第4話



私は彼女の運命を見て言葉を失った。放っておけば彼女は死ぬ。彼女自身が精神的な事で追い詰められるのか、自殺する運命だと感じた。それも遠くない未来。状況からしたら息子が何か関係するのだろうが。

「息子さんには、まだ多くの可能性があります」

嘘はつきたくない。でも、あなたは死にます、とは言えない。


「ですが、今は危機的な状況かもしれません。早めに専門家に相談することをお勧めします。それと、あなたも自分を追い詰めないでください」

母親は涙を流して、「ありがとうございました」と帰っていった。


占いを終え、帰宅する道すがら私は考え続けた。あの母と、その息子を救う方法は……?


「ただいま」

「おかえり、姉ちゃん」

健太が出迎えてくれる。その顔を見て、はっとした。

「健太、ちょっと聞きたいんだけど...」

「何?」

「友達とかに...田中っていう子いるよね?」

健太の表情が驚きに変わる。

私は月光堂で母親の運命を見た時に、そこに自分に近い所で繋がりを見つけた。私に近くて、高校生と言えば、ここしかない。


「うん、いるけど。何で姉ちゃん知ってるの?あいつ最近学校来てないけど」

「あ、ああ。それはまあ、姉ちゃんは、あんたのクラス名簿くらい覚えてるよ」

咄嗟に誤魔化す。弟のクラス名簿を覚えている姉とか相当キモイだろ。だがやはり、あの母親の息子は健太の友人だった。


「健太、その子、多分何か困ってるんじゃないかな。明日にでも家行ってあげなよ」

「え?うん...まあ。俺も気にはなってたけど」

健太は不思議そうな顔をした。


その後、ベッドに横たわり天井を見つめた。あまり大きな運命を変えるのは避けたい。でも、このままでは時間の問題だろう。

「どうすればいいの...」

呟きながら、私は深い眠りに落ちていった。


目覚めると、昨夜の母親が頭から離れなかった。

「おはよう、姉ちゃん」

健太の声に我に返る。

「おはよう...あのね、健太」

「ん?」

「昨日言った田中くんのこと...もし何かあったら、教えてね」

健太は不思議そうな顔をしたが、頷いてくれた。


会社に向かう電車の中。私は母親の運命を思い出していた。息子の自殺が原因で、彼女も…。胸が締め付けられる。

オフィスに着くと、中村さんが明るく挨拶してきた。

「おはよう、紡木さん!新しいプロジェクト、どう?」

「ええ...そうですね」

返事をしながら、ふと思いついた。


「あのさ。中村さん、ちょっと相談があるんですが...」

「はい、なになに?」

「若者の居場所作り…、みたいな企画どう思います?」

中村さんは少し驚いた様子だったが、興味深そうに聞いてくれた。


昼休憩。一人で弁当を食べながら、私は考え続けていた。直接的に運命を変えるのは避けたいけど、何もしないわけにはいかない。

午後のミーティング。新プロジェクトの話し合いの中で、私は意を決して提案した。


「若者、特に学生たちの居場所作りについて、企画を立ち上げてはどうでしょうか」

部長が興味を示してくれた。

「ほう。面白いね。詳しく聞かせてくれ」

説明しながら、私は祈るような気持ちだった。これが、あの母子を救う糸口になるのか?何だか迷走している気がする。


仕事を終え、「月光堂」に向かう。今日も多くの客が来店した。占いをしながら、私はずっと考えていた。どうすれば、あの親子を…と。


家に帰ると、健太が遅くまでテレビを見ていた。

「健太。田中くん、どう?声掛けた?」

「ん?まあ、一応行ったけど、誰も出て来なかったよ」

「そっか…。あのさ、学校でイベントとかしないの?」

「イベント?」

「うん、例えば...思いやりキャンペーン的な」

健太は怪訝な顔をした。

「姉ちゃん、急にどうしたの?」

「ああ、いや...会社のプロジェクトで、ちょっとね」


誤魔化しながら、私は自分の無力さを感じていた。そんなイベントに参加するなら、そもそも学校に来てるだろ。

今夜もベッドに横たわりながら、私は考えていた。もう一度あの母親に会わなくては。

そして……目を閉じると、金色の糸が見えた。その糸が少しだけ強くなってるような、そんな気がした。


翌日。「月光堂」での営業時間が近づくにつれ、私の心臓の鼓動が早くなる。あの母親は来るだろうか。いや、来るような気がする。

「いらっしゃいませ」

声を掛けながら、ドアを開ける度に緊張が走る。何人かのお客さんを占った。そして、午後遅く...。

「あの...」

例の母親だった。顔色は前回よりも悪い。

「どうぞ、お座りください」

座る母親の手が震えているのが見えた。

「息子が...学校に行く気になったみたいで...」


さすがに驚きを隠せない。まさか、健太が...?

「でも、朝になると...やっぱり行かないって」

行かないのかよ!と、つっこみそうになったが母親の目に涙が浮かんだので、私は静かに頷き。彼女の手を取った。

「お母様の運命を、もう一度見せていただけますか?」

目を閉じ、集中する。金色の糸が見える。前回よりは...少しだけ強くなっている。


「お母様、希望はあります」

私の言葉に、母親の顔が少し明るくなる。

「本当ですか?」

「はい。ただし...」

ここからが難しい。どこまで言うべきかだ。

「お母様自身も、強くならなければいけません。息子さんは、きっとお母様の姿を見ているはずです」

母親は黙って頷いた。


「あと...息子さんの好きなこと、趣味はありますか?」

「えっと...父親の影響で、小さい頃からギターをやってます。今もギターの音だけは部屋から聞こえますから...」

「そうですか。それなら...」

音楽療法や、音楽を通じた交流の場を勧めてみる。母親は真剣に聞いていた。

占いを終えた後、私は深いため息をついた。これで少しは何か変わるだろうか?


その夜、健太が珍しく話しかけてきた。

「姉ちゃん、今日さ、田中に会ったんだ」

「え?」

「コンビニの前で。なんか、CDショップに行くって」

私は思わず笑みがこぼれた。

「そう、良かったわね」

「うん。なんか、普通に話せたよ」

健太の言葉に、希望が湧いてくる。


翌日、会社の新プロジェクトの会議で私は思い切って提案した。

「若者向けの音楽イベントを開催してはどうでしょうか。音楽関係の事務所に協力してもらい、アマチュアバンドを募って未来のスターを探すような……」


職権乱用かと思ったが、提案は好評で少しづつ話が進み始めた。

家に帰る途中、ふと空を見上げると雲の切れ間から、小さな星が見える。


「希望の星...かな」

そう呟きながら、私は歩み続けた。まだ道は長い。でも、少しずつ前に進んでいる。それを、確かに感じていた。

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