第18話
広い会議室の静寂の中で、私の沈黙を見て天道くんは静かに、しかし鋭い言葉を投げかけた。
「あなたの人を助けるというのも、自分のエゴじゃないですか?」
その言葉に、私は凍りついた。心臓が痛むような感覚が走る。
「今まで誰も犠牲になってないんですか?」
天道くんの問いかけに、今までの後悔の数々が、まるで映画のワンシーンのように頭をよぎる。
田中くんの母親は私が助けようとしたことで、逆に彼女を追い詰めてしまったのではないか。
佐藤さんの恋愛に介入したことで、彼女の人生の選択肢を狭めてしまったのでは。
そして和也さん...彼との関係を必死に繋ぎ止めようとしていた時、私は完全に自分の事しか考えてなかった。
「私は...私は...」
言葉が出てこない。目に涙が溢れそうになるのを必死に堪える。天道くんは、私のそんな動揺を見て少し表情を和らげた。
「紡木さん、あなたが悪いと言っているわけではありません。ただ、この力の重さを理解してほしいんです」
私は深呼吸をして、少し落ち着きを取り戻す。
「でも、あなたも...この力を軽く扱いすぎてるんじゃない?」
「いいえ、むしろ真剣に向き合っています。だからこそ、感情に流されず、より大きな視点で判断しようとしているんです」
天道くんの言葉に、反論の余地を見出せない自分がいた。
「じゃあ、あなたは何のために力を使うの?」
「より多くの人を幸せにするため...そして、自分の可能性を最大限に引き出すためです」
その言葉に、私は複雑な思いを抱いた。何かが引っかかる。後者がほとんどではないのか?
「でも、それって...」
天道くんは、私の言葉を遮るように続けた。
「紡木さん、一緒に考えてみませんか?この力で、どうすれば本当に世界をより良くできるのか」
その提案に、私は戸惑いを覚えた。
「一緒に...?」
「そうです。2人の力を合わせれば、もっと素晴らしいことができると思いませんか?」
天道くんは真剣な眼差しで私を見つめていた。
その日。私はバイトを初めて休んだ。誰かを占う気になれなかった。天道くんが、最後に言い残した言葉が脳内を飛び回る。
「この力で、2人でこの会社を盛り上げましょう。そして、会社の多くの人を幸せにしましょう」
その言葉に、私は深く考え込んだ。本当にそれでいいのか。でも、もし本当に多くを幸せにできるなら...。
私は深い混乱と、わずかな希望が入り混じった感情の渦の中にいた。これからどうすべきか。私の決断が、多くの人の運命を左右することになる。
私の心の中では、様々な感情が渦巻いていた。迷い、不安、そして決意。そして、私は一つ決心した。
和也に全てを打ち明けよう。正直に向き合ってくれている彼に、これ以上、何一つ嘘は言いたくない。
震える手でスマートフォンを取り出し、深呼吸をして通話ボタンを押す。
「もしもし、詩織?」
彼の声を聞いた瞬間、心臓の鼓動が早まる。
「和也さん...今日、会えない?」
「え?急だね。何かあった?」
「うん...どうしても会いたい」
私の声が震えているのが自分でもわかった。
「わかったよ。僕も仕事終わりそうだから、7時くらいでいい?」
「ありがとう」
電話を切った後、私は深いため息をついた。これが正しい選択なのかどうか、まだ自信が持てない。でも、もう後戻りはできない。
約束の時間まで、私は落ち着かない気持ちで過ごした。時計の針が進むのが、いつもより遅く感じる。
ようやく7時になり、私は待ち合わせ場所の公園に向かった。夕暮れ時の公園は、静かで穏やかな雰囲気に包まれていた。しかし、私の心は嵐のように荒れ狂っている。
和也さんの姿が見えた瞬間、私の心臓が早鐘を打ち始めた。
「詩織、どうしたの?」
彼の顔には心配の色が浮かんでいた。
「和也さん...話があるの」
私たちは公園のベンチに腰掛けた。街灯の明かりの元、私は話を切り出した。
「実は...天道くんのことなんだけど」
和也は黙って頷いた。彼は私が運命を見る能力を持っていることは知っている。でも......
「実は天道くんも...私と同じ能力を持ってる」
彼の目が大きく見開いた。
「同じ能力?」
「うん。でも、彼は私とは違う考え方をしていて...」
私は天道くんとの対話、そして彼の提案について話し始めた。言葉を選びながら、できるだけ冷静に説明しようとした。
しかし、話せば話すほど、私の中にあった混乱と葛藤が溢れ出してくる。
「私には、彼が能力を自分の利益だけの為に使おうとしているようにしか思えない。でも、私にはそれは私も同じなのかもしれない...」
和也は真剣な表情で私の話を聞いていた。彼の温かい視線に、少し心が落ち着くのを感じる。
「詩織、君はどうしたいの?」
その質問に、私は言葉につまった。そう、私は何がしたいんだろう。天道の言葉が頭をよぎる。本当に私は人のために能力を使っていたのかと。
「私は...自分がわからないの。だから、和也さんに私の全てを話す事にした。それを聞いて、和也さんがどう思うかがきっと私の答えなのかも」
そう言いながら、私は彼の目をまっすぐ見つめた。そして......
「私はあなたに隠していることがある...」
彼の表情が一瞬凝固した。その目に不安と好奇心が混ざった光が宿る。
「隠して...いた?」
私は深呼吸をして、覚悟を決めた。
「私...実は占い師なの。あの時、あなたが占ってもらったっていう占い師...」
彼の目が大きく見開いた。その顔に驚きの色が広がる。
「え?詩織が...あの?」
私は小さく頷いた。胸が締め付けられるような痛みを感じる。
「ごめんなさい。ずっと黙っていて...」
彼は黙って私の言葉を待っていて、私は何故か涙が溢れそうになった。
「言い訳みたいに聞こえるかもしれない。でも私と和也さんが結婚する運命だったのは本当。ただ私は...あなたの優しさに耐えきれなくなって、その運命の糸を、自分で切ってしまった」
「...切った?」
彼の声に困惑が混じる。私は必死に言葉を紡ぐ。
「だから、和也さんが危険な目に会ったのも、私のせいなの。それなのに...私は、あなたから離れたくなくて。私利私欲で、何度もあなたの糸を自分に引き寄せてた」
涙が溢れて頬を伝う。もう止められない。
「私...天道くんと同じことをしていたんだ。自分の欲望のために、あなたの運命を勝手に動かして...」
彼は黙って私の話を聞いていた。その沈黙が、私をさらに追い詰める。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい...」
私は顔を両手で覆った。恥ずかしさと後悔で、彼の顔を見る勇気が出ない。
長い沈黙が続いた。すっかり暗くなった公園に、私のすすり泣く声だけが響いていた。やがて、彼が静かに口を開いた。
「詩織...」
その声に、おそるおそる顔を上げる。彼の表情は、驚きと困惑、そして...優しさが混ざっていた。
「正直、驚いたよ。でも...」
彼が言葉を選びながら、ゆっくりと話し始める。
「君が正直に話してくれたこと、嬉しいよ。それに...」
彼は少し照れくさそうに微笑んだ。
「君が僕のことを大切に思ってくれていたってことだよね」
その言葉には強く頷いた。最初は違ったけど、いつからか私は本当に彼を好きになっていたのだから。
彼は言った。
「詩織、これからは運命の糸に頼らずに、一緒に未来を作っていこう」
彼がそっと私の手を握る。その温もりに、心が溶けていくのを感じた。
「運命を操る必要なんてない。僕たちの関係は、僕たち自身で築いていくんだから」
私は涙ながらに頷いた。そして続ける。
「うん...ありがとう、でもきっと天道くんは私を妨害してくると思う。きっと和也さんの事も......」
しかし彼は優しく微笑む。
「なあに。どんなに運命を変えられても、僕の気持ちは変わらない。詩織への想いは誰にも変えられないよ」
1度止まりかけた涙が再び溢れ出る。安らぎか、許しか、彼の想いが私の心に染み渡った。彼と一緒なら、きっと私は......大丈夫だ!
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