第7話 私の意思は!?


「うわあああなんでこうなったのかわからないいいい!」

「話を聞いてみても、最後の最後でわからなくなるわ…」


 ホワイトホース家のタウンハウス。騒動の次の日、リリスは友人のソフィラを招いて泣きついていた。


 王都で出会ったソフィラ・ビーハニー伯爵令嬢。彼女は数年前からの友人で、社交シーズンの度にお互いの家でお茶をする仲だ。

 王都で催される夫人のお茶会で出会い、本の趣味が合ったことで意気投合した。ソフィラはリリスの描くスケッチも褒めてくれて、調子に乗ったリリスがソフィラの好きな本の創作挿絵を描いたことでより仲が深まった。普段見えるものばかり描いていたので、想像しながら描くのも楽しかった。


 蒲公英みたいにふわふわした金髪。穏やかな日差しに透ける若葉のような緑の目。小柄で物静かなソフィラは、突然の白薔薇VS黒薔薇に混乱したリリスがすぐに会いたいと連絡して本当にすぐ、次の日に予定を合わせてくれたとても友達想いの優しい子だ。


 いっぱい好き。


 お菓子とお茶をつまみながら一生懸命昨日の出来事を説明したリリスだが、説明しても最後がよくわからない。なんで最後、兄ブライアンとオニキスの決闘になるのか本当にわからない。


「私の意思は!?」


 これである。


「決闘って…決闘ってつまり、ブライアンとオニキス様が戦って、勝った方がわた、わたし、私を手に入れるとかいうソレよね…!?」

「ソレだよ」

「ブライアンはともかくオニキス様が勝ったら、私、どうなるの!?」

「どうにかなっちゃう…」

「どうにかなっちゃうよ!」


 どうにかされちゃう。

 もうあの、蜂蜜色の眼差しを思い出すだけで足がガクガクするのに。


 決闘の勝敗次第で、リリスはオニキスにどうにかされてしまうということだ。

 リリスは真っ赤になって頭を抱えた。ソフィラが心配そうに見つめてくるが、その頬も赤い。人伝に聞いただけでもこの影響力。

 蜂蜜って香りが強いよね。影響力強い。


「あの蜂蜜みたいな目で熱心に見られるともう駄目よ。何も考えられなくなっちゃう…だってただとろみのある蜂蜜じゃないの。高温で溶かしてトロットロになった蜂蜜なの。ソレを指先の隙間も埋める勢いで掛けられるの。濃厚な蜂蜜で溺れそうになるの。私ミツバチじゃないのに。パンケーキでもトーストでもないのに。レモンでもないわ。それなのに容赦なく降り注ぐ甘い甘い、蜂蜜…みたいな熱量の視線…うう、私、男の人にあんな目で見られたことないよう…」

「こ、こわい…」

「ね、こわい」


 初心な乙女に重い溺愛はちょっと毒である。

 乳幼児に蜂蜜を与えてはいけないのと同じだ。恋愛初心者ばぶちゃんに重度な愛は与えちゃいけない。呼吸困難になってしまう。

 ソフィラと一緒に震えるリリス。それだけオニキスの目に恐怖を感じた。

 デロデロに甘すぎて恐怖。


 やだ、わたし、蜂蜜漬けにされちゃう。疲労回復美肌効果でピカピカになっちゃう。


 …あれ? イイコトずくめでは…?


 蜂蜜は疲労回復だけでなく保湿効果、美肌効果があると聞いたことがあるリリス。蜂蜜漬けってデロ甘だけどもしかしてイイコトでは。貧血対策にもなったはず。蜂蜜は古来よりとっても身体にいい薬として利用されているし。


 なんて思いついてしまったリリスは表情明るくソフィラに思いついた内容を告げた。しかしソフィラは沈痛な面差しで首を振った。手遅れですと伝える医者の顔だった。


「…蜂蜜の過剰摂取は肥満の原因だよ。蜂蜜の取り過ぎは命に関わるから、一日一匙が適量だよ。あと加熱しすぎた蜂蜜からは、栄養素が失われてしまいます…」

「あああああやっぱり過剰摂取だぁあああああ」


 最後だけ丁寧に進言されるのが辛い。

 何事も加減が大事。これ常識。


「ちなみにブライアン様が勝ったらどうなるの?」

「花粉の飛び散る範囲近寄るなって言っていたけど、具体的にどれくらいの距離かわからない…」

「なんで花粉…?」


 リリスにもわからないし、恐らくオニキスにもわからない。かなりな広範囲であることだけわかる。

 何故かブライアンは二人が近付けば受粉すると思っていた。興奮しすぎておかしなことを言っている事実に気付いていないのかもしれない。落ち着いて欲しい。


「他のお兄様方はなんて?」

「…エイドリアン兄さんがブライアンに腕ひしぎ十字固めして、アントン兄さんが「お前が早まるからリリスが自分で決められなくなっただろうが!」ってお説教してくれたわ…」

「ええっと…素敵なお兄様方ね」

「うん」


 目上の伯爵家と縁繋ぎができるぞやったー! とならない兄たちが、リリスを置いてけぼりにして決闘を始める二人に怒ってくれたのが嬉しい。


 二人は目を回して帰ってきたリリスから事情を聞いてすぐブライアンを絞め、説教をしてくれた。しかしブライアンは決闘を取り下げず、用意があるからと帰ってしまった。

 正式に申し入れがない限りこちらから動くことはできないが、たとえブライアンが負けてもリリスに選択肢が残るよう交渉すると息巻いてくれた兄たち。

 グルグル目を回していたリリスだが、頼りになる兄たちの言動に思わず涙ぐんだ。上二人が優しい。ブライアンはもっと叱られたらいい。


 しかし今朝届いた贈り物を見て、二人の兄は沈黙した。


 ダークウルフ伯爵家より、真っ白い薔薇の花束と、恥ずかしくなるくらいの愛が詰まったラブレターがリリスに届けられたのだ。

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