第3話

あれから数日が過ぎ。なぜか「月光堂」の評判は驚くほど広がっていた。

「紡木さん、占い行った?」

隣の佐藤さんが笑顔で話しかけてくる。最近、彼女はよくこの話をする。

「え?ああ、まだ...」

とっさに誤魔化すように答える。まさか、その占い師が自分だとは言えないし。


「私も行ってみようかなって。みんな、すごく当たるって言ってるし」

佐藤さんの言葉に、私は複雑な思いを抱く。嬉しいような、申し訳ないような。

仕事中、ふと中村さんの方を見ると、彼女が生き生きと仕事をしている姿が目に入る。あの日の占いが、彼女の人生を良い方向に変えたのは間違いない。


「紡木さん、ちょっといい?」

突然、部長が声をかけてきた。

「はい、何でしょうか」

「君の最近の働きぶりを見ていてね、次のプロジェクトの企画を頼みたいと思うんだが」

「え?」

思わず声が上ずる。

「あの、私にそんな大役は...」

「大丈夫だよ。君なら出来る。中村君も推薦してくれたしね」

部長の言葉に、戸惑いを隠せない。中村さんが私を...?


その日の夜、「月光堂」はいつになく混んでいた。

「おい、紡木。今日は特別だ。テレビの取材が来るらしいからな。ヘマするなよ」

店主が興奮気味に告げる。

「え?テレビですか?」

パニックになりそうな気持ちを必死に抑える。どうしよう、顔を出すわけにはいかないし。

「大丈夫だ。お前の顔は映さねえよ。占い師の神秘性ってやつさ」

店主の言葉に、少し安心する。しかしヘマってなんだ。私は詐欺なんかしていない。


占いをしながら、私の頭の中はフル稼働だ。能力を使わずに占うのは難しい、かといって運命を見てしまうとアレコレ言いたくなるのだ。

しかし適当な事言って詐欺の片棒を担ぐのはイヤなので、それなりに。程よく。客の運命を言葉で導いてきた。

それでも噂は広まっていった。本当にどれだけ詐欺占い師が多いのだ、この世界は。


そんなある日。家に帰ると、健太がテレビを食い入るように見ていた。

「姉ちゃん!月光堂のこと、テレビでやってるよ!」

画面に映る「月光堂」の外観。インタビューに答える客たち。そして、ぼかされた占い師の姿。つまり私。

「すごいね...」

健太の目が輝いている。でも、その輝きが逆に私の心を締め付けた。だって、あんな怪しい店でバイトしてるとは言えない。


ベッドに横たわりながら、私は考え続けた。このまま月光堂の占い師を続けるべきか。会社でのキャリアを真剣に考えるべきか。そして何より、この能力をどう扱っていくべきか。

目を閉じると、金色の糸が瞼の裏で舞い始める。その糸は、私の未来を、そして関わる人々の未来を紡いでいるかのよう。


「どうすればいいの...」

小さくつぶやく声が、静寂の中に溶けていく。明日からどうなるのだろう。テレビで放送されれば、もっと多くの人が「月光堂」に来るかもしれない。会社では新しいプロジェクトが待っているし。


私は深く息を吐き出す。これからは、もっと慎重に行動しなければ。でも同時に、この能力で多くの人を助けられるなら……とも思う。

複雑な思いを抱えたまま、私はゆっくりと目を閉じた。明日もまた、新たな一日が始まる。


朝。いつもより早く目が覚めた。昨夜のテレビ放送が頭から離れない。

「姉ちゃん、朝ごはんできたよ」

健太の声に我に返る。台所に行くと、お味噌汁の香りが漂っていた。

「わぁ、健太が作ってくれたの?ありがとう」

「うん。姉ちゃん、最近疲れてるみたいだから」

その言葉に、胸が締め付けられる。健太のためにも、しっかりしなきゃ。


会社に向かう電車の中。周りの会話が耳に入ってくる。

「ねえ、昨日のテレビ見た?あそこの占い師さん、すごいらしいわよ」

「私も行ってみたいな」

思わず身を縮める。でも、平静を装わなければ。いや、誰も私なんて見ていないのだけど。


オフィスに着くと、いつもより騒がしい。

「紡木さん、おはよう!」

「おはようございます、中村さん」

「ところで……紡木さんがプロジェクトリーダーになるって聞きました。おめでとう!」

「あぁ...はい。ありがとうございます」

複雑な思いを抱えながら、席に着く。パソコンを起動し、メールをチェックしていると────


「紡木君、ちょっといいかな」

部長の声。緊張しながら立ち上がる。

「はい、何でしょうか」

「企画を頼む新プロジェクトの件だが、実は結構な大手企業からオファーが来ているんだ。彼らと組めば、我が社の評価も上がる。君なら大丈夫だと思うが...自信はあるかい?」

一瞬、頭が真っ白になる。こんな大役、本当に私に務まるのか。

「あの...」

言葉に詰まる私。その時、中村さんの顔が目に入った。彼女は微笑みながら、小さく頷いている。


「はぁ……はい、頑張ります」

部長が満足げに頷いていた。

「よし、期待しているよ」

席に戻り、深くため息をつく。これから私は、会社の未来を左右するかもしれない。そんな立場になったのだ。


その日の夜、「月光堂」はいつになく混雑していた。

「おい紡木、今日は特別だぞ。あの報道を見た人たちが押し寄せてるんだ」

店主が興奮気味に言う。よくも、まぁこんな詐欺師の店に人が集まったものだ。


そして、何人目になるかも忘れた頃。そのお客さんが部屋に入ってきた。

「占い師さん、お願いします...」

力なく座る中年の女性。その目は、涙で潤んでいた。

「どうされましたか?」

「息子のことで...」


話を聞くうちに状況が見えてきた。息子は高校生。不登校になって半年が過ぎたという。部屋からも出てこないので、イジメに合っているのではないかと言う。

「どうするべきなんでしょうか?」

私は静かに頷き、手相を見て占いを始める。

彼女の金色の糸が見える。しかし、その糸は細く、絶望しているかのように儚い。そして...途切れる。これは...〝死〟だ。

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