは衝撃を受けた。

 何だそれ。何の理由にもなっていない。


「そ、そんなはずないわ! だって恋って、特別な出会いから始まるものでしょ。父様は母様に飛んでいったハンカチを木登りでとって貰ったことが切欠だし、エイドリアン兄様は迷子になっている義姉様を道案内したのが馴れ初めって聞いたわ。ライラ姉様だって!」


 リリスは人が急激に恋に落ちるのは、劇的な何かがあってこそだと思っている。

 ゆっくり育む恋もある。しかし燃え上がるような、それこそ爆弾を投げ込まれたように爆ぜる想いは、劇的なシチュエーションあってこそだと思っていた。

 オニキスの場合、確実に後者だ。だってリリスはそんなじっくり、彼と交流したことがない。だからリリスが気付いていないだけで、オニキスの中でなんかすごい切欠があったのだろうと思っている。


 だってそれがないとしたらあの密度なに。

 本当になに。


 そう思っているのに、ライラの意見は違うらしい。


「確かに劇的な出会いを経験しましたが、私が旦那様を結婚相手に選んだのはそのとき恋に落ちたからではありません」

「え、え、え、なんで?」

「あまりにも騒ぐので、仕方がないなと折れました」

「義兄様泣くよ?」


 まさかの。


「無理強いしてきたときは嫌悪感がありましたが、しつこいくらい私だけを求める旦那様を可愛いと思ってしまった私の負けです。生理的に無理でなかったので結婚しましたが、心の底から愛を叫ぶほどの気持ちはありませんでした」

「義兄様泣くよ?」


 多分もう泣いていると思うが思わず繰り返してしまった。


「問題ありません。結婚後も変わらずしつこい旦那様に私も情が芽生えましたので、無事に夫婦として成り立っています」

「不安だよ?」


 恋に恋する年代のリリスとしては不安しかない。義兄の熱量を知っているだけに、熱量の差で風邪を引きそうだ。心臓が止まるかもしれない。


「とにかく、恋や愛は劇的な切欠があって芽生えるものではありません」

「ええ…劇的だよ」


 少なくとも義兄の熱量で愛を叫ぶ人は希少だと思う。


「しかしリリスもスケッチするときは、なんとなく目に付いたものを選ぶのでしょう?」

「うん…?」

「なんとなく目に付いた。それを選んで絵を描いた。恋も同じです。なんとなく目に付いた。相手を目で追って、気にするようになった」


 花を見てスケッチをするように。

 誰かを見て視線で追えば、小さな切欠となる。


「その程度の切欠で、人は恋をするものです」

「そんなまさか!」

「描き続けるか、別の被写体へ浮気するかは描き手の自由ですし」

「やめて浮気って言わないで!」


 浮気じゃない。目移りでもない。まるで気が多い人みたいに言わないで欲しい。


「重要なのは恋をした切欠ではなくて、継続するかしないかだと思います」


 ライラの言葉にドキリとした。

 そんなリリスを、優しい表情でライラが見ている。


「リリスは、伯爵子息が嫌いではないのですよね」

「…うん」

「何故好かれているのかわからず、不安なのでしょう」

「…うん」

「理由がわからないから、自分でも納得できる理由が欲しくて…それが本当の自分を愛し続けて貰える理由になり得るか、心配なのですね」


 姉の喩えをそのまま使うなら。


 ―――絵が完成したら、あの人の愛は終わってしまうのだろうか。


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