第12話 赤薔薇の花束
決闘ではなく、騎士団中心の嫁取り合戦が開催される報せは、あっという間に王都全土に広がった。
参加者は基本的に騎士団。しかし希望者は歓迎。騎士を殴り飛ばしてでも優勝を目指したいものは是非参加と参加者募集までされている。
騎士に勝てるとは思えないが、王家が守る【宣誓の薔薇】が優勝賞品とあっては恋に惑わされている男達が惑わされた。それさえあれば意中のあの子と…なんて幻想は、女だけでなくこの国の男達だって抱いている夢だ。
というわけで、嫁取り合戦の規模と参加者はどんどん膨れ上がり、予選から本戦のトーナメント戦に参加できる大規模イベントになっていた。
(なんでぇ)
発端となったリリスはあまりの規模に震えていた。
こんな大事になるなんて聞いてない。
何で王家が出てきたの? 本当になんで?
その日のうちに騎士団…ブライアンから報せがとんできて、確認したエイドリアンが教えてくれた内容に詳細は書かれていなかった。さすがに王族のことを手紙に書くわけに行かないので、それはわかる。わかるが。
【安心しろ俺が勝つから byブライアン】
なにも安心できない。むしろ婚期が遅れる。
いや、だからといってオニキスが勝ってもリリスはどうしたらいいのかわからなくて震える。一緒に話を聞いたソフィラが手を握ってくれなかったら淑女らしく失神していた。失神しても現実は変わらないけれど。
(…待って。規模が大きくなったってことは、オニキス様が勝ち上がらない可能性も…!)
なんて考えついて表情明るくソフィラを見たが、ソフィラは余命を宣告する医者のような顔で首を振った。
「相手は、
「
ちなみにラスボスは主催者の王妃様。勝てる気がしない。
ブライアンにも言えるが、騎士団長が参戦しているから規模が拡大しても出来レースに近い。もしかして万が一と言うこともあるが、可能性は限りなく低い。何故規模を拡大した。
すべて騎士団内の不満などを抑えるためと知らないリリスは、頭を抱えて悶えた。
それが昨日のこと。
次の日の朝、リリスは驚愕から二度寝しそうになった。
「ご機嫌ようリリス嬢」
赤い薔薇の花束を抱えたオニキス・ダークウルフ本人が子爵家に現われたため。
(みゃ――――っ!!)
予定のない日だったのでラフな格好をしてスケッチブックを抱えていたリリスは、早朝に朝顔のスケッチしようとふらりと庭先に出て思いがけずオニキスと遭遇することになった。
朝顔、咲いている期間が短いので、早朝でないとゆっくりスケッチできない。のこのこ庭に出たら、贈り物を持って門を潜ったオニキスと出会った。
…ご本人が贈り物を持ってきていたんかい!! 従者ではなく!!
驚愕の再会にリリスはスケッチブックを抱えて垂直に飛んだ。着地するまでの僅かな間で、あっという間にオニキスが距離を詰めていた。イヤ早い。あばばばば。
「今日はなんて幸運な日だろう。まさか君の顔を見ることができるとは思っていなかった。しかし庭先とはいえ、侍女も連れず出歩くのは感心しないな。俺のように君に焦がれる男と遭遇したら逃げられないだろう」
(ご自分でそういうこと言っちゃう!?)
確かにとっても距離が近い。
もとより敷地内は侍女を連れず、一人たったか歩き回ることに慣れていたリリス。庭に出ること自体は伝えているが、スケッチ目的だとわかっているので着いてくる使用人もいない。扱いが疎かなのではなく、単純に人手が足りないのだ。
ずいっと差し出された赤い薔薇の花束。芳醇な香りにくらりとする。
「本当は黒薔薇こそを贈りたいが、希少過ぎて手に入らず…まずは想いを理解して貰うべく、赤薔薇を選んだ。受け取って欲しい」
「ふぁ…っ」
さすがのリリスも、赤薔薇の花言葉は知っている。
【あなたを愛しています】だ。
受け取るべきか迷うが、目の前の彼から絶対受け取らせるという力強い意志を感じる。リリスは震える手で、花束を受け取った。花束を受け取ることと想いを受け止めることは別だと自分に言い聞かせながら。
しかしリリスが花束を受け取って、オニキスが浮かべた蕩けるような微笑みにリリスこそが溶けそうになった。
薔薇の花束を受け取ったのに、鼻腔を擽るのは薔薇の香りのはずなのに、濃厚な蜂蜜の香りがするのは何故だ。
実は薔薇の蜂蜜漬けを受け取った? そんなまさか。
「リリス嬢は、薔薇の本数に意味があることはご存じだろうか」
「は、はい」
昨日贈られた本数について兄たちが唸っていたので、調べ直した。九本は「いつもあなたを想っています」だった。はずだ。うん。
「今日は、十一本贈らせて頂いた」
そんな急にクイズみたいな言い方しないで欲しい。
貴族らしい言い回しだけど、普段田舎暮らしのリリスは即座に意味を理解できない。
(えーとえーと、昨日見た資料内容に書いてあったはず。えーと十一本…)
駄目だ混乱して意味が出てこない。ちょっと持ち帰って意味を調べていいですか。
なんてリリスの混乱を見透かすように、オニキスが身を屈めてリリスの耳元で囁いた。
「俺の、【最愛】へ」
「ふぃぎ…っ」
(なんで普通に教えてくれないの――――!?)
抱き寄せられているわけでも、背後が壁な訳でもないのに、リリスはその場から動けなくなった。
今動いたら腰が砕けてその場に倒れる。間違いない。それだけの破壊力。
耳元で囁くの、駄目です。
「白薔薇から話は聞いたと思うが、俺たちの決闘は形を変えて規模も膨らんだ。決闘が有耶無耶になったようなものだが、リリス嬢に詫びたい」
「ふぅっ!?」
身を屈めていたオニキスがリリスの目の前で膝を突いたので、リリスは飛び上がりそうになった。膝を突いたオニキスと視線の高さが一緒で更に驚愕する。この人マジで、背が高い。
「先日は白薔薇を納得させることばかり考えて、君の気持ちを考えていなかった。俺が乞わねばならないのは君だったのに、勝手に決闘を決めてすまなかった」
それはそう。
しかし責任の半分くらいはブライアンにあるので、オニキス一人を責めることはできない。
「決闘はなくなったが…これから騎士団中心で嫁取り合戦がある」
一度オニキスの瞳が伏せられて、再びリリスを見た。
「優勝したら、リリス嬢へ薔薇の花束を贈りたい」
既に頂きましたなんて言葉がよぎるが、赤薔薇の花束のことでないことくらいわかる。
【宣誓の薔薇】
王家が大事に育てている薔薇を、さすがのリリスも知っている。素敵ね素敵ねと、ロマン小説の感想を語るように友人ときゃっきゃした記憶だってある。
まさか現実で、受け取る可能性が浮上するなど考えもせず。
それこそ今現在黒薔薇騎士団長に跪かれてそんな言葉を贈られるなんて、ロマンス小説のように現実味のない話だ。
はく、と呼気が口から漏れた。言葉を絞り出そうとして音にならず、溺れたように呼吸が乱れる。
現実味がない…そう思いながら、呼吸が乱れて引きつるこの感覚は、間違いなく現実だ。
「な、なんで」
「ん?」
イヤ待ってそんな愛しげに首を傾げないでもっと呼吸ができなくなる。ただでさえねっとりと全身蜂蜜漬けの危機だから、それ以上濃密な蜂蜜を降り注がないで。お皿からこぼれちゃう。
身体が熱い。今のリリスは絶対、爪先から頭の天辺まで真っ赤になっているに違いない。
「なんで、私なんですか。私とオニキス様は、一昨日が初対面だったはずなのに」
演習場と見学席で、何度か目が合った記憶はある。
だけどそれだけだ。言葉を交わしたのは、一昨日が初めてだった。
頭の中でブライアンが「一昨日来やがれ!!」と怒鳴っていたが即座に追い出す。そういうことじゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます