第8話 薔薇の花束


 ラブレターに目を通したリリスの感想は簡潔だった。


「蜂蜜漬けだ…」


 叫びたくなるほど甘々だった。でもってデロデロだ。デロデロに甘々だ。手紙がレモンの蜂蜜漬けのようにどっぷり甘くされている。本来なら甘くないものを甘くされている。

 愛とか恋とか直接的な言葉は一切ないのに【あなたを思い浮かべるだけで胸が疼く】だの【いつでも会いたい】だとか【俺の想いを知ってもらうため、これから毎日あなたへ贈り物をする】などと三ページほどびっしりリリスに対する愛が詰められている。え、これからこの贈り物続くの?


 そして白薔薇の花束を見た兄たちは苦い顔をしていた。


「九本…」

「九本か…まだ常識的な範囲内だな…」

「本数がなに…?」


 確か意味があったはずだが、即座に出てこなかった。なんだっけ。

 首を傾げるリリスを放置して、兄たちは何やら話し合っていた。


「白い薔薇なのは、リリスが白薔薇と呼ばれるブライアンの妹だから、でいいのか? 花言葉か?」

「花言葉でくるなら他の色にしそうだよ。ブライアンの妹だからでイコール正解だと思う。白薔薇の妖精と呼ばれているらしいし」

「我が家の女性陣はよそから見ると妖精なのか。天使でなく」

「妖精でも天使でもないわよ」


 我が家の妖精枠は長女のライラだ。白馬に乗って戦う妖精。旦那さんも大喜び。

 末っ子のリリスは平凡枠だ。少なくとも本人はそう信じている。


 兄たちが言うには、オニキスがホワイトホース家ではなくリリスへ直接アプローチをするのは別にルール違反に値しないらしい。内容も愛を伝えるだけで無理矢理結びつこうと脅しているわけでもない。ただ想いを伝えるだけの、本物のラブレター。

 子爵家が婚約を結ぶ結ばない関係なく、本人へ想いを伝えて貢ぐのは咎められる行為ではない。なぜならどちらにも婚約者がおらず、それなら自分の相手にと口説くのは当然の行動だからだ。

 ここで家を介するならリリスではなく兄たちが介入することも可能だが、本人同士のやりとりに親族が割って入るのは野暮である。余程問題がない限り放置される。


 オニキスはブライアンとの決闘を忘れていないので、どう転ぶかわからない中で家同士のやりとりは控えた。

 しかしリリスとは繋ぎが欲しいのでしっかり求愛行動をとりだした。ちゃっかりしていた。


 そう、ただの求愛行動となれば、兄たちが割って入るのは難しい。婚約の打診をされているわけでないのに、こちらから動けない。

 となると本当に、二人の決闘が終わってからじゃないと両家共に動けない状態になってしまった。


「騎士同士の決闘は神聖なものだから、何があっても完遂する必要があって…それは負けた方が、負けたときに誠実に対応するんだって。だから、事前に私達ができることってないの…」

「それはかなりむちゃくちゃでは…?」

「完遂する力量がないやつは決闘しちゃ駄目なんだって…」

「なんでその二人、決闘しちゃったの…?」

「わかんない…」


 本当にどうしてあの流れで決闘になったの? もっと穏便に話し合えたでしょ?

 そして話し合うのはリリスとオニキスであってブライアンとオニキスではない。オニキスに迫られたときは味方が欲しかったが、今考えるとブライアンが味方だったかどうかが怪しい。引っかき回されただけな気がする。

 リリスはお行儀悪く、テーブルに突っ伏した。困った顔のソフィラがリリスの銀髪を撫でてくれる。


「うう…せっかく会えたのに愚痴ばかりでごめんねぇ」

「いいえ。リリスも混乱しているのよね。誰かにいいたい気持ち、わかるわ」

「ソフィラしゅきぃ」

「え、えへへ…私もリリス好き」

「「えへへ」」


 お互いに照れ笑いを零した二人は、もじもじお互いを意識してからまた笑い、落ち着くため紅茶を飲んだ。

 紅茶おいちい。


「それにしても、ダークウルフ様がそんなに愛情表現が極端な方だったなんて。今までどんな令嬢にもにこりともしなかった人だったし、相手がリリスじゃなかったら信じられなかったわ」

「うん。別人を疑った」


 リリスだって知っている。オニキスは最初の印象通り、堅実で硬質的で余計な部分…それこそ恋愛感情など削ぎ落としたような人だった。

 それがまさかの蜂蜜責め溺愛行動である。


 やめて。蜂蜜の過剰摂取は身体に悪い。身に余る溺愛もきっと身体に悪い。その人なしで生きられなくなってしまう。溺れてしまうあっぷあっぷだ


「その、急な話で戸惑いもあるだろうけれど…リリスは、ダークウルフ様とどうなりたい?」

「私…」


 ソフィラに問われて、リリスは思わず俯いた。

 それを考えなければならないとわかっているけれど、本当に急な話でどうしたらいいかわからない。

 リリスは小さな唇をきゅっと噛み締めて、なんとか言葉を探し…。


「わた」

「大変だリリス!」


 駆け込んできた長兄に言葉を呑み込んだ。


「失礼ビーハニー伯爵令嬢。来客中に申し訳ない」

「え、あの、構いません。それより一体何が?」


 強面のエイドリアンに視線を向けられただけで睨まれたように感じたのだろう。ソフィラが一瞬飛び跳ねた。小さく震えながら対応できたソフィラは気丈だった。


「ああ…リリス。落ち着いて聞いて欲しい」

「え、なに。何なの?」


 長兄が真面目な顔をするものだから、リリスも背筋を伸ばして兄の言葉を待った。兄は一度息を吐いてから、頭痛を堪えるような顔で告げた。部下が暗殺に失敗したのを諌める顔だった。


「ブライアンとオニキス様の決闘が騎士団全域で行う嫁取り合戦に変貌した」

「なんでぇ?」


 ほんとになんで?


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