第11話 最も尊き貴婦人


「とにかく、騎士団長同士で諍いを起こすのは騎士団内での不和を生む。この決闘は無効とし、別の形で決着を付けるべきだ」


 過去を反芻していたオニキスはボニーの力強い言葉に現実へと戻った。


「いいや、騎士達は血に飢えている。決闘は取り下げるべきじゃない。男は血と汗と賭け事が好きなんだ。そして強い男に従う自分も好きだ。だから誰が最強なのか、若輩の黒薔薇にしっかり叩き込まなければならない」

「澄んだ目をして何を言っているんだ貴様ァ!」

「白薔薇も譲らないな」


 苦笑しながら、スワローも同意見なのか否定しなかった。オニキスも否定しない。男は血と汗と奮闘が好きである。騎士団長同士の戦いなど、盛大に賭けが始まっていることだろう。

 ボニーは女騎士のためその辺りに理解がない。理解がないと言うより清廉な騎士として賭け事は推奨されない。もとより賭け事は普段から禁止されていることなので、厳格な彼女は受け入れることができない。ギリギリ歯ぎしりが聞こえてきそうだ。


「そも、決闘を忘れさせる程の行事なんて思いつくか? 自分で言うのもなんだが、白薔薇黒薔薇こいつの決闘は見所しかない」

「ああ、優美の白薔薇と堅剛の黒薔薇だ。見物料を取ったら屋敷が買えるくらい稼げるだろう」

「自分たちで言うなァ!」


 間違っていないからこそボニーの怒りは治らない。


「リリス嬢を巻き込んでしまったが、決闘内容は俺とブライアンで話し合って決める。リリス嬢自身を脅かす真似はしない」

「ああ、俺は黒薔薇を邪魔できればそれでいい」

「清々しいな」

「…この、弟妹馬鹿め…事は既に、お前たちだけでの問題ではなくなっているんだぞ!」


 清々しいほど煌めきながらオニキスの邪魔を宣言するブライアン。スワローは感心しているが、ボニーは苦々しい表情で小さく吐き捨てた。

 全くもってその通りだとオニキスもわかっているが、もう大々的に決闘を行うくらいしか思いつかない。


 騎士団長同士の決闘を誤魔化すとなれば、より大きな企画を打ち上げないと…。


「ふむ…それならいっそ騎士団全域を巻き込むか」

「「「えっ」」」


 スワローの言葉が理解できず、思わず三人揃って聞き返した。

 青薔薇は、穏やかに微笑む。


「黒薔薇は令嬢に求婚したいのだろう? それなら、誰でも愛する人に求婚できる大会を開催すればいい」


 まさかの最年長青薔薇が、とんでもないことを言い出した。


「黒薔薇を阻みたい白薔薇は、大会で黒薔薇を打ち倒せば問題ない。他の奴らも大会に出場し、勝ち上がれば意中の相手に愛を告げる権利を得る。うちの倅もそろそろ嫁が必要だし、告白相手へ強要不可だが、いい切欠にはなるだろう」

「青薔薇の? 何を…」

「つまりだな、騎士団で嫁取り合戦を始めよう」

「何故そうなった!」

「あらいい考えね。わたくしは賛成よ!」


 赤薔薇が叫ぶと同時に、会議室の扉が勢いよく開かれた。

 全員で振り返った先に見えた桃色の色彩に、考えるより先に最敬礼をとった。


 立っていたのは桃色の貴婦人。桃色の髪を結い上げて、好奇心で一杯の桃色の瞳を輝かせる高貴な女性。腹心の茶髪の侍女を従えて、その人は堂々と会議室に入室した。

 本来関係者以外立ち入り禁止の場所だが、彼女の歩みを止められる者はどこにもいない。


 彼女こそがこの国の騎士達が忠誠を誓う貴婦人。ガーデニア王国の王妃。

 ヴァイオレット・ピーチローズ・ガーデニア妃である。


「楽にしてくれて結構よ。むしろ意見が欲しいから意気揚々と発言してくれると嬉しいわ」

「恐れながら王妃様。このように武骨な場所へどのようなご用件で? お求めくださればこちらから馳せ参じましたのに」

「モノクロ騎士団長が決闘すると聞いて面白そうだから詳しく聞きに来たわ!」

「こちらから馳せ参じましたのに」

「そうすると畏まったお話しか聞けないじゃない! もっとキラキラドロドロバチバチした話が聞きたいわ!」


 そう言って最年長のスワローが自然な動作で椅子を引き、王妃を着席させた。次の瞬間には腹心の侍女が紅茶を用意し、自然とティータイムが始まっている。

 ちなみに他の三人も王妃が現われたと同時に席を立ち、敬礼したままになっている。さすがに長年仕えているスワローと違い、王族との交流に未だ慣れていない三人は、王妃のフットワークの軽さに無表情の下で慄いていた。


 というかモノクロ騎士団長って白薔薇と黒薔薇のこと?


 優雅にティータイムをはじめた王妃だが、本来の目的を忘れてはいなかった。キラキラした目で敬礼している二人の団長を見ている。さすがに冷や汗が二人の背中を伝った。


「話はだいたい聞かせて貰ったわ」


 聞いていたらしい。

 会議室の前にいつからいたのか気になる。


「確かに騎士団長同士が決闘する展開は熱いけど、今後の軋轢を考えると得策ではないわね。とっても熱い展開だけど、取り止めたい赤薔薇ちゃんの言い分もわかるわ」


 赤薔薇ちゃんって赤薔薇騎士団長のことか。


「でももう走り出してしまった噂は止められないし、騎士達の期待も止められないわ。この平和な時代、騎士達の活躍する場も少ないことから自分たちの実力を示せる場も必要だと考えていたの。平和な時代に剣の切れ味が鈍るのは、わたくしたちも本意ではないのだし」


 思ったよりまともなことを言われている。

 失礼ながらそんなことを考えた。


「だから、おじさんの意見に乗っかって騎士団全体でのビックイベントを開催すべきだと思うの!」


 おじさんって青薔薇のことか。

 王妃様は現在三十代なので、五十代の青薔薇はおじさんかもしれないが王妃様からそんな呼ばれ方をしているとは知らなかった。


「騎士としての忠誠も誇りも王族に捧げられるもの。だけど愛情は伴侶となる人に捧げるべきよ。だからこそこの大会で、最愛の人に愛を誓う【宣誓の薔薇】を贈呈するわ!」


【宣誓の薔薇】

 初代国王が王妃へ愛を誓ったときに贈ったとされる、王宮でのみ栽培されている桃色の薔薇。花弁の層が他の薔薇より緻密で小ぶり。繁殖力は強いが丁寧に育てないとすぐ枯れてしまう、守られるべき尊い薔薇。

 歴代の王妃が受け継ぐ庭園でのみ咲いている薔薇は、愛を誓う最高級の薔薇といわれている。

 この国の乙女たちは、その薔薇で愛を誓われることをこっそり夢見ている。【宣誓の薔薇】を贈られて、求愛に頷かぬ乙女はいない。


 それを、大会の優勝者に贈呈するという。

 ――つまり、優勝者は約束された勝利エクスカリバーを得るということだ。


(負けられない戦いが始まる…!)


 もとより負けられない戦いだが、より負けられなくなった。


「あ、勿論令嬢側の拒否権も認めるわ。どれだけ優れた宝石でも、何の気持ちもない相手から贈られたら気持ち悪いだけだもの!」


 なんて持ち上げて盛大に叩き付けるようなことを言う。


【宣誓の薔薇】はあくまでも贈る側の誓いであって、贈られる側の事情は別である。いくら大衆が憧れるシチュエーションになったとしても、相手に気がなければ不幸を生むだけだ。


「受け取るか受け取らないかは令嬢次第。だけど自分の為に戦う男にときめく女は多いのよ! そこで受け取らないってなれば余程悪い男か身分差が激しい相手だけね! わたくし女性の味方だから、その辺りしっかり対処するわ!」


 そう言って王妃は、黒薔薇にバチンとウインクを贈った。

 …つまり。


(大会で勝ち上がり、リリス嬢に薔薇を受け取って貰えるよう今のうちにしっかり根回しをしろ…ということだな)


 オニキスは真面目な顔で再度敬礼して見せた。王妃は満足そうに頷いて、ごくっと紅茶を飲み干す。豪快だった。

 そして、勢いよく立ち上がる。


「というわけで、決闘ではなく騎士団中心の嫁取り合戦決定! 主催はわたくし、ヴァイオレット・ピーチローズ・ガーデニアよ!」


 思いがけず大事になったが、やることは変わらないのでオニキスは真面目に敬礼を続けた。


 走り出した馬がすぐに止まらないように、走り出した事態はそう簡単に止められないのである。


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