第3話 頼りになる長男と次男

「おはようエイドリアン兄様」

「おはようリリス」


 すっきり目覚めて身支度を調えたリリスは、足取り軽くダイニングへと向かった。


 子爵家は裕福ではないので専属の従者は存在しない。専属がいないだけで侍女や執事は普通にいるので手伝って貰うが、わざわざ先導する従者はいない。ので、リリスはたったか自由に屋敷を歩き回っていた。

 そして何度も作らせるのは申し訳ないので、基本的に朝食は家族揃って食べる。いつも決まった時間に、屋敷にいる家族全員で食べるのがホワイトホース家の決まりごとだ。


 現在タウンハウスにはリリスの他に、共に領地から王都に出てきた子爵の長男と、元からタウンハウスを利用している次男がいる。

 リリスより先にダイニングにいたのは長兄のエイドリアンで、彼は新聞を確認しながら家族を待ってくれていた。


 ホワイトホース家の特徴である銀髪は短く刈り上げられ、新聞を確認する目元は敵を睨み付けるように鋭い。がっしり鍛えられた体格は三男のブライアンより騎士に近いが、筋肉がつきやすい性質なだけで特別剣の腕が立つわけではなかった。

 とても目付きが悪く巨体の強面だが、ただ目付きが悪いだけで中身は家族想いの優しい長兄である。

 リリスに挨拶を返す声も穏やかで、小さい子を怯えさせないおっとりとした響きがある。顔を見せたら泣くけど。


 ちなみに長男の悩みは、実子が父の顔を見て泣き叫ぶことである。

 そんな彼はリリスの登場に、読んでいた新聞をたたんだ。


「今日も出かけるのか?」

「うん。ブライアンが迎えに来るわ」

「あいつも懲りないな」


 エイドリアンが苦笑を零したところで、ダイニングに最後の一人がやって来た。ふらふらとした足取りの、痩躯の男がか細い声を発する。


「おはよう二人共…」

「おはようアントン」

「おはようアントン兄様。あら、顔色が悪いわ。忙しいの?」


 寝癖なのかくせっ毛なのかわからないほどボサボサした銀髪に、整った造形もわからなくなるほど分厚い眼鏡をかけた痩躯の男。ホワイトホース家の次男アントンは、体格の良い長男と三男に挟まれると可哀想になるほど痩せていた。本当に兄弟かと問いが来るほど系統が違う。


 それでもホワイトホース家の銀髪と碧眼の持ち主で、分厚い眼鏡がなければブライアンそっくりの王子様みたいにキラキラした顔をしている。本人はブライアンと違って美醜に興味がなく、仕事優先のため身嗜みが残念だ。

 そんな次男はボサボサの銀髪と分厚い眼鏡でわかりにくいが、心なしか青ざめているように見えた。


「昨夜、帰り際にブライアンが職場に押しかけて来て、帰宅が一時間四十二分中七秒遅れたんだ。おかげさまで就寝時間もいつもより四十三分二十一秒削られたよ…」

「何してるのブライアン」


 自分の行動時間をさらっと発言できてしまうアントンの言動への突っ込みはない。アントンは数字が大好きで、数えるのが大好きすぎて財務課の室長補佐まで上り詰めた出世頭だ。

 生まれてきたときから数を数えてきたのではないかといわれるほどの体感時計の正確さから、歩く計算機能付き時計と言われている。


 そしてそんな次男のところに押しかけた三男。忙しい次男のところに押しかけて何をしているのか。

 アントンが着席したことで朝食が始まったのだが、美味しそうなパンを摘まむより先に呆れた声を出してしまったリリスだった。

 しかし他人事ではなかった。


「リリスが結婚してしまうって騒いでいたけど、とうとう相手が決まったの? ブライアンが騒ぐなら騎士かな」

「ふぁ!?」


 ブライアンの暴走、原因はリリス。

 柔らかいパンを握りしめてしまったリリスと違い、上品に目玉焼きを食べていたエイドリアンは意外そうにリリスを見た。


「何だ意中の相手ができたのか? どこの家の男だ?」

「ちちち違うわ! ブライアンが勝手に騒いでいるだけよ!」


 確かに嫁入り先を求めて王都まで出てきているが、まだ相手は存在しない。それなのにそんな風に騒がれるなど予想外だ。リリスはぷるぷる首を振った。

 しかし兄たちは真剣な顔をして悩んでいる。


「ブライアンが騒いだということは、演習場でリリスのお眼鏡に適う相手がいたのか、誰かリリスに懸想しているのか…」

「している方だとしたら、今までの検証からアイツは焦らず騒がず計算することなく対処しているはずだから、リリスが何か言った確率が八十九パーセントを越えているよ」

「と、嫁ぎ先を探すって話をしただけで、今すぐ結婚するなんて言ってないわ。ブライアンは相変わらず大袈裟よ」


 ぷりぷり怒りながら潰れたパンを口にして、首を傾げる。


(ん? アントン兄様、検証がどうとか言わなかった? ブライアン何かしてるの?)


 うっすら疑問が湧いたが、兄たちを見ると納得した顔になっていたので口に出せなかった。


「ああ成る程…」

「リリスに嫁ぐ気がある、と知って焦っているのか」

「…なにそれ? 当然じゃない?」


 リリスは貴族令嬢だ。七人兄妹の末っ子だが、だからといって結婚せずふらふらしていられるとは思っていない。問題点は多々あるが、結婚して子を産む気は人並みにある。幸せな家庭を築く憧れだってある。

 家を継ぐ長男長女のような重責はないが、兄たちの助けになるためにもそこそこの相手を見繕いたい願望はある。


 リリスだって現実を見ているのだ。だというのに、兄たちは苦笑している。


「アイツはいつまで経っても弟妹を幼子だと思っているからな…」

「弟妹が結婚する程成長していると計算認識できていないんだ。ライラの時も一人で騒いで大変だっただろ?」

「ライラ姉さん?」


 出された名前はリリスの姉、ライラのものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る