第9話 騎士団長集結
「馬鹿か貴様ら!」
響く怒号に、肩を並べて正座させられた男達は肩を竦めた。
ポニーテールにした赤毛を揺らし、大きな緑の瞳をつり上げて怒鳴る二十代後半の女性。そばかすの散った頬は真っ赤に染まり、腕を組みながら仁王立ちした赤薔薇騎士団団長ボニー・フィッシュレッドは、同僚である白薔薇と黒薔薇の騎士団長をキッと睨み付けた。
「最近小競り合いが増えたかと思えば、とうとう団長同士で決闘だと? 騎士団長の立場をなんだと思っている! 白薔薇と黒薔薇で戦争でも始める気か!」
「まあまあ落ち着け赤薔薇の。まずは落ち着いて二人の話を聞こうじゃないか」
「しかし青薔薇の! こいつら全く反省していません!」
怒鳴り散らす赤薔薇の騎士団長を宥めるのは、この場では最年長の中年男性。彼は一人マイペースに紅茶を飲んでいた。
撫で付けた青い髪。黒い目を覆う、右の眼帯。大柄で厳つい体格だが、穏やかで落ち着きのある顔立ちをしている男。年の頃は五十を過ぎていて、最年長であり就任最長記録を持つ青薔薇騎士団団長、スワロー・ブルーバードはまだまだ血気盛んな若い団長たちを微笑ましそうに眺めていた。
騎士団本部の会議室。四つある騎士団の責任者であり指導者の団長たちの会合は、頻度は少ないがないわけではない。
しかし今回の収集は突然だった。しかし必然だった。何故なら騎士団長自らが盛大にやらかしていたからだ。
肩を並べながらも火花を散らすにらみ合いを続ける二人に、ボニーは更に言いつのる。
「元々白と黒。赤と青は合同演習が多く切磋琢磨する関係もあって小競り合いが多い。多少の軋轢も騎士達がぶつかり合い、成長するために必要なものだと見守ってきたが…団長自らぶつかり合ってどうする! 騎士団全体の士気に関わるだろうが!」
ただの騎士同士の喧嘩では済まないのが騎士団長。
優劣を付けないため演習でもわざと決着が着かないように調整しているというのに、決闘など勝敗のはっきりする勝負をふっかけるなど。
「話を変えるが俺は、騎士団長同士での訓練で勝敗を調整する謎ルールは意味がないと思っていた。切磋琢磨するなら俺たち騎士団長も常に上を目指すべきで、俺たちが研磨し合えるのは団長同士に他ならないはずだ。これを機に演習内容も見直して、力の限りぶつかり合うべきだ」
「黒薔薇! 丁寧に宣言しながら話を変えるな! それは一考の余地ありだが話を変えるんじゃない!」
「お前相変わらず馬鹿正直だな…」
真顔で軽く手を上げながら宣言する黒薔薇騎士団長オニキスだが、赤薔薇騎士団長ボニーに一喝されて終わった。睨み付けていた白薔薇騎士団長ブライアンが呆れた顔をするくらい馬鹿正直だ。
こつ、とテーブルを指で叩いた音が響く。全員が黙った瞬間、隙間を縫うように響いた音に三人がそちらを見た。注目を集めた青薔薇騎士団長スワローがゆったり笑う。
「それで、決闘理由は【痴情の縺れ】と聞いたけど事実かな?」
「「違います」」
二人が揃って否定したことで、ボニーがそっと安堵の息を吐いた。
騎士として、騎士団長として、まさか女を巡って決闘をするなど…。
「俺が白薔薇の妖精リリスに求愛しているところを白薔薇に邪魔されたので、茨を取り払うために決闘を申し込みました」
「俺の可愛い妹に絡みつく野薔薇が煩わしくて、合法的に切除するため決闘を申し込みました」
「馬鹿者!」
女を巡る決闘で間違いなかった。
「白薔薇の…ああ、末の妹さんか。彼女に黒薔薇が懸想したと?」
「結婚します」
「認めてないぞ! 周知するな!」
「なるほど理解した。確かに痴情の縺れではないな」
別の意味で縺れているが痴情の縺れではない。別の意味で縺れているが。痴情の縺れというより「お義兄さん妹さんを俺にください」だ。
「お前たちの主張はわかったが、肝心の妹さんの気持ちは確認したのか?」
スワローの言葉に、二人はピタリと動きを止めた。
それだけでボニーも察する。
こいつら、肝心の女性を置き去りにしている、と。
「…口説いているところを邪魔されて…いや、言い訳だな。リリス嬢の気持ちは確認できていない。気持ちは俺にあると思いたいが、不明のままだ」
「こいつ潔く認めやがった…っ」
「白薔薇のは確認したのかな?」
「可愛い妹が受粉したら手遅れになるから近付けたくない、身勝手な俺の行動です!」
「もししていたら、責任をとらせて欲しい」
「(受粉は)させねーよ!」
「受粉はしないよ。人間だもの」
人間だもの。
ボニーは冷静にツッコミを入れるスワローの言葉が何故か頭に響いた。
人間だもの。
「意志を貫き、誇りを守るため決闘するのは問題ないが、自分たちの意志だけで守るべき貴婦人の心を蔑ろにしているなら決闘すべきではない」
年長者からの静かな叱責に、無言になったブライアンとオニキスはそっと姿勢を正した。怒りで真っ赤になっていたボニーも姿勢を正す。
国に忠誠を誓っている騎士。剣であり盾である彼らは、弱きを助ける守護者でなければならない。
女子供に無理強いするような害悪であってはならないのだ。
「妹さんにはしっかり謝罪して、まず話し合いからはじめるように」
「はい」
「う…いやだ…話し合ったら話が進んでしまう…っこいつ絶対逃がさないって強い意志を迸らせている…! このままだと妹が手籠めにされてしまう…っくそ、嫁がなくてもいいじゃないか兄がいつまでも養うから! 私の兄が完璧格好いいって応援し続ければいいじゃないか! 本気で養うぞ、俺は!」
「
素直に頷くオニキスと、抵抗を見せるブライアン。妹離れできていない兄の悪あがきに、ボニーが怒鳴った。
「しかし困った。二人の決闘は周知されてしまっているから、今更撤回もできない」
「白薔薇と黒薔薇の騎士団員たちは大変盛り上がっている。それこそ演習で決着を付けない弊害で、我が騎士団長こそ最強だと張り合いが始まる始末だ」
「うんうん。その余波がこっちにも来ているから知っている。青薔薇の騎士団長が最強だと怒鳴り込んだ子がいるらしいし」
「ああ、赤薔薇の騎士団長が最高だと駆け込んだ奴もいるらしい。そいつだけおかしい気がする」
「いいじゃないか慕われているってことで」
「何かおかしい気がする」
そう、二人の団長の決闘は、決闘内容よりも二人のどちらが強いか知りたいという知的好奇心から周囲に瞬く間に広まった。
そして騎士団長の強さが判明するとなれば、他の騎士団も黙っていない。
我が騎士団長こそ最強(最高)だと、騎士団同士で激しい論争を巻き起っていた。
「本気で騎士団全域の士気に関わる。切磋琢磨するのは望ましいが殴り合えとは言っていない。このままでは怪我人が出る」
「それは本当にすまない。まさかここまで激しく影響するとは思っていなかった」
「若いな。私達の言動が団員に影響すると身に染みたなら、これからどうすべきか共に考えようか」
「撤回はできないししないぞ。俺は何としてもこいつをリリスから遠ざけたい」
「まだ言うか白薔薇ァ…腕ずくではなくもっとやり方があるだろう馬鹿者!」
ぐちぐち言いつのるブライアンをボニーが叱責しているのを横目に、オニキスは深く反省していた。騎士団長として自覚が薄い行動をとってしまったことと、思わずそんな行動をとってしまうほどリリスに熱を上げているというのに、肝心の彼女の意志を確認できていなかったこと。
(だが…彼女は、俺を憎からず想っているはずだ)
確信と言うほど強気になれないが、自惚れる程度には見つめられていた。
あの、透明な泉のような碧眼に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます