第14話 ぴよちゃん
リリスは音を上げた。
とてもじゃないが太刀打ちできないと音を上げた。
七つも年上の男性に熱烈に求められて、うら若き乙女は為す術もない。しかもただ愛を伝えるのではなく「君が悪い」なんて甘い囁きで詰められて、心当たりもないのに背徳感からどうにかなってしまいそうだ。
心当たりがないのに「君が悪い」と言われるだけで爆発しそうになる。私が一体何をした。何をしたの本当に。何した?
こんなの、リリスと同じくらい
ならば誰に相談すべきか。
兄には無理だ。長兄は結婚しているが、妹として兄に恋愛相談はできない。
次兄はもっと無理だ。数式で頭がいっぱいなのに蜂蜜漬けにしたら機能しなくなってしまう。リリスは次兄のアントンを精密機器だと思っている。叩いたら壊れる、丁寧に扱わなくちゃいけない相手。
ブライアン? 論外。
となれば、リリスが相談できるのはただ一人。
「助けてライラ姉様ー!」
「力になれるかわかりませんが、お話は聞きましょう」
ホワイトホース家の五番目であり長女のライラ・ホワイトホース改め、ライラ・グリーンウォッチ伯爵夫人。
子供を二人産んでも衰えない妖精のような美貌に微笑みを称え、ライラはリリスを伯爵家へと招き入れた。
子爵家のタウンハウスより立派な屋敷には、妻のライラと旦那様。そして愛らしい子供が二人住んでいる。
グリーンウォッチ伯爵家は薬草を扱っており、大きな温室で珍しい薬草を育てている。他国からも輸入を行っており、庶民にもお手頃価格で薬の販売を行っている良心的な貴族だ。王族からの信頼も厚く、当主は王宮薬剤師として勤めている。
その良心的な取組を人気取りだと罵り、他国との取引を内通だと判じた一部貴族が徒党を組み、盗賊を雇って襲わせたところに居合わせたのがライラである。当時十六歳だった美貌の乙女は白馬に跨がり、絶体絶命だったグリーンウォッチ伯爵家の当主を救った。
その当主が、ライラの旦那様だ。
凜々しい妖精姫を是非嫁にと押して押して、ブライアンと戦って巻き込んで諦めない敵勢力を取り締まりながら結婚まで漕ぎ着けた。ホワイトホース家を巻き込んで大騒ぎだったが、やっぱりリリスの記憶は「ライラ姉様の花嫁姿きれ~」一色だ。
あまりにも記憶にないので、恐らく上の兄たちが末っ子を巻き込まないように情報操作していたのだと思う。
早朝から
はい、二日間の間。勿論その間にも贈り物は届けられ、愛の花言葉ばかり詳しくなっていく。花の香りより蜂蜜の香りが過るのだから、リリスの頭は大混乱だ。
ちなみにねっとり絡め取られる恐怖から、あれから庭に出ていない。見つかったら食べられる。たっぷり蜂蜜につかって食べ頃かもしれない。怖すぎる。
「暑かったでしょう。お話の前にお茶をお飲みなさい」
「ありがとう…」
今日は日差しが強いので、庭ではなく室内に通された。冷たいゼリーと冷えた紅茶が並べられ、一口飲むだけで頭がすっきりする気がした。
ソファに腰掛けたライラは、労るような微笑みでリリスを見ていた。
波打つ銀髪。おっとりとした碧眼。二児の母となっても妖精と讃えられる美貌を保つ姉は、見かけと違って凜々しい。それこそ女性が理想としている騎士のように丁寧で、紳士的だ。
余談だがリリスは長兄の体格と三男の身体能力と姉の性格が一つになれば、理想的な騎士になると思っている。
「話はエイドリアン兄様から聞いています。大変なことになりましたね、リリス」
「ううう、さすがエイドリアン兄さん報連相が速い…」
「グリーンウォッチ家も伯爵家ですからね。ダークウルフ伯爵家と揉めることも考えてこちらに情報を寄こしたのでしょう。的確な判断ですよ」
ブライアンとオニキスは騎士団長同士だが、後ろ盾に差がある。決闘と関係ないが、万が一強硬手段をとられれば押し負けるのはホワイトホース子爵家だ。エイドリアンは不幸な事態にならないよう、ライラの嫁入り先にいざという時の保護をお願いしていたらしい。
リリスはライラから、兄が子爵として伯爵家に頭を下げに来ていたことを聞いた。
(え、エイドリアン兄様しゅき…!)
任せろって言いながら、本当に奔走してくれている。子爵として頭を下げてまで、リリスの自由を守ろうとしてくれていた。
帰ったら小猿のように抱きついて大好きを叫ばなくては。領地にいる義姉に、あなたの旦那様は本当に頼りになる素晴らしい男性だと語らなければ。イヤマジで手紙出そう。お義姉様兄さんを選んだあなたの目は確かです。ごめんなさい兄さん、姉様の性格じゃなくても立派な騎士様だった。
しかしただでさえ大事なのに、更に規模が拡大したりするのだろうか。ちょっと不安になった。
「…ええと、姉様のお家とオニキス様のお家が喧嘩になる…?」
「心配には及びません。子爵家にダークウルフ伯爵家が圧力を掛けてくるならあり得ましたが、伯爵子息にそのおつもりはないようです。となれば、こちらから余計な手出しをする必要もありません」
「よ、よかった」
「少なくとも決闘…いえ、大会でしたか。それが終わるまでは平行線でしょう。勝敗によってとるべき行動が定まるはずです。それまでお互い様子見ですね」
「みゅぐ…」
「…とも、いかぬ理由があるようですね? それが相談内容でしょうか」
ライラが苦笑して、リリスは真っ赤になった。
「おや、まあ…私の
ソファから立ち上がったライラは、テーブルを迂回してリリスの隣に腰掛けた。
幼い頃そうしたように、丸い頭を撫でて髪質の違う銀の髪を絡めるように抱き寄せて、愛らしい桜色の唇がリリスの旋毛に触れる。
「大丈夫ですよ私の
「おねえちゃん…っ」
思わず幼い日の呼び名が零れでる。卒業した呼び名だが、ライラは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、あなたのお姉ちゃんですよ」
いつもうっすら浮かんでいる微笑みとは違う、心からの笑み。
頼りになる、優しい姉の微笑みだった。
リリスは知らない。
ブライアンとライラ。実は家族に対する熱量が、この二人だけ強火ガチ勢であることを。
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