第4話 末っ子はだいたい何も知らない
いわれて思い出す、四年前に結婚した長女ライラの婚姻騒動。
七人兄妹五番目のであり、長女であるライラ。波打つ銀髪におっとりとした碧眼を持つ、妖精のように愛らしい令嬢。それがライラ・ホワイトホース子爵令嬢。
彼女の結婚はホワイトホース家にちょっとした騒動を巻き起こした。
そも、姉と義兄の出会いからして特殊だった。
遠乗り中に相手が盗賊と遭遇したところを助けに入ったのが出会いだが…助けに入ったのは、白馬に乗ったライラの方だった。
白馬に乗った妖精が、盗賊を蹴散らしたのである。
華奢で繊細な妖精のような令嬢が盗賊を蹴散らしたあまりのギャップに惚れ込んだ相手が押して押して押しまくり、ライラが逃げても押して押して押し倒して返り討ちに遭いながら押しまくった結果、根負けした姉が婚約を受け入れて現在は伯爵夫人として王都で暮している。あっという間に二児の母である。
その若い二人の大乱闘に、ブライアンも参入していた。ライラが逃げるのを後押ししていたが、裏を掻かれて押し負けたと聞く。婚姻後は邪魔をすることなく見守っているがいつだって白薔薇は貴婦人の味方なので、相手に対して目を光らせていることだろう。
(うん、確かに大騒ぎしていた…ような気がするわ)
四年前の出来事だ。リリスは当時十二歳。
正直、何が起っているのか理解する前にことが進んだ。姉の花嫁姿が綺麗だったなしか覚えていない。
「弟も可愛いが、ライラもリリスも女の子だからな。より手放しがたいんだろう」
「父親かな?」
エイドリアンの感想に、リリスは思わずそう返した。
実父や長男は婚姻斡旋に積極的なのに、何故ブライアンがそんなに頑固親父みたいになっているんだろう。
ちなみにホワイトホース家の両親はどちらも健在で、現在は領地で穏やかに隠居生活を送っている。
首を傾げるリリスに、あっという間に朝食を終えたエイドリアンが食後の紅茶を飲みながら問いかけた。
「ブライアンはともかく、相手に騎士はどうだ?」
「待ってくれ兄さん。ブライアンの部下をリリスが選んだら目も当てられない。アイツは騎士団長として
「するのか。清廉潔白な騎士団長はどうした」
見た目キラキラしているのにやることねちっこい。
エイドリアンは困ったように眉を寄せた。これから暗殺計画を組むような顔になった。
「だがリリスはライラと違って社交が苦手だろう? 貴族として家に嫁ぐより、騎士に嫁いでゆっくり過ごす方が向いていると思ったんだが…」
「確かに社交を熟すより、家のことをしながらスケッチしていたいけど…」
何なら長男より次男三男の方が狙い目だと思っている。
さほど裕福ではない子爵家の末っ子だ。多額の持参金は用意できないし、教養もさほどない。自分のことは自分でできるし、高みを目指して婚活するよりも確実性を狙って、気の合う令息を狙うべきだと思う。
家督を継がない次男三男が目指すのが文官や騎士なので、騎士が狙い目だと思う。思うが、白薔薇の騎士団だとブライアンが舅になるので申し訳なさ過ぎる。
(訓練は二つの騎士団が同時に行うことが多くて、この場合白と黒がよく一緒に訓練しているわね。白薔薇以外だと私が見たことのある騎士って、黒薔薇の騎士団になるけど…)
ぱっと浮かぶのはブライアンの対極に立つ黒薔薇の君。オニキス・ダークウルフ伯爵子息。
彼の硬質的な美しさにうっとりしそうになるが、相手は伯爵子息。伯爵家の嫡男だ。何の取り柄もない子爵令嬢からすれば高望み過ぎる。
かといって他の黒薔薇の騎士達を思い描いてみるが、すぐ傍に黒薔薇の君がいる所為でそこまで印象に残っていない。
何より他の騎士団から嫁ぎ先を決めても、それはそれでブライアンが煩そうだ。
悩むリリスに苦笑する二人。
「まあ、アイツのことは気にしなくていい。煩いが、家族を愛するが故だ。俺たちがなんとかする」
「勿論無理な
「そう、一番はリリスとの相性だ。うちは裕福じゃないからな。お前が苦でないなら、爵位がなくても構わない」
「兄様…!」
とても頼り甲斐のある発言に、リリスは目を輝かせた。
「私…健康でそこそこ経済力があってそこそこ社交性のあるそこそこ性格の悪い人を頑張って見つけてきます!」
「待てリリス。性格は良い方が良いだろう。悪い方を探すな」
「ブライアン対策なの? その計算式はあっている? 早まるな見直すんだ。ちゃんと適切な公式を探そう」
優しすぎる人よりちょっと強かな人の方が付き合いやすいかなと思っただけなのだが、言い方が悪すぎて上二人を心配させる結果となったリリスだった。
そして今日も、三男ブライアンがリリスを迎えに現われた。
しかしいつもと違って何やらソワソワと忙しい。
不思議に思ったが、大人しいならそれで構わないので気にしなかった。ただリリスがいつものように最前列にいることを確認して、演習場へと向かった。はて、何事だろうかと首を傾げながら、今日も黄色い歓声を上げる。
やたらとブライアンに気合いが入っていたが、一体何故だろう。
(不思議だなー…あ、オニキス様だ)
思わずスケッチブックを開いてそちらを凝視する。今日も余計な部分を削ぎ落とした硬質的な美しさを持つ黒薔薇が、華やかな白薔薇と対比するように訓練に励んでいた。
(…兄様たちは騎士なんかどうだーって言っていたけど…身内に騎士団長がいるせいか、やっぱりピンとこないなぁ。目を惹かれるのはオニキス様だけど、本当に高望みなのよね…)
じっと、その細部を写し取るため見つめる。距離があって想像するしかない部分もあるが、この数日でよくよく写し取ることができたと思う。
スケッチは好きだ。じっと観察して、模写するのが好きだ。色を付けるとなるとまた違うが、この未完成な部分に魅力があると思う。
そもそも完成させようと思って描きだしたものじゃない。この一瞬を自分なりに切り取ろうと努力した結果だ。
一瞬は永遠じゃないから。今見たものを忘れたくなかったから、リリスはスケッチが好きだった。
(…ということは、私は今見たオニキス様を忘れたくないのね)
スケッチブックに一杯咲いた黒薔薇に苦笑する。らしくない自己分析をしたリリスは、ちょっとだけ自分が感傷的になっていることに気付いた。
「…今日で見納めだからかなぁ…」
なんだかんだ言いながら、嫁ぎ先探しは憂鬱だ。前向きに考えても不安が残る。結婚は一生ものだから、この不安に満ちた憂鬱も仕方がないとは思う。
だからといって二の足を踏むわけにもいかない。ここは思い切って、一歩踏み出さなければ。
頑張るぞ、と気合いを入れたリリス。
リリスは知らない。
お行儀良く座ってスケッチしている彼女の背後。ご令嬢たちが描き上げられていく騎士の姿をじっと眺めていることを。
描き上がっていく様子、いつまでも見ていられる…なんて思われていることを、彼女は知らない。
黒薔薇の騎士ばかり描いている彼女がどう思われているのか、それすら知らない。
だから、この一言がどんな作用を齎すのか、全く考えていなかった。
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