第23話
天道くんと対峙した日から一週間が過ぎた。その間、仕事をこなしながらも、常に警戒を怠らなかった。天道くんの復讐の言葉が、頭から離れることはない。
その日の午後、私のデスクに一通の封筒が届いた。差出人名はなかった。恐る恐る開けると、中には一枚の写真が入っている。
「え...!」それには、和也さんが転勤先の街を歩いている姿が写っていた。写真の裏には、赤いペンで「次はこいつだ」と書かれている。
私の手は震えた。「まさか...」
すぐさま和也さんに電話をかけるが、つながらない。何度かけても同じだった。不安が押し寄せてくる。
「佐藤さん、急用ができたの。後は任せていい?」
彼女は私の青ざめた顔を見て、キョトンとした顔で頷いた。
私は直ぐに、和也さんの所へと新幹線に飛び乗った。車窓の景色が流れていく中、私は必死に彼の運命の糸を探そうとする。
しかし、私の力が相当に弱まっているのだろう、はっきりとは見えない。
「お願い...無事でいて」
駅に着くなり、私は和也さんの新しい職場に向かった。しかし、そこで待っていたのは予想外の光景だった。
「紡木さん?どうしたんですか?」
彼が不思議そうな顔で私を見ている。
「和也さん!無事だったのね」
思わず抱きついてしまった私に、彼は戸惑いながらも優しく背中をさすった。
「どうしたの?急に、来てくれて嬉しいけど...」
直ぐに私が写真のことを彼に説明すると、彼の表情が曇る。
「これは...何の真似だ...、いけない詩織。君はここにきちゃ...」
その時、私のスマホに着信が入った。見知らぬ番号。
「もしもし?」
「紡木さん、早かったね」
天道くんの声だった。
「天道くん!和也さんに何かしたの?」
「何を焦ってるの?何もしてないよ、まだ...」
その後、プツッと電話が切られた。顔を上げ、和也さんと目が合う。彼は不安そうに私を見ていた。
「和也さん、お願い。私と一緒に来て!」
「でも、仕事が...」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないの!」
今から何が起こるかわからない。それを彼に伝え、私たちは行き先も決めずに、とにかく動き続けることにした。立ち止まる事こそ危険だ。
夜の街を歩きながら、私はときおり運命の糸を探ろうとする。和也さんの糸も、注意深く観察。
「どう?何か見えるの?」
「うん...でも、はっきりとは...」
その時、私の目に一筋の黒い糸が見えた。それは私の糸に向かって伸びてくる。
「天道くんが近くにいるわ」
「どうする?」
「...逃げましょう」
私達は足早に歩き出した。しかし、黒い糸はどんどん近づいてくる。角を曲がったその先で、私は息を呑んだ。天道くんが立っていたのだ。最初から導かれていたのだろう。
「やあ、紡木さん。そして橘さん」
天道くんの口元に冷たい笑みが浮かぶ。
「何かするなら私だけにして!」
私は和也さんの前に立ち、天道くんと向き合った。
「もうやめて。こんなことしても何も変わらない」
「変わるさ。君が苦しむことで、僕の心が少しは晴れる」
私の方へ彼が1歩近付いた。その途端、激しい頭痛と共に和也さんが、鉄の塊に潰される光景が浮かぶ。
私は反射的に和也さんに飛びつき、彼の体を壁に押しやった。
その途端、激しい音と共にガラガラと上から何かが落ちてきた。それはビルに備え付けられた、劣化した非常階段だった。
避けたつもりが私の腕に、手摺の部分が当たり激痛が走った。思わず腕を押さえてしゃがみこむ。
「詩織!」和也さんが慌てて、私の腕を確認しようとするが「いたい!」
触るだけで激痛が走った。骨が折れているのかも。
目を血走らせた天道くんが、ゆっくりと近付いてくる。
「直撃は避けたか。まあ、予想してたさ。僕の人生を台無しにしたんだ。君の人生も台無しにしてやる」
天道くんの手にはナイフが握られている。その瞬間、再び私の頭に激しい痛みが走った。
「くっ...」
「やめろ!」和也さんが私を守るように、天道くんに立ち塞がる。
「和也さん...やめて...逃げて」
私の声が震える。これも全て仕組まれた運命なのだ。しかし、彼はその場を動こうとしない。
「さあ、紡木さん。君の大切な人の運命が、どう変わっていくか見てみようか。僕を殺して止めてみる?その能力でさ」
天道くんの冷たい笑い声が、夜の街に響き渡る。彼は能力に頼らず、実力行使で和也さんに死の運命を与えようとしているのだ。
「やめて...お願い、やめて!」
私は必死に叫んだが、天道くんの冷たい笑みは消えない。
「紡木さん、君にはもう僕を止める力はない。人を助けるなんて綺麗ごとを言ってても、結局その力で全員を幸せになんて出来ないんだよ」
その言葉に、私は歯を食いしばった。確かに、それは一理あるのかもしれない。でも...。
「違う...私にはまだ...!」
私は残された力を振り絞り、和也さんの運命の糸を掴む。かすかに見える金色の糸。それを必死に引き寄せる。
「くっ...」
激しい頭痛がして、額に汗が滲む。しかし諦めなかった。彼を守るため、そして天道くんに知らしめるため。
突然、辺りが激しい光に包まれた。
「な...何だ?」
天道くんが驚いた声を上げる。光が収まると、和也さんが私を守るように覆いかぶさっていた。
「今のは?大丈夫か、詩織?」
「う...うん」
私は弱々しく答えた。その時、遠くでサイレンの音が聞こえてきた。
「ちっ」
天道くんは舌打ちをして、急いでその場を去り。私は安堵のため息をついた。しかし、その安堵も束の間だった。
「詩織!」
和也さんの慌てた声に、私は我に返る。視界が暗くなって。周囲が歪んで見えた。
「和也さん、私、どうなって...」
「病院に行こう!目から出血してる」
私は彼に抱き上げられ、急いで近くの病院に向かった。
処置を受け、救急室のベッドに横たわりながら、私は見えてる片眼で自分の運命の糸を見ようとする。しかし、それはもはや、かすかな影にしか見えない。
「どうやら、私。能力なくなっちゃうみたい...」
苦笑いを浮かべると、和也さんが私の手を握ってくれた。
「大丈夫だ。能力なんて無くても」
私は、どこかホッとしていた。彼が握る手の温かさと、もう不思議な力に翻弄されなくてすむ、ある種の開放感に。
「きゃあ!」
外から叫び声が聞こえた直後。突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。現れたのは、ナイフを手にした天道くんだった。
「殺してやる。お前だけは」
天道くんが私に向かって突進してくる。しかし、その瞬間、和也さんが天道くんの腕をつかんだ。
「詩織に触れるな!」
彼の叫び声が部屋中に響き渡る。
二人の男性がもつれ合い、病室内は一瞬にして修羅場と化した。
天道くんのナイフが空を切る。和也さんは咄嗟に身をかわし、天道くんの腹に肘打ちを食らわせる。
「くっ...」
痛みに顔をゆがめる。しかし、その目に宿る憎しみの炎は消えなかった。
「邪魔するな!」
再びナイフが振り回される。今度は和也さんの頬をナイフが掠め、血が滴る。
「和也さん!」
私の悲鳴が響く中。和也さんは歯を食いしばり、天道くんの腕を掴んでナイフを床に叩きつけた。
しかし二人の格闘は続く。テーブルが倒れ、花瓶が割れる。病室内は足の踏み場もないほどに荒れ果てていく。
「なぜ...なぜこんなことを!」
和也さんが叫んだ。
「お前には分からない。俺の失ったものが...」
天道くんの声が震える。二人は互いの襟首を掴み合い、殴り合う。
「もう...やめて」
私の言葉に、二人の動きが一瞬止まる。
しかし直ぐに天道くんは、ナイフを拾いあげた。その顔は、もはや人間とは思えない形相だった。
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