後編

 数ヶ月後、レモングラス帝国にて。

 皇太子妃となったユスティナはシャヴィエルと紅茶を飲みながら談笑していた。

「それにしても……まさかシャヴィエル様の妻になるとはあの時は思っておりませんでしたわ」

 クスッと笑うユスティナ。

「僕はユスティナが学園で涙を流す姿を見て惹かれたんだよ。完璧な君がふと見せた弱さにやられたのさ。それで君を守りたい、幸せにしたいと思った」

 優しい笑みのシャヴィエル。

「嬉しいですわ。でも……それだけではないことを知っておりますわ。シャヴィエル様には……いえ、レモングラス帝国にはとある目論見があることを」

 悪戯っぽく笑うユスティナ。

「そうだね」

 フッと笑うシャヴィエル。



✥ ✥ ✥ ✥



 時はユスティナが弱小男爵令息として身分を偽っていたシャヴィエルに色々話したところまで遡る。

「貴方は……!」

 ユスティナは変装魔法を解除したシャヴィエルの姿に驚愕していた。

「レモングラス帝国のシャヴィエル皇太子殿下ではございませんか……!」

 ユスティナは王太子妃教育を受けていたため、近隣諸国の王族や皇族の顔と名前はしっかりと覚えていたのだ。

「流石はバジル王国で王太子妃教育を受けたユスティナ嬢だね」

 シャヴィエルは満足そうに笑っている。

「ユスティナ嬢、さっきの君の話によると、君は婚約破棄されて命を落とす運命にある。それなら、その命、僕に預けてくれないか? 大丈夫、悪いようにはしない」

 何かを企んでいる表情のシャヴィエル。

「一体何をお考えなのです?」

 ユスティナは少し不安ではあったが、このまま死ぬのは嫌だったのでシャヴィエルの話を聞いてみることにした。


 シャヴィエル及びレモングラス帝国は何とバジル王国の侵略を考えていたのだ。

 国力が同程度で拮抗していた二国。しかしレモングラス帝国の諜報部隊がバジル王国の土地に豊富な魔石が埋まっている情報を得た。

 魔力をエネルギーとして含む魔石はこの世界で最も大切な資源。どの国も喉から手が出るほど求めているものである。

 レモングラス帝国はまだバジル王国が気付いていない魔石を国ごと奪おうと目論んでいたのだ。


「ユスティナ嬢、僕の妻となり、この計画に協力してくれるなら君は死ぬことはないよ。それにさ、ユスティナ嬢……君は悪役令嬢なんだろう? それならば、もっと大きな悪事を働いてみないかい?」

 その悪魔のような囁きはユスティナの中にスッと溶け込んだ。

(悪役令嬢……悪役……)

 ユスティナが蓋をしていた気持ち。それが心の奥から少しずつあふれ出す。


 前世のユスティナは乙女ゲームにも夢中だったが、海外のアクション映画の悪役にも夢中になっていた。当たり前だが映画の悪役のようなことをやってはいけないのは前世のユスティナも分かっていた。しかし、そういった悪役に憧れる気持ちもあった。


「協力いたしますわ」

 ユスティナは恍惚とした表情で頷いたのである。

 その後は卒業パーティーまでの三ヶ月間、シャヴィエルがユスティナを妻に迎える根回しとバジル王国に攻め込む手段を整えたのである。



✥ ✥ ✥ ✥



「ユスティナがバジル王国の王太子妃教育を受けていたお陰であの国の弱点を知ることができた。そろそろ頃合いかな」

 ニヤリと笑うシャヴィエル。

「でしたら、わたくしもお供いたしますわ。べアンハート殿下とイヴォナ様がどのような表情をなさるか楽しみですわね」

 楽しそうに笑うユスティナ。

「悪役令嬢どころかすっかり悪女になったね。僕はそんなユスティナも愛してるよ」

 満足そうに微笑むシャヴィエル。


 こうして、バジル王国へ攻め込む準備をするユスティナとシャヴィエルだった。



✥ ✥ ✥ ✥



 レモングラス帝国に攻め込まれたバジル王国はあっという間に陥落した。

 バジル王国の王族と主要貴族は縄で縛られ牢に入れられ、処刑を待つ状況になった。

 ユスティナはシャヴイエルと共に牢へ向かう。

 すると、縄で縛られたべアンハートと彼の妻になったイヴォナがいた。

「お前! ユスティナか!? よくもこの国を売ったな! この売国奴が!」

「ユスティナ様! どうしてこんな酷いことをするのですか!?」

 牢の中から叫ぶ二人。

 ユスティナはそんな二人に向けてとびきりの笑みを向ける。

「だって……わたくしは悪役令嬢なので、どうせならスケールの大きな悪事を働こうと思いましたの」

 ユスティナは楽しそうな表情だ。

「はあ!? お前は何を言ってるんだ!?」

 わけが分からないと言うかのような表情のべアンハート。

 一方転生者であるイヴォナはユスティナの言葉に青ざめる。

「そんな……。じゃあ私はどうしたら良かったの? せっかく王太子妃になれるべアンハート様のルートに進んだのに……」

 ユスティナはイヴォナに対してフッと微笑むだけでそのままシャヴィエルと共に牢を後にするのであった。


「本当に前世で見た海外映画以上の悪役のようだったわね。でも、もうこれで悪事は終わりにしておきましょう。祖国を売るなんてスケールが大き過ぎる悪事だわ」

 ユスティナはふふっと笑った。

「確かに、バジル王国が手に入ったからもうこれ以上は必要ないね。でも、ユスティナの楽しそうな表情が間近で見られて本当に良かったよ」

 シャヴィエルは満足そうな表情だった。


 悪役令嬢ユスティナはヒロインであるイヴォナを虐めず、祖国を売るという大きな悪事を働いたのである。

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私は悪役令嬢なので、どうせならスケールの大きな悪事を働こうと思いましたの @ren-lotus

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