第17話

私たちが宝石店に入り10分程経った頃。

2人で楽しそうに指輪を選んでいると、店内に3人の男性が入ってきた。

3人ともに異様な空気が漂っていることには気づいたが、そのうちの1人が店員に近付くと、バチンっと大きな音がしてその店員が突然倒れた。


瞬間、荒々しい男性の声が店内に響き渡る。

「静かにしろ!」

1人の男がカウンターの店員にナイフを突きつけ、もう1人は高級時計や宝石をカバンに詰めている。かなり手際がよい。

強盗だ!と気付いた瞬間、私の中で何かが引っかかった。こんな大きな事件、私の運命の糸を見る瞳に何も映らないのはおかしいのだ。


そして咄嗟に和也の運命の糸を確認すると、激しく揺れる彼の運命。そこには衝撃的な光景が広がっていた。

「嘘...」

思わず声が漏れる。時間が止まったかのように感じた。

「お前ら!早く奥に入れ!」

強盗の声に我に返る。従業員と客が奥の部屋に押し込められていく。その時、和也が私の手を握った。

「大丈夫だよ、詩織」

彼の声には、私を守ろうとする強い意志が感じられた。


ダメだ!私には鮮明に見えたのだ。私達が部屋に入れられる直前、和也さんが男の1人に飛びかかり「逃げろ」と私に叫ぶ。その後、背中から彼は刺される...。

私は必死に考えた。どうすれば彼を守れるか。奥の部屋に入る直前、私は決断した。

「ごめん!」

そう言って、私は和也さんを強く押した。ふいに押された彼はバランスを崩して床に倒れこむ。


その瞬間、私は店の出入口に向かって走った。男の1人が追いかけてくる。追いつかれるのは目に見えているのだ。でも、とりあえず彼は大丈夫。それだけを考えた行動だった。

案の定私は掴まり、男がナイフを振り上げた。目を閉じた瞬間、バンッと店の観音扉が開かれる音がする。


「紡木さん!」

聞き覚えのある声。天道くんだった。すぐ近くからパトカーのサイレンが聞こえ、強盗たちは慌てて逃げ出していった。

「大丈夫ですか?」

天道くんが心配そうに私を見つめている。

「え?ええ...」

混乱の中、和也さんが駆け寄ってきた。

「詩織!怪我はない?」

彼の顔に転んだ時に擦りむいたであろう、小さな擦り傷があるのが見えた。でも、大事には至らなかったのだとホッとする。


「和也さん...ごめんね。私、あなたを守りたくて...」

言葉につまる私に、彼は優しく微笑んだ。

「わかってる。僕を助けようとしたんだろ?なんて無茶を......」

警察が到着し、状況の説明が始まった。私は茫然としながら、和也さんと天道くんを交互に見ていた。

私は大きな不安を感じていた。なぜ、この展開が直前まで見えなかったのか。そして、天道くんはなぜここにいるのか。


帰り道、和也さんは私の手をしっかりと握っていた。でも、私の心は混乱していた。運命の糸を見ると、彼との糸はまだ不安定なまま。


翌日の朝、私は重い足取りで会社に向かった。昨日の強盗事件の記憶が、まだ鮮明に残っている。エレベーターに乗り込む時、自分の顔が鏡に映った。少し疲れた表情だ。

オフィスのドアを開けると、すぐに天道くんの姿が目に入った。彼はいつもの笑顔で同僚と話している。


その姿を見て、昨日の出来事が蘇る。なぜ彼があそこにいたのか。その疑問が、まだ頭の中でくすぶっていた。深呼吸をして、私は天道くんに近づく。

「おはよう、天道くん」

「あ、紡木さん。おはようございます」

天道くんは、いつもと変わらない優しい笑顔で応えた。

「あの...昨日は本当にありがとう」

私の声は、少し震えていた。あの後の事情聴取では、店に入っていく不審な人物を見かけ。彼が警察に連絡したというファインプレーだったのだが。


「いいえ、当然のことです。紡木さんが無事で何よりでした」

天道くんの言葉に、少し安心する。しかし、次の瞬間、「ちょっと話せますか?」と彼の表情が変わった。真剣な眼差しで私をじっと見つめる。

私は頷き、彼と会議室に入った。

「紡木さん。実は、お聞きしたいことがあるんです」

「何?」

「ひょっとして...紡木さん。未来が見えるんじゃないですか?」

その言葉に、私は息を呑んだ。心臓が激しく鼓動を打つのを感じる。


「え?何故そんなことを...」

言葉につまる私を見て、天道くんは静かに続けた。

「昨日の強盗事件。紡木さんは、まるで予感していたように冷静に見えました。それに、以前から気になってたんです。紡木さんの行動、たまに宙で指を動かしてましたよね」


私の頭の中で、様々な記憶が走馬灯のように駆け巡る。指を動かしていたのは、恐らく私と和也さんの糸を頻繁に修正していたからだろう。

それが何故、未来が見える事に繋がるのか。考えて私は一つの可能性にたどり着く。


佐藤さんの突然の心変わり、自分が占い師だとバレたこと、天道くんの仕事での驚異的な成功...そして、何度引き寄せても、離れようとする和也さんとの運命の糸。

最初は全て偶然だと思っていた。でも、もし彼が私と同じような能力者だったら...。


その考えが頭をよぎった瞬間、背筋が凍るのを感じた。冷や汗が背中を伝う。天道くんは、私の表情の変化を見逃さなかった。

「やはり、そうなんですね」

その言葉に、私は完全に言葉を失った。頭の中が真っ白になっていた。

「どうして...いつから...」


混乱する私に、天道くんは冷静に答えた。

「実は最初から思っていました。紡木さんの行動パターンが、僕の思っていた事と反するので」

私は震える声で問いかけた。

「じゃあ、佐藤さんのこと...私のバイトのこと...全部...」

「はい、全て把握していました」

天道くんの言葉に、怒りと恐怖が込み上げてきた。頭の中で、様々な感情が渦を巻いている。


「あなたは...私の運命を操っていたの?」

私の声は、怒りと恐怖で少し震えていた。

「操るというのは違います。ただ、状況を有利に進めただけです」

天道くんの冷静な態度に、さらに腹が立った。彼のせいで和也さんが刺される所だったのだ。しかし、その表情には罪悪感のかけらもない。

「有利に?あなたが気軽に使った能力で、どれだけの影響を周りに与えるか分かってるの?」

私の声が少し大きくなっていた。


しかし彼は、まるで当然のことのように言う。

「特別な能力があるのだから、使わなきゃ損でしょ」

その言葉に、私は完全に呆れていた。

「損?人の人生を弄んで...それを損得で語るなんて...」

「紡木さんこそ、人を助けるという名目で、自分の正義を押し付けてるだけじゃないですか」

天道くんの反論に、私は一瞬言葉を失った。しかし、すぐに反論する。

「違う!私は誰かを幸せにしたいだけ...」

いや。本当にそうなのか?私の気持ちが少し揺らぐ。


「結果的に誰かを不幸にしてるかもしれないのに?」

天道くんの言葉が、まるでナイフのように私の心を刺す。口論は続き、私の声はさらに大きくなった。

「だから、出来るだけ使わないように解決するんじゃないの!?」

「だからこそ、上手く運命を操作していく必要があるんですよ」

天道くんの確かで冷静な態度に、さらにイライラが募る。


「人の人生を左右するのよ?そんなゲームみたいに...」

「だからこそです。感情に流されれば、より大きな混乱を招くかもしれない」

その言葉に、私は一瞬たじろいだ。確かに、私も感情に任せて能力を使って後悔したことがある。最近だって...。


「でも、それでも...基本的に簡単に運命を変革していいわけじゃない」

「紡木さん、あなたは本当に自分の為には使ってないんですか?助けるという名目で、自分の良心を満たすために使ってるんじゃないですか?」

天道くんの鋭い問いかけに、またも言葉を失う。

頭の中で、これまでの出来事が走馬灯のように駆け巡る。

田中くんの母親のこと、佐藤さんのこと、そして和也さん...。本当に私は、彼らのために能力を使っていたのだろうか。自分の勝手な憶測で、他人の幸せを勝手に決めてなかったか?

その疑問が、私の心を深く揺さぶっていた。

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