第22話 最高のプレゼント
亜佐飛の誕生会は一時間半ほどで終わる。亜佐飛と桂夏は部屋の前に立った。
「私、この後の予定はなにも入れないでおいたよ。これからなにをするの?」
「今からふたりでヘリコプターに乗ろう」
「ヘリコプターって、空を飛ぶ乗り物の?」
「ああ」
「ふたりって、私たちのような子どもが、保護者同伴じゃなくて大丈夫なの?」
「ああ、俺たちの年齢なら子どもだけで搭乗できるんだ」
亜佐飛は親の同意を得てから、桂夏についていく。ふたりは乗り場まで大人に連れていってもらうと、ヘリコプターの後部座席に座った。
「私は飛行機にも乗ったことがないの。桂夏くんはある?」
「俺はあるよ。家族で何度か。でも、女の子とふたりで乗ったのは初めて」
亜佐飛はその事実にどきどきとする。どんなことでも、桂夏にとって初めての女の子となれたことがよろこばしかった。
操縦席に座る操縦士はヘリコプターを離陸させる。亜佐飛たちを乗せたヘリコプターはあっという間に空高く上がった。
「すごーい!」
窓から見下ろすと、ビルや家がジオラマのように小さく見える。亜佐飛は日本という国の緑の多さにおどろく。まるで今は巨大な怪獣の視点だ。
「これ、俺からの誕生日プレゼント」
空の旅の途中で、桂夏は亜佐飛に箱を渡す。中を開けると、そこに入っていたのは宝石橋の模型だった。
「わあ!」
亜佐飛が宝石橋を好きなのを知ってのことだろう。桂夏らしい選び方のプレゼントに、亜佐飛はうれしくなる。
「亜佐飛へのプレゼントとなると、これしか浮かばなくて」
「ううん、これでいいよ。うれしい」
亜佐飛はいつ桂夏に告白しようかと考える。ヘリコプターに乗る前は空中で告白できたらすてきだと思っていたけれど、いざ乗ってみると操縦士がいることもあって、おりてからにしようと思い直した。
ヘリコプターは決められた時刻にもとの乗り場へと着陸する。
「すっごく楽しかった。ヘリコプタークルージングをプレゼントなんて、小学生じゃなかなか思いつかないよ。思いついたとしても、お金がないとできない。さすが、桂夏くん。特別な体験をありがとうね」
亜佐飛の感情は高ぶっていた。後は桂夏に告白する以外、もうこの夏に思い残すことはないと感じる。
「いや、俺からの特別な体験のプレゼントはこれだけじゃないよ。亜佐飛、ドレスを着てみたくないか?」
「えっ!?」
亜佐飛はその言葉の意味がよくわからないまま、桂夏とともにホテルまで戻った。
桂夏は亜佐飛がこのホテル生活でいちども行ったことのない部屋を案内する。そこは更衣室でもあるようで、男の桂夏が後は女性スタッフにまかせて部屋を出ると、大人の女性たちが亜佐飛にウェディングドレスを着させた。これは亜佐飛のために用意されたものらしい。桂夏は今日が亜佐飛の誕生日なのがわかってからドレスを用意したのではなく、ずっと前から八月三十一日に着てもらうつもりだったそうだ。
準備がととのった亜佐飛が向かわされたのはチャペルだった。ここでは毎年多くの結婚式が開かれているらしい。亜佐飛の自由研究にも、その情報はまとめられている。
亜佐飛がドアの前に立つと、スタッフはドアを開けた。
「わあ!」
チャペルの奥では、桂夏が待っている。桂夏はタキシードを着ていた。その姿はまるでどこかの国の王子のようである。遊覧飛行だけでなく、結婚式までプレゼントする桂夏は、亜佐飛にとってこの世にたったひとりだけの王子さまだ。
その空間にいるのは、亜佐飛と桂夏のふたりだけで、本物の結婚式のような牧師はいない。
亜佐飛は一歩、また一歩と桂夏に近づいた。祭壇の前に立つと、桂夏と向き合う。
「俺は亜佐飛が好き。夏が終われば、ふたりは離ればなれになるけれど、いつまでも大切にするから、俺の彼女になってほしい」
小さな新郎は真剣な表情で言った。
「こちらこそ、ぜひ。これからもよろしくね。私も桂夏くんが好きだよ。ううん、大好きだよ」
純白のドレスの下にある亜佐飛の胸は熱くなる。
「ああ、よかった。俺、こんな大胆なことをしておいて、ずっと自信がなかったんだ。内心、亜佐飛に断られたらどうしようかと思っていて」
桂夏はほっとしたようで、ふーっと息を吐く。
「断ったりなんかしないよ。あのね、あのね。私も桂夏くんに告白しようと思っていたの」
「そうだったんだ。俺が先でよかった」
晴れて両思いとなったふたりは見つめ合う。桂夏は亜佐飛の前髪を手で上げると、おでこにキスをした。
「きゃっ!」
亜佐飛はその感触にびっくりとする。だれかにキスされるのは初めのことだった。
「ごめん、嫌だった?」
「ううん、全然。だけど、ふいうちだったから」
亜佐飛は照れくささからうつむく。
「あーあ。せっかくだから、かわいいリアクションを取りたかったな」
あそこで「きゃっ!」と言いたくなかったと思う。
「亜佐飛はいつだってかわいいよ」
桂夏は顔色を変えずに言った。桂夏はこの夏で、亜佐飛がときめくような甘い言葉を、さらっと言えるようになったようだ。
亜佐飛にとって、今日は最高の誕生日となった。
亜佐飛がいちばん好きな季節は夏である。理由は、八月三十一日と、自分が夏に生まれたからだ。
今年はもっと夏が好きになった年となった。最高のホテルと、最高に好きな人と出会えたからだ。
ふたりだけの結婚式が終わると、今度は帰りの支度という、現実的なことに追われる。チェックアウトの前に、亜佐飛は富士彦や他の従業員たちと何枚も写真を撮った。
夕方、戸祭一家はホテルを発つ。ホテルの前で、桂夏が見送る。千綺、雷冠、鴻数もいた。みんな、この時が来てほしくないと、さみしそうにしている。
桂夏たちは亜佐飛をかこう。
「亜佐飛ちゃん、次は冬休みに会おうね」
千綺が言う。
「亜佐飛ちゃんならいつでも歓迎だから!」
鴻数は亜佐飛との別れがさみしいと、涙を流していた。亜佐飛はもらい泣きする。
「桂夏に幻滅したら、いつでも乗り換えていいんだよ」
雷冠は泣いている亜佐飛を笑わそうと、あえて気丈にふるまっていた。
「俺は亜佐飛を幻滅させたりしない! だれよりも努力する!」
桂夏はムキになる。
「どうだか。人間って自信満々だと、自分の欠点に気づきにくいものなんだよ。女の子は男の子への気持ちが冷めた時は、理由も言わずにいなくなったりするからね」
千綺が言う。雷冠や鴻数もそれに同意する。桂夏と他の三人で意見がはげしく対立すると、最後はそこにいるみんなで大笑いした。別れ際でも、いつもの堂領家らしいやり取りが見れたことに、亜佐飛は安心する。
ホテルから自宅まで、戸祭一家はリムジンで送ってもらう。
「みんな、またね!」
亜佐飛は車の中で桂夏たちに手をふった。明日から彼らのいない生活を送らなければならないと思うと、さみしさしかない。みんなにはまた会えると思うことで、ぐっとこらえた。
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