第5話 蜜の色


 その日の退場歓声ノルマを達成したリリスは、ブライアンの出待ち…ではなく、一緒に帰るため普通に兄を待っていた。


(今日のブライアン、やけに張り切っていたわね…いつも以上にキラキラしていたし、いつも以上にファンサの鬼だったし、無言のアピールがすごいというか…何かあったのかしら)


 背景に白薔薇が咲き乱れるくらいやる気に満ちていた。

 ちょっと意味わからないくらい煌めいていた。


(もしかして…私が結婚の話をしたから、とうとうお嫁さん探し始めたのかな!?)


 応援団ファンクラブにいるご令嬢へのアピールかもしれないと気付いたリリスは思わず笑顔になった。

 何せ、ホワイトホース家は七人もいるのに二人しか結婚していないのだ。

 長男長女がしっかり結婚しているのが上手いところだが、それ以外の子供たちは結婚していない。


(末っ子の結婚事情を心配するよりも、兄さんたちの相手を心配した方が良いと思うわ。アントン兄さんは数字を愛しているけど、なんだかんだ上司から縁談組まれてその内あっさり結婚しそう。ブライアンはその気になったら選り取り見取りだからあまり心配はないとして、バイロンは…)


 ホワイトホース家四男のバイロンを思い浮かべ、笑顔だったリリスは渋面になった。


 バイロンは現在、隣国に留学中。四年前のライラの結婚式には帰国していたが、それ以来ずっと隣国にいる。言語について研究していて、現在は解読されていない古代語に夢中だ。学びたいことがあるのはいいことだと思うが、バイロンにはとんだ悪癖があった。


(バイロンは…結婚したらきっと、昔の女の人に後ろから刺されるわ)


 艶やかな銀髪をサイドで纏めて肩に流し、妖艶に細められた碧眼で相手を見つめ、口元の黒子が気になるくらいの誘惑を吐く男。

 未知なる言語を理解する最短方法は恋人を作ることだと豪語するバイロンは、現在六カ国語を操るマルチリンガルだ。


 つまり、少なくとも六人の女性と関係を持っていたと言うことだ。


(さすがに古代語を操る女性はいないから平和だそうだけど、手慰めみたいに他国の言語を習得するために女性を口説くと言うから、バイロンは一度刺されるべきよ)


 四年前がそうだったので、今もそうだとは限らないが、人間より言語にしか興味のない兄なので、未だ最低な行いをしている気がしてならない。


(バイロンみたいに女の人をとっかえひっかえする男の人は駄目ね。貴族で浮気は当たり前みたいにあるけど、そこだけは気を付けて相手を選ばないと)


 取り敢えず四男のバイロンみたいに明らかに女慣れしていそうな男性は除外だ。リリスが気付けなくても、恐らく兄たちが気付いてくれるだろう。そう信じたい。


(後はクリスだけど…一番結婚している姿が想像つかないわ)


 そもそも所在地不明なので、一先ず生きていてくれればそれでいい気がする。


(で、ブライアンだけど…もし応援団のご令嬢にアピールしていたなら、私に構っている暇なくない?)


 というか普通ないはずだ。妹に構っている暇なんて。

 ブライアンは白薔薇騎士団の騎士団長。本来ならば演習が終わった後も仕事がある。

 それなのにわざわざリリスの送迎をして声援を貰っている。普通に考えて「お前は何をしているんだ?」と誰もが言うだろう。兄たちも言っていた。


(そうよね、そんな暇ないわよね…ってことで、このまま帰ろうかしら)


 子爵令嬢だが、七人兄弟の末っ子は奔放に育ってきたので歩いて帰る体力はある。何なら市場によって、ちょっと屋台で買い食いなるモノをしてみたい。


 というかサクラ最後の日に、屋台によって帰りたい。

 リリスは子爵令嬢なので、このように気軽に出歩く機会は中々ない。むしろ屋台によるチャンスは今日を逃すともう二度とやってこない。


(今日のお小遣いはまだ貰ってないけど、今まで貰った分が少しあるわ…銀貨一枚で足りるかしら?)


 足りるどころか屋台で出されたらおつりに困る金額である。


(申し訳ないし…一人で帰ろう!)


 屋台の誘惑に負けたリリスは、意気揚々と動き出し、


「ぴゃっ!?」


 固い壁に鼻をぶつけた。


「…大丈夫か?」

「ひゃいっしゅいましぇんっ」


 しまった壁じゃなかった人間だ。驚きと鼻の痛みで上手く発音できずふにゃふにゃした謝罪になってしまった。

 しかし目の前は黒い胴体しか見えない。リリスは慌てて一歩下がって顔を上げた。しかしまだ身長差が辛い。もう一歩くらい下がるべきだったかもしれない。首が痛い。


 リリスの目の前に現われたのは、まさかのオニキス・ダークウルフだった。


(なんで!? …も何も無いわ!! ここ騎士団入り口だもの。白薔薇だろうと黒薔薇だろうと通るわね!)


 騎士団の人なのだからいて当たり前だった。思いがけない大物と出会ってびっくりしただけで、出没して当然の人だった。


「ぶつかってしまい、申し訳ありませんでした」


 改めて深々頭を下げる。


「いや、俺ももう少し早く声を掛けるべきだった。驚かせてすまない」


 丁寧に謝罪された。はわわ。


「って、あ、あの。私に何かご用でしたか」


 声を掛けるべきだった、ということは、声を掛ける予定だったということだ。


「ああ。君は白薔薇騎士団のホワイトホース卿の妹君で間違いないか?」

「は、はい。リリス・ホワイトホースと申します」

「ああ。俺はオニキス・ダークウルフだ」

「存じております」


 騎士団応援団ファンクラブで知らない人はにわかで間違いない。ある意味リリスはにわかだが、オニキスの顔と名前は知っている。


「兄を待っているのなら、ここではなく待合室を利用した方がいい」

「え?」

「リリス嬢のように愛らしい花が咲くには、少々危険な場所だ。兄を待つなら外ではなく、中に入った方がいい。でないと余計な虫に群がられてしまう」


 そう言いながらチラリと視線を走らせるオニキス。つられて視線を辿れば、去って行く男の背中が見えた。街の方向に向かう男は粗野な格好で、騎士ではない。

 騎士団入り口前に立つ女に話しかけようとする男もいるのか。挑戦者チャレンジャーだわ。

 謎の感激を覚えながら、おかしな男に声を掛けられないよう助けてくれたのだと気付いて頭を下げた。


「お気遣いくださりありがとうございました」

「いいや。ある意味俺も虫の一種かもしれない」

「え、ダークウルフ様がですか」

「オニキスで構わない。リリス嬢」


 そう言ってリリスをじっと見つめるオニキスの眼光に、リリスは思わず一歩下がった。


(この人…目付き鋭いけど、蜂蜜色だわ)


 熱で蕩ける、蜜の色だ。


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